04 群れと社会
比較は、 なぜ自分の位置を測るものになるのか
他者との比較は、うらやみだけでなく何を確かめているのでしょうか。フェスティンガーの社会的比較理論、動物の争いを避ける仕組みである資源保持力、そして比較の結果が気分を動かすギルバートの理論から、他人軸・承認・劣等感といった感覚の背後にある、比較という営みの機能を見ていきます。
同期入社の誰かの昇進を知らされたとき、友人の結婚や出産の報告を見たとき、きょうだいの成績と自分の成績を並べられたとき。特に何かを失ったわけでもないのに、胸の奥がざわつくことがあります。
前章では、地位や権力の差がどこから生まれるのかを見てきました。この章で見ていくのは、その差を私たちがどうやって感じ取っているのか、という問いです。他者との比較は、単なるうらやみだけでなく、いったい何を確かめようとしているのでしょうか。
比べる相手のいない自分は、自分を測れない
心理学者レオン・フェスティンガーは、1950年代、比較という行為の土台になる理論を提示しました。人は、自分の能力や意見が正しいかどうかを判断する客観的な物差しを持っていないとき、代わりに他人を物差しとして使う、という考え方です。
比較には2つの方向があります。自分より優れていると感じる相手と比べる上方比較と、自分より劣っていると感じる相手と比べる下方比較です。上方比較は、やる気につながることもあれば、落ち込みにつながることもあります。フェスティンガーはさらに、人が比較の相手として選びやすいのは、かけ離れた存在ではなく、自分と近い立場の人であることも指摘しています。プロの棋士と自分の将棋の腕前を比べる人がほとんどいないのは、そもそも比較にならないほど差が大きいと、比較そのものが意味を持たなくなるからです。

争う前に、相手を値踏みする
比較は、人間だけの営みではありません。動物行動学者ジェフリー・パーカーは、動物が縄張りや食料をめぐって争う場面を研究し、興味深いパターンを見つけました。
多くの動物は、実際に戦って傷つく前に、相手の体格や力を見積もっています。パーカーはこれを「資源保持力」という考え方で説明しました。自分よりも明らかに強そうな相手だと判断すると、実際に戦うことなく、その場で引き下がる個体が多く見られたのです。
争いは、双方にとって命に関わるコストを伴います。傷つく前に相手を値踏みし、勝ち目が薄いと判断すれば身を引く。この仕組みがあるからこそ、動物たちは無用な流血を避けながら、限られた資源をめぐる争いに折り合いをつけてきました。比較には、実際に争う前にリスクを見積もるという、生き延びるための機能があったのです。
「他人軸」で生きているわけではない
「人と比べてしまう自分は、他人軸で生きている」という言い方を、耳にしたことがあるかもしれません。ただ、ここまで見てきたことを踏まえると、これは少し違う角度から見えてきます。
比較は、他人の物差しをそのまま自分に当てはめる行為ではありません。むしろ、自分がどこに立っているのかを確かめるために、他者という手がかりを使っているだけです。地図を読むとき、自分の位置を知るためには、周りの目印が必要です。比較も同じで、自分という一点だけを見つめていても、自分がどこにいるのかは分かりません。周りとの位置関係があって初めて、自分の立ち位置が見えてくるのです。
会議室で、静かに順位をつけていた自分
新しいプロジェクトチームの初回ミーティングを思い浮かべてみてください。誰も口には出しませんが、参加者はそれぞれ、周りの発言や態度から、この中で誰が主導権を握りそうか、自分はどのあたりに位置しているのかを、静かに見積もっています。
声の大きさ、資料の準備の丁寧さ、質問への答え方。一つひとつの情報を集めながら、私たちは無意識のうちに、自分と周りとの位置関係を推し量っています。これは、誰かを蹴落とそうという悪意からではなく、この集団の中で自分がどう振る舞えばいいのかを判断するための、ごく自然な情報収集なのかもしれません。
比較の結果が、気分そのものを動かす
心理学者ポール・ギルバートは、パーカーの動物研究の発想を、人間の心理にまで広げた理論を提示しています。
人間も、自分の社会的な地位を絶えず見積もっていて、その比較で「負けている」と感じる状態が続くと、無力感や気分の落ち込みにつながっていく、という考え方です。ギルバートは、これを単なる劣等感の問題ではなく、これ以上その場で張り合っても割に合わないと判断し、余計な衝突を避けるための、進化的に意味のある仕組みとして解釈しています。
EVIDENCE
社会的な地位の低さを感じている状態と、気分の落ち込みとの関連は、複数の研究で確認されています。うまくいかない、勝てないという感覚が続くとき、気分が沈んでいくのは、心が弱いからではなく、これ以上の消耗を避けようとする働きなのかもしれません。
反対に、比較で優位に立てたと感じるとき、人は一時的な安心や誇らしさ、いわゆる優越感を覚えます。ただ、この感覚は長続きしにくいものでもあります。比較は絶えず更新され続けるため、今日の優位な位置は、明日には別の誰かとの比較によって揺らいでしまうかもしれないからです。

OPEN QUESTION
ただし、この理論がすべての気分の落ち込みを説明できるわけではありません。地位の比較以外にも、愛着関係の喪失や、目標達成の失敗など、気分の落ち込みにはさまざまな経路が関わっていることが分かっています。比較という一つの視点だけで、複雑な心の動きのすべてを説明しようとしないことが大切です。
比較が確かめようとしているもの
比較は、自分の能力や所属、期待に見合った位置にいるかどうかを、絶えず確かめようとする働きでもあります。今の会社での自分の評価、友人関係の中での自分の役割、社会の中での自分の居場所。これらはどれも、他者という目印なしには、輪郭がはっきりしません。
誰かに認めてもらいたいという承認への欲求も、この比較の働きと深く結びついています。周りより優れていることを確認したいからというより、自分がこの集団の中で、確かに一定の位置を占めているという安心感を得たいからなのかもしれません。
比べてしまう自分を、責める前に
誰かと自分を比べてしまうことに、後ろめたさを感じたことがあるかもしれません。ただ、ここまで見てきたことを踏まえると、比較は、自分を測るための客観的な基準を持たない私たちが、周りの情報を頼りに自分の立ち位置を確かめる、ごく自然な営みだと分かってきます。
その比較は、時に無用な争いを避けるためのブレーキとして働き、時には気分そのものを大きく揺さぶります。比べてしまう自分を責めるのではなく、その比較が今、何を確かめようとしているのかへ、目を向けてみることはできます。
そうして繰り返される比較の中で、いつも低い位置にいると見なされ続けた人は、やがて集団の中でどう扱われていくのでしょうか。次の章では、その先にある排除という営みへ近づいてみたいと思います。
参考文献
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Festinger L.
A theory of social comparison processes.
Human Relations. 1954;7(2):117-140. -
Parker GA.
Assessment strategy and the evolution of fighting behaviour.
Journal of Theoretical Biology. 1974;47(1):223-243. -
Gilbert P.
Evolution and depression: issues and implications.
Psychological Medicine. 2006;36(3):287-297.
本文では、比較という行為の基本的な仕組みと、動物・人間に共通する進化的な機能、そして気分の落ち込みに関わる複数の要因のうちの一つという位置づけを、同じ確度の事実として扱わないよう区別しています。