01 地球と生命

最初の細胞は、 どのような姿だったのか

前の旅では、生命が完成した姿ではなく、その続きを始めるための仕組みを残すようになった過程をたどりました。分子の並びが受け継がれ、そこに生じた違いが次の変化へ影響するようになると、物質は長い時間を持ち始めます。

ただ、情報も反応も、水の中へ散らばったままでは続きません。必要なものを近くに保ち、外側とは少し違う状態をつくり、その内側で反応と複製を結びつける場所が必要でした。

そこに生まれた境界は、現在の細胞膜のように整ったものだったのでしょうか。それとも、集まっては崩れる、生命と非生命のあいだの不安定なまとまりだったのでしょうか。最初の細胞そのものは残っていません。それでも、現在の細胞に共通する仕組みと、実験室でつくられる小さな区画を手がかりにすると、物質が「一つのまとまり」として続き始めた道筋が見えてきます。

最初の細胞の肖像は残っていない

最初の細胞が生まれた瞬間を記録した化石はありません。非常に古い岩石には、生命活動によって残された可能性のある化学的な痕跡や、細胞を思わせる微細な構造が見つかることがあります。

ただ、遠い時代の岩石ほど、熱や圧力、地下を流れる水、地殻の動きによって変化しています。生命がつくったように見える形や化学組成が、生命を介さない反応から生じることもあります。

現在まで残っているすべての細胞性生物は、内側と外側を分ける境界を持っています。内側では反応が続き、遺伝情報が受け渡されます。ただし、この共通点をそのまま過去へ戻しても、最初の細胞の姿にはなりません。

現在の細胞は、長い進化の中でつくり上げられた複雑な存在です。最初に現れたまとまりは、現在の細菌を小さく簡単にしたものではなく、はるかに不安定で、周囲の環境へ強く依存していた可能性があります。

内側と外側が分かれ始める

水の中に分子が広く散らばっていると、反応に必要なものが出会っても、すぐに離れてしまいます。そこで生まれた物質も、次の反応に使われる前に薄まっていきます。小さな区画ができると、状況が変わります。特定の分子が同じ場所へ集まり、そこで生まれたものが近くに残るため、一つの反応の結果を別の反応が使えるようになります。

生命起源の研究では、このような単純な細胞状のまとまりを、プロトセルと呼ぶことがあります。プロトセルは、かつて存在した一種類の生物の名前ではありません。化学反応が続く世界と、現在の細胞とのあいだに、どのような段階があり得たのかを調べるための実験上・理論上のモデルです。[2]

原始地球の鉱物表面に、周囲から完全には閉ざされていない小さな化学的区画が生まれる様子を表したコンセプトアート

境界もまた、変化の途中にあった

現在の細胞は、主に脂質からできた膜を持っています。ただ、細菌や真核生物の膜と古細菌の膜では、脂質をつくる化学構造に大きな違いがあります。現在の膜には、物質を選んで通すタンパク質も数多く組み込まれています。[3]

この複雑な膜が、生命の始まりに一度で完成したとは考えにくいでしょう。水の中で自然に集まり、小胞をつくる単純な脂質が初期の境界になった可能性があります。その一方で、単純な脂質の膜は、塩分や温度、酸性度、金属イオンなどの影響を受けやすく、形成されにくくなったり、崩れたりします。

最初の区画が脂質膜だったとも限りません。分子が濃縮された液滴、鉱物の表面、岩石にある小さな孔も、反応を集める場所になり得ます。

生命へ向かう境界は、一種類の材料から突然現れたのではなく、環境によって生まれる複数の区画が試される中で、少しづつ変化していったのかもしれません。

区画が、一つの履歴を持ち始める

区画ができたことの意味は、分子が集まったことだけではありません。それぞれの区画が、別の経過を持てるようになったことです。ある区画では内側の反応が長く続き、別の区画では必要な物質が漏れ、まとまりが崩れてしまうかもしれません。

周囲から材料を取り込んで大きくなるものがあり、物理的な力によって分かれるものがある。そのとき、内側にあった分子の一部も新しい区画へ運ばれます。ただの水の一部だった場所が、そこで起きたことを抱えたまま次へ進み始めます。

区画の内側に複製される分子があれば、その並びの違いも、まとまりとともに残ります。ある分子を持つ区画が材料を取り込みやすく、より長く続き、分裂したあとにも同じ関係を残せるなら、選択は分子だけでなく区画全体へ働くようになります。

内側で起きた反応と、外側から区切られたまとまりが同じ履歴を持ち始める。ここで細胞は、単なる容器ではなく、一つの変化の単位へ近づいていきます。

反応と複製が、同じ内側で結びつく

境界だけでは、生命は続きません。内側の反応によって材料とエネルギーを利用し、その働きを分子の並びとして残し、区画そのものも成長して次へ分かれる必要があります。

ただ、膜、代謝、複製が、それぞれ完成してから一つになったとは限りません。区画があれば、複製された分子は周囲へ散らばりにくくなります。内側の反応から膜の材料が生まれれば区画は大きくなり、複製される分子が反応を助ければ、その分子を持つ区画はほかの区画より長く続くかもしれません。

一つの働きが次の働きを支え、その結果が再び最初の働きを助ける。境界、反応、複製は、別々に完成してから組み立てられた部品ではなく、互いを続ける循環として育った可能性があります。

原始地球の水と鉱物がつくる環境の差の中で、境界、反応、複製が一つのまとまりへ結びついていく様子を表したコンセプトアート

初期地球には、温度、酸性度、物質の濃度など、場所による違いがありました。生命的な反応は、初めから完全に自立した区画の中だけで進んだのではなく、岩石や水がつくる環境の差を利用していた可能性があります。

やがて外部環境に頼っていた働きの一部を、内側の反応と境界によって保てるようになったとき、まとまりは以前より広い場所へ進めるようになります。どの環境で、この結びつきが生まれたのかはわかっていません。海底の熱水環境、陸上の温泉や浅い池、鉱物表面など、複数の場所が候補として研究されています。

顔のない最初の細胞

最初の細胞を、現在の細菌のような小さな球として描けば、わかりやすいでしょう。実際には、輪郭が揺らぎ、物質が出入りし、環境が変われば崩れてしまうような存在だったかもしれません。現在なら一つの生物とは呼ばないようなまとまりが、生まれては消える時代が長く続いた可能性もあります。

その中で、内側と外側を分け、反応を続け、生じた違いをまとまりごと次へ残せるものが現れます。最初の細胞に確かな顔はありません。描けるのは、一匹の生物の肖像ではなく、散らばっていた反応が一つの歴史として続き始めた瞬間です。

細胞の始まりは、壁ができたことではない。
内側で起きたことを、一つのまとまりとして次へ運べるようになったことだった。

やがて地球には、境界を保ち、物質とエネルギーを利用しながら、複製と増殖を続ける細胞が広がっていきます。ただ、当時の地球には、現在の大気に豊富な酸素はほとんどありませんでした。

その地球を大きく変えていくことになるのが、光のエネルギーを取り込み、水と二酸化炭素から有機物をつくる生命です。次の旅では、光を使う生命が、海と大気と地球の歴史をどのように変えていったのかをたどります。

出典・参考文献

  1. Javaux, E. J.(2019) Challenges in evidencing the earliest traces of life Nature, 572, 451–460.
  2. Joyce, G. F. & Szostak, J. W.(2018) Protocells and RNA Self-Replication Cold Spring Harbor Perspectives in Biology, 10, a034801.
  3. Caforio, A. & Driessen, A. J. M.(2017) Archaeal phospholipids: Structural properties and biosynthesis Biochimica et Biophysica Acta – Molecular and Cell Biology of Lipids, 1862, 1325–1339.
  4. Cho, C. J. et al.(2025) Protocells by spontaneous reaction of cysteine with short-chain thioesters Nature Chemistry, 17, 148–155.
  5. Agrawal, A. et al.(2024) Did the exposure of coacervate droplets to rain make them the first stable protocells? Science Advances, 10, eadn9657.