01 地球と生命

先に始まったのは、 代謝か、複製か

私たちの体では、数えきれないほどの化学反応が、休むことなく続いています。食べたものを分解し、必要な物質をつくり、細胞を保つ。その一方で、細胞は自分のつくり方を分子の並びとして残し、次の細胞へ受け渡しています。

反応を続けることと、その仕組みを残すこと。現在の生命では、この二つは深く結びついています。反応を進めるには受け継がれた情報が必要で、情報を写すには反応によって生み出された材料とエネルギーが必要です。ただ、生命が始まる前から、二つがそろっていたわけではありません。

まだ細胞も遺伝子もなかった地球で、先に動き始めたのは、物質を変える反応だったのでしょうか。それとも、自らの並びを残す分子だったのでしょうか。

生命になる前の地球で、反応はすでに始まっていた

生命が現れるより前の地球にも、変化はありました。海底では、熱い水が岩石の隙間を通り、冷たい海水と出会っていました。陸上では、火山の熱や太陽の光が物質を動かし、浅い水辺では、水が満ちたり乾いたりするたびに、溶けていた成分が集められていました。

岩石や金属の表面は、ただそこにあるだけではありません。分子を引き寄せ、結びつきやすい向きに並べ、反応を進める足場になることがあります。

若い地球の鉱物表面で物質が次々と変化し、代謝へつながる反応の流れが生まれる可能性を表したコンセプトアート

こうした反応が生命より先に存在したなら、最初の生命は、何もないところからすべての化学反応をつくり出したのではありません。地球がすでに動かしていた反応の一部を取り込み、つなぎ直し、自分の内側で保てるようにしたのかもしれません。これが、代謝が先に始まったと考える見方の出発点です。

反応だけでは、過去を残せない

ただ、環境に助けられた反応には、大きな弱点があります。同じ温度、同じ鉱物、同じ材料があれば、似た反応は繰り返されるかもしれません。しかし、そこで生まれた反応の組み合わせが、次のまとまりへそのまま受け渡されるとは限りません。波にさらわれたり、水に薄められたり、温度が変わったりすれば、その流れは途切れます。

反応が続くことと、反応の仕組みが残ることは同じではありません。生命へ近づくには、うまくいった反応の一部を次へ持ち越す仕組みが必要でした。その役割を担った候補として考えられているのが、分子の並びを写せる存在です。

並びを写す分子が現れる

現在の生命では、DNAが情報を長く保存し、タンパク質が多くの反応を担っています。ただ、生命の始まりに、この分業が最初からあったとは考えにくいでしょう。DNAを写すにも、タンパク質をつくるにも、すでに複雑な仕組みが必要だからです。

RNA状の分子が複製されながら異なる系統へ分かれ、競争と協力の関係をつくる可能性を表したコンセプトアート

分子の並びが写されるようになると、すべてが同じまま増えるわけではありません。複製の途中で生じた違いが残り、その違いによって、次に増えやすいものと増えにくいものが分かれます。反応の世界に、初めて「前に何が起きたか」が影響し始めます。

初期地球で最初のRNAがどのようにでき、タンパク質酵素のない環境でどこまで自らの並びを写せたのかは、まだわかっていません。そして、写す分子だけがあっても、材料がなければ増えられません。複製にも、物質を供給する反応の流れが必要でした。

反応と複製は、小さな区画で出会ったのか

反応は、広い海の中に散らばったままでは続きにくく、複製する分子も、水に流されれば互いに出会えません。そこで重要になるのが、前の章で見た、膜や液滴のような小さな区画です。

区画の内側なら、反応に必要な物質を近くに集めることができます。ある分子がつくったものを別の分子が利用し、区画そのものが成長して分かれれば、内側にあった物質の一部を次へ運ぶこともできます。

もちろん、液滴が増えただけで生命になったわけではありません。そこには、分子の並びを正確に受け渡す仕組みがありませんでした。それでも、このような区画があれば、地球が動かしていた反応と、並びを残す分子が同じ場所で関わり始めることができます。

RNAとペプチドも、別々に完成してから出会ったとは限りません。2022年には、RNA上で短いペプチドが成長し得る、生命以前にも成立可能と提案された化学経路が示されました。2025年には、タンパク質酵素を使わず、水中でRNAをアミノアシル化し、ペプチドが結合したRNAへ進む反応も報告されています。[4][5]

初期地球で同じ一連の反応が起きたと証明されたわけではありません。ただ、RNAとペプチドが別々に完成してから出会う必要はなかったことを示す手がかりです。

どちらか一方が、先だったとは限らない

地球が動かしていた反応の流れの中で、並びを残しやすい分子が生まれ、小さな区画の内側で互いの働きを助けるようになった。反応は複製の材料をつくり、複製される分子は反応の進み方に違いを生み、区画はそれらが散らばらず、同じ場所で関係を続けるための場になった。

生命は、代謝か複製かのどちらか一方からではなく、不完全な複数の仕組みが、少しづつ離れられなくなることで始まったのかもしれません。これは、現在の実験と仮説から描ける一つの道筋です。どの環境で、どの分子が、どの順序で結びついたのかは、まだ明らかになっていません。

物質が、過去を持ち始める

生命の前にも、物質は変化していました。熱を受ければ反応し、水に流されれば移動し、別の物質と出会えば新しい結びつきをつくっていました。ただ、その多くは、その場で起きて終わる変化でした。

分子の並びが写され、そこに生じた違いが次へ残るようになると、状況は変わります。前の反応で生まれた違いが次の反応の進み方を変え、残りやすかった仕組みが、さらに先へ受け渡される。物質の世界に、履歴が生まれます。

生命へ続く変化は、ただ反応が続いたことではない。
反応の一部が残り、その過去が次の変化へ影響し始めたことだった。

代謝と複製のどちらが先だったのかは、まだわかっていません。ただ、現在の生命へ続く道のどこかで、反応する仕組みと残す仕組みは結びつきました。

では、分子の並びは、どのようにして、ただの形ではなく「情報」として働くようになったのでしょうか。次の旅では、生命が情報を残す仕組みを、どのように手にしたのかをたどります。

出典・参考文献

  1. Muchowska, K. B., Varma, S. J. & Moran, J.(2019) Synthesis and breakdown of universal metabolic precursors promoted by iron Nature, 569, 104–107.
  2. Mizuuchi, R., Furubayashi, T. & Ichihashi, N.(2022) Evolutionary transition from a single RNA replicator to a multiple replicator network Nature Communications, 13, 1460.
  3. Matsuo, M. & Kurihara, K.(2021) Proliferating coacervate droplets as the missing link between chemistry and biology in the origins of life Nature Communications, 12, 5487.
  4. Müller, F. et al.(2022) A prebiotically plausible scenario of an RNA–peptide world Nature, 605, 279–284.
  5. Singh, J. et al.(2025) Thioester-mediated RNA aminoacylation and peptidyl-RNA synthesis in water Nature, 644, 933–944.