01 地球と生命

生命は、 何度も危機を越えてきた

地球の歴史を遠くまでさかのぼると、生命が穏やかな環境の中だけで続いてきたわけではないことが見えてきます。海が凍り、空気の組成が変わり、海水の温度や酸素の量が大きく揺れた時代がありました。火山活動や海面の変化によって、それまで広がっていた環境が失われたこともあります。そのたびに、多くの生命が姿を消しました。ただ、生命の歴史そのものが、そこで終わったわけではありません。

生き残った生命が、強かったから勝利したという単純な物語でもありません。環境が変われば、それまで役に立っていた身体や生き方が、役に立たなくなることがあります。反対に、それまで目立たなかった性質が、新しい環境の中で生命をつなぐこともあります。昨日まで生きられた方法では、生きられなくなったことで、生命はその変化を知りました。

生命は完成された姿へ一直線に進んできたのではありません。変わり続ける地球の中で、身体や暮らし方を変えながら、長い流れをつないできたのです。

地球は、同じ環境を保ってこなかった

私たちは、いま目の前にある海や空や大地を、地球の変わらない姿のように感じています。ただ、地球は長いあいだ、同じ状態を保ってきた星ではありません。大陸は動き、海の広さは変わり、火山から放出される物質や岩石の風化によって、大気と海の成分も変化してきました。太陽から届く光の量だけでなく、氷が光を反射する割合や、大気中に含まれる温室効果ガスの量も、地球の温度を左右してきました。

変化は、生命の外側だけで起きていたのではありません。生命の活動によってつくられた酸素が、それまでの海や大気を変えたように、生きものも地球の環境へ影響を与えてきました。地球が生命を変え、生命もまた地球を変える。その往復の中で、生命の歴史は進んできました。

ある環境に適した生命にとって、その環境が続くことは大切です。しかし、地球は生命の都合に合わせて、同じ状態を保ってはくれません。海の温度が変われば、そこで起きる化学反応も変わります。酸素が減れば、酸素を多く必要とする生命は暮らしにくくなります。海面が下がれば、浅い海に広がっていた居場所が失われます。

変化が急で大きいほど、それまで広く栄えていた生命であっても、同じ生き方を続けることが難しくなります。地球の歴史に残されているのは、生命が環境を支配した記録ではありません。変わり続ける環境の中で、その時々に成り立つ生き方が入れ替わってきた記録です。

海まで凍る時代に、生命はどこにいたのか

およそ7億年前から6億年以上前にかけて、地球は何度か非常に強い寒冷化を経験したと考えられています。氷河の痕跡を残す堆積物が、当時の低緯度地域にあたる場所からも見つかっていることなどから、氷が赤道付近まで広がった時期があったとみられています。この極端な寒冷期を説明する考え方が、「スノーボールアース」と呼ばれる仮説です。

名前だけを聞くと、海も陸も完全な氷に閉ざされ、生命の居場所がすべて失われた地球を想像するかもしれません。しかし、実際にどれほどの範囲が、どれほど厚い氷に覆われていたのかは、現在も議論が続いています。地球全体がほぼ完全に凍結していたという考え方もあれば、赤道付近や薄い氷の下に開いた水域が残っていたとする考え方もあります。

厚い氷に覆われた暗い海の奥に、わずかに残る生命の気配を描いたコンセプトアート

それでも、生命の流れは途切れませんでした。当時の生命が具体的にどこで生き延びたのかを、ひとつの場所に決めることはできません。氷の薄い場所、季節的に水が現れる場所、海氷の割れ目、火山活動の影響が届く海域、海底付近など、いくつもの避難場所があった可能性が考えられています。

そこにいた生命の多くは、巨大な身体を持っていたわけではありません。目立つ速さで泳ぎ回ることも、氷を打ち破ることもなかったでしょう。光や栄養が限られた場所で、利用できるものを使いながら、生命活動を続けていたと考えられます。

それは、危機へ立ち向かい、意思の力で乗り越えたという物語ではありません。環境が許すわずかな場所に残り、その場所で成り立つ方法を続ける。生命の歴史は、そうした小さな継続によってつながれてきました。

氷が解けたあと、世界は元に戻ったのか

長い寒冷期が終わり、氷が後退していったとき、世界は寒冷化以前の状態へ静かに戻ったわけではありません。大規模な氷が解ければ、海面や海水の循環は変わります。氷河に削られた岩石からは、さまざまな成分が海へ運ばれます。大気中の二酸化炭素、海の栄養塩、酸素の分布も、ひとつずつ独立してではなく、互いに関係しながら変化したと考えられています。

氷の時代を越えた生命は、以前とまったく同じ世界へ戻ったのではありません。環境が変わったことで、使える資源も、生きられる場所も、生命同士の関係も変わっていきました。

寒冷期の終わりと複雑な生命の広がりには、何らかの関係があった可能性があります。氷河の後退によって海へ運ばれた栄養分や、海洋環境の変化が、生態系の組み替えを促したという説もあります。ただし、「氷が解けたから動物が生まれた」と一本の線で結ぶことはできません。酸素の増加、栄養循環、遺伝的な変化、生態系の相互作用、捕食の始まりなど、複数の要因が長い時間をかけて重なったと考える必要があります。

大切なのは、危機のあとに生命が元の姿を取り戻したのではないということです。以前とは異なる地球の上で、以前とは異なる生命の関係が始まりました。

海底に広がった、見慣れない身体

およそ6億3500万年前から5億3880万年前ごろまでの時代は、エディアカラ紀と呼ばれています。この時代の後半になると、それまでの微小な生命だけではなく、肉眼で見える大きさの柔らかな身体を持つ生物の痕跡が、世界各地の岩石に残されるようになります。

海底には、平たい円盤のような形、繰り返し模様を持つ柔らかな身体、房や帯を思わせる構造など、現在の動物とは簡単に重ならない生命が暮らしていました。

柔らかな円盤状や葉状など現在とは異なる身体を持つ生命が静かな海底に広がる、エディアカラ紀の世界を描いたコンセプトアート

彼らが現在のどの生物につながるのかは、すべてが明らかになっているわけではありません。動物の仲間と考えられるものもあれば、現在の分類にはそのまま当てはめにくいものもあります。身体が柔らかいため、通常は化石として残りにくいはずです。それでも、海底の微生物マットや堆積物の状態など、いくつかの条件が重なった場所では、その輪郭や痕跡が岩石へ残されました。

そこから見えてくるのは、ひとつの完成形へ向かう途中の、不完全な試作品の集まりではありません。その時代、その海、その海底で成り立っていた、さまざまな生き方です。

それ以前から、多細胞の生命は存在していました。それでも、エディアカラ紀の化石記録には、身体の大きさや形、生き方が以前より目につくようになった生命世界が残されています。

海底に固定されていたもの、表面から栄養を受け取っていた可能性のあるもの、微生物の膜を利用していたと考えられるもの、わずかに移動していた可能性があるもの。生命はひとつの答えへ向かったのではありません。同じ海の中で、異なる身体と異なる暮らし方が並んで広がっていきました。

姿を消すことと、生命が終わること

エディアカラ紀の終わりに近づくと、それまで見られた生物の多くが、化石記録から姿を消していきます。なぜ姿を消したのかについては、ひとつの原因だけで説明できていません。

海の酸素環境が変わった可能性があります。新しい生物が海底を掘り返すようになり、それまで保たれていた微生物マットや海底環境が変化した可能性もあります。捕食や競争など、生物同士の新しい関係が影響したという考え方もあります。また、化石として残りやすい環境そのものが変わったため、実際の生存期間と化石記録の見え方が一致していない可能性も考えなければなりません。

その後の地球では、殻や骨格を持つもの、海底を掘るもの、ほかの生物を食べるもの、より速く移動するものが目立つようになります。それは、生命が急に優れた存在へ進歩したという意味ではありません。生物が海底を掘れば、それまで静かに保たれていた環境は変わります。捕食する生物が現れれば、食べられる側の身体や行動にも、新しい関係が生まれます。

新しい生き方は、新しい可能性をつくります。同時に、それまでの生き方が成り立っていた場所を変えてしまうこともあります。生命の変化は、全員が同じ方向へ進む行進ではありません。ある生命の広がりが、別の生命にとって環境の変化になる。そこで新しい生き方が現れ、また別の環境がつくられる。その繰り返しが、生命の歴史を形づくってきました。

さらに長い地球史を見れば、生命はこのあとも何度も大きな絶滅を経験します。海の酸素不足、気候変動、巨大な火山活動、海面変化、小惑星の衝突など、時代によって異なる出来事が生態系を大きく変えてきました。原因がよくわかっているものもあれば、複数の原因が絡み合い、現在も議論が続いているものもあります。

絶滅のあとに新しい生命が現れるからといって、絶滅が生命の進化に必要だったと言うことはできません。失われた生命が、その後の生命のために姿を消したわけでもありません。絶滅は、そこに生きていた生命にとって、取り返すことのできない終わりです。

その一方で、地球上のすべての生命が同時に失われなかったとき、生き残った生命同士の関係から、次の生態系がつくられてきました。生命が危機を越えたという言葉は、同じ生命が傷つきながら耐え抜いたという意味ではありません。多くの系統が途絶え、残った系統の中から、変化後の環境で続けられる生き方が広がったということです。

生命は、完成してきたのではない

私たちは進化の歴史を見ると、過去の単純な生命から、現在の複雑な生命へ向かう一本の道を思い浮かべがちです。最初から人間へ向かう目的があり、生命が少しづつ完成へ近づいてきたように感じることもあります。しかし、進化にあらかじめ決められた到着点があることを示す証拠はありません。生命は未来を予測して身体を変えることもできません。

生物の集団には、受け継がれる性質の違いが生まれます。その違いのうち、その時代の環境や生命同士の関係の中で、子孫へつながりやすかったものが、世代を重ねる中で広がっていきます。

役に立つ性質は、どの時代でも役に立つわけではありません。寒さに合う性質が、温暖な世界では負担になることがあります。動かずに栄養を受け取る身体が成り立つ海底もあれば、海底を掘り返す生物が増えることで、その暮らし方が難しくなることもあります。

強いものがいつでも残るのではありません。変化後の環境との関係の中で、生きて子孫を残せたものが続きます。その結果も、次に環境が変われば、もう一度変わり得ます。

生命が長く続いてきたのは、ひとつの完成された形が、すべての時代を耐え抜いたからではありません。小さく分かれた無数の系統が、それぞれ異なる場所で、異なる変化を重ねてきたからです。

変わることができなかった生命もいました。変わる前に環境が失われた生命もいました。偶然、危機の影響が小さい場所にいた生命もいたでしょう。そのすべてを、強さや弱さだけで説明することはできません。生命の歴史は、勝者だけをたたえる物語ではないのです。

完成していないから、変わることができた。変わることができたから、必ず残れたわけでもない。それでも、どこかで続いていた生命が、次の地球の中で新しい関係をつくってきました。

生命が危機を越えたとは、同じ生命が耐え抜いたという意味ではない。
多くが失われたあとにも、どこかで続いた系統が、変わった地球の中で次の関係をつくったということです。

氷に覆われた海の奥にも、静かな海底に広がった柔らかな身体にも、その流れは残されています。そして次の時代、生命の世界には、さらに大きな変化が起こります。

周囲の変化を受け取る仕組み。食べるための口。移動するための脚。身体の各部へ情報を伝える神経。世界をただ受け入れるだけではなく、世界を感じ、近づき、離れ、追い、逃げる身体が広がっていきます。

次の章では、目、口、脚、神経が、生命にどのような世界を開いたのかをたどります。

出典・参考文献

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  3. Smithsonian National Museum of Natural History, “History of Life on Earth: Early Life and Animal Origins.”
  4. Darroch, S. A. F. et al. “A mixed Ediacaran-metazoan assemblage from the Zaris Sub-basin, Namibia.” Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 2016.