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自己受容ができていないと起こること

自己受容っていわれてもいまいちピンときませんよね。

まずはその辺りを解説いたします。

自己受容とは文字通り自分を受け入れることですが、これがなかなか難しく、自己受容できている人はなかなかいません。

目次

自己受容ができていないときの症状とは?

自己受容ができないとどんなことが起こるのでしょうか。
1つ1つ見てみましょう。
当てはまるものがあるかもしれません。

他人の目が気になってしまう

我々人間は「群れ」で生きることで生存と繁殖を勝ち取り、現代まで生き延びました。

この「群れ」の中で生きるということは、当然のことながら他人の目にさらされます。
しかし他人の目があるおかげでそれぞれがルールを守り、また他人から守られることにもなります。

つまり「群れ」で生存し続けるには他人の目は必要不可欠なのですが、自己受容ができていないと必要以上に他人の目が気になってしまいます。

見栄を張ってしまう

自己受容ができていないということは、自分を認めていないということ。
そんな自分を他人が認めてくれるはずがないと感じ、ついつい見栄を張り、自分を優れた認めるべき存在であるように振る舞ってしまいます。

他人を批判してしまう

他人の発言や行いに対してつい批判してしまうのは、自分自身に自信がない場合が多く、他人を批判することで自分の立ち位置を維持しようとする心理が働いています。

自分を否定してしまう

自己受容ができていないと他人と比較し、劣等感に苛まれてしまいがちです。
そのため他人から肯定的な言葉をかけられても否定的に捉えてしまいます。

「どうせ自分なんて」といった思いに苛まれてしまうことも多くなります。

すぐに諦めてしまう

なにか新しいことを始めたとしても、自信が持てないのですぐに諦めてやめてしまう。
このようなことが続くとやがて、なにかを始める前から諦めるようになってしまいます。

嫌なことでも断れない

自己受容ができていない状態では自己肯定感を高めることは難しく、意思決定をするにも苦労してしまいがちです。そのため他人への依存度が高くなってしまい、選択した内容が他人と違っていたりすると不安になってきます。

このような依存度の高い状態で、なにか頼まれてしまうと断ることができず、行きたくもない集まりに参加してしまったり、欲しくもないものを買わされたりしてしまいます。

自己受容をするためにはどんな方法があるか

自己受容をするといっても、肯定的な部分に関しては受容しやすいんですが、否定的な部分に関しては拒否してしまう傾向があります。

そんな自分の嫌な部分を受容するにはどうすればいいのでしょうか。

友人に認めてもらう

誰しも自分の嫌なところを認めろといわれてもなかなかできないものです。
しかし友人が認めてくれると、不思議なことに自分でも素直に認められたりします。

これは他の人に受け入れられているという被受容感がもたらす安心感により、自分の否定的な部分でも自己受容しやすくなるというものです。

ですので、なんでも話せる友人を作りましょう!と、いってもなかなか簡単ではありませんし、自己受容できていない時には友人を信頼することも難しく、素直に話せなかったりもします。

そんなときは、どうぞ私に話してください。
自己受容するお手伝いをさせていただきます。

自己受容と他者受容

自己受容ができるということは、自分自身を活かした個人的で主体的な生き方に繋がります。
しかしこのような個人志向性が強いだけでもよくありません。

他者を受容し、共存や社会適応を志向する社会志向性も同時に養う必要があるのですが、他者受容のお話はまたいずれ。

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