07 いまを生きる
古い身体は、 どんな現代を生きているのか
長い歴史で形づくられた身体と心は、短期間で激変した現代環境にどう置かれているのか。産業革命期の時計時間の導入と、現代のスマートフォンチェック頻度の研究から、「脳の古さ」だけに頼らない視点で考えます。
ここまで、宇宙と生命の始まりから、人類の進化、身体と心の仕組み、群れと社会、哲学と問い、物語と祈りという道のりをたどってきました。この扉からは、いよいよ「今、ここ」を生きる私たちへと、視点を移していきます。
長い歴史のなかで形づくられてきた身体と心は、ごく短い期間で大きく変わった現代の環境に、どのように置かれているのでしょうか。
まず、時間の感覚から見ていきます。
産業革命より前、多くの人々の時間は、時計ではなく「仕事」そのものによって区切られていました。歴史家E.P.トンプソンは、こうした時間の捉え方を「タスク志向」と呼んでいます。羊飼いは羊の世話という一連の作業の順序で一日を捉え、漁師は潮の満ち引きに合わせて生活していました。仕事と生活の境目もはっきりとはせず、働く時間は、その日の作業量に応じて伸び縮みしていました。
この時間の感覚は、産業革命によって大きく作り変えられていきます。
すでに1700年、イギリスのクローリー製鉄所では、経営者が10万語を超える就業規則を作成し、労働者一人ひとりの出勤・退勤の時刻を分単位で記録させていました。規則には、時刻を偽って報告した職員を「二人の裏切り者」と名指しで非難する一文まで残されています。

EVIDENCE
18世紀後半には、陶磁器メーカーのウェッジウッドが、最初期のタイムカード制度を工場に導入しました。日曜学校でも、子どもたちに「開始の数分前には教室にいること」という規則を叩き込み、時間厳守という感覚そのものを、幼いうちから訓練するようになっていきました。工場のベルが鳴り、遅刻には罰金が科され、「時は金なり」という感覚が、社会全体に広まっていったのです。
ここで大切なのは、これが人間の脳や身体そのものが変化した結果ではない、という点です。変わったのは、労働者を取り巻く制度と技術でした。時計という道具、工場という仕組み、賃金という支払い方法が組み合わさることで、時間の感じ方そのものが、数世代という期間をかけて作り変えられていったのです。
この転換は、時間の感覚だけにとどまりませんでした。都市化の速さそのものが、この転換の急激さを物語っています。1800年時点で、世界人口のうち都市に住んでいた人はおよそ7パーセントにすぎませんでした。それが1900年には16パーセントまで増え、2020年には56パーセントを超えました。人類の歴史のほとんどを通じて、大多数の人は農村で生きてきました。都市に住む人が多数派になったのは、人類の歴史全体から見れば、ほんの一瞬の出来事です。
この都市への移動と並行して、賃金を得て働く暮らしが広がり、同じ製品を大量に作る仕組みが整えられ、その製品を人々に知らせ、欲しいと思わせるための広告という産業も生まれました。そして20世紀から21世紀にかけて、電気通信、インターネット、そして常に接続された状態という、さらに新しい環境が加わりました。
現代の私たちは、産業革命期の労働者よりもさらに細かい単位で、注意を引きつけられ続けています。
2026年に発表された研究では、11歳から18歳の生徒79人を対象に、スマートフォンの使用状況を自己申告ではなく客観的な追跡技術で記録しました。
その結果、生徒たちは学校にいる時間のおよそ3分の1をスマートフォンに使っており、授業中のほぼ毎時間、繰り返しスマートフォンを手に取っていることがわかりました。特に、使用時間の長さそのものよりも、頻繁にチェックするという行動パターンの方が、注意をコントロールする力の弱さと強く結びついていました。

この結果は、300年前にクローリー製鉄所やウェッジウッドの工場が、労働者の時間の使い方を分単位で管理しようとしたことと、ある意味で対をなしています。今度は、企業や設計者が、私たちの注意そのものを、数分単位で引きつけようと設計しているのです。
ここで一つ、慎重になっておきたいことがあります。こうした変化を、「人間の脳が石器時代のまま止まっていて、現代についていけていないからだ」という説明だけで片づけてしまうことです。もちろん、私たちの身体や心の土台には、長い進化の歴史が刻まれています。ですが、産業革命期の時間管理も、現代のスマートフォンの通知設計も、脳の古さそのものが引き起こしたのではありません。それぞれの時代に、人間を取り巻く制度と技術がどう設計されてきたか、という歴史的な選択の積み重ねが、大きな部分を占めているのです。
現代の私たちにとって、この視点は関わってきます。急激な環境の変化に戸惑うことを、「人間が弱くなった証拠だ」と捉えてしまうことと、「昔の暮らしの方が絶対に良かった」と、失われた時間を過度に美化してしまうこと。この二つも、正反対に見えて、どちらも極端です。
私たちの身体と心は、長い歴史を背負ったまま、ごく短期間で作り変えられ続けてきた環境のただ中に置かれています。この事実を知ることは、今の自分の反応を理解するための、一つの手がかりになるのだと思います。
では、こうして便利さと安全が増えたはずの現代で、なぜ不安は消えずに残り続けているのでしょうか。
参考資料
-
Thompson, E. P.
“Time, Work-Discipline, and Industrial Capitalism.”
Past & Present, 1967.
論文を確認する -
Telzer, E. H., & Burnell, K.
“Smartphone Use During School Hours and Association With Cognitive Control in Youths Aged 11 to 18 Years.”
JAMA Network Open, 2026.
論文を確認する -
Ritchie, H., Samborska, V., & Roser, M.
“Urbanization.”
Our World in Data, 2024.
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