04 群れと社会

協力は、 なぜ裏切りを越えて続くのか

頼まれごとを引き受けても、何も返ってこないことがあります。それでも協力はなくなりません。血縁・直接互恵・間接互恵という視点から、裏切られる可能性を抱えたまま協力が続く理由をたどります。

頼まれごとを引き受けても、何も返ってこないことがあります。誰かに手を貸しても、感謝の言葉すらないこともあります。

それでも、人は協力すること自体をやめません。裏切られる可能性を抱えたまま、それでも協力は、日々のあちこちで静かに続いています。

第47章では、群れが一人の人間に何をもたらすかをたどりました。ここで、もう一つ確かめておきたいことがあります。

何も返してこない相手がいるのに、協力はどうやって維持されているのでしょうか。

見返りのない協力は、なぜ壊れずに残るのか

進化の歴史を考えると、これは不思議なことでもあります。自分の資源や時間を削ってまで他者を助ける行動は、その個体自身にとっては損失になり得ます。見返りがないなら、なおさらです。

それでも、協力する行動は、人間に限らず、多くの生き物の中に広く見られます。この矛盾には、いくつかの異なる説明が積み重ねられてきました。

血のつながりが、見返りを問わない協力をつくる

EVIDENCE

1964年、進化生物学者ウィリアム・ハミルトンは、この問いに一つの数式で答えを示しました。自分が協力することで払うコストをc、相手が受け取る利益をb、そして自分と相手の血縁の近さをrとしたとき、rとbを掛けた値がcより大きければ、その協力行動は進化の中で有利になる、というものです。

血のつながりが濃いほど、この式は成り立ちやすくなります。相手を助けることは、間接的に自分と同じ遺伝子を残す手助けにもなるからです。見返りを求めない協力が、家族や血縁関係の中で特に自然に見られるのは、このためだと考えられています。

また会う相手だから、裏切れない

ただ、人間の協力は血縁関係だけにとどまりません。血のつながりのない相手とも、私たちは日常的に協力し合っています。

1971年、生物学者ロバート・トリヴァースは、血縁がなくても、同じ相手と繰り返し関わり続ける関係であれば、協力は成り立ちうると考えました。

この考え方は、その後、数理的な裏づけを得ることになります。1981年、ロバート・アクセルロッドとウィリアム・ハミルトンは、さまざまな研究者が考案した戦略同士をコンピューター上で対戦させる大会を開きました。そこで繰り返し好成績を収めたのが、最もシンプルな戦略の一つでした。最初は協力し、その後は相手が前の回にとった行動をそのまま返す、というだけの単純な戦略です。

裏切れば、次に自分も裏切られる。協力すれば、次も協力が返ってくる可能性が高まる。同じ相手とまた顔を合わせるという「未来」があるからこそ、目先の裏切りが割に合わなくなり、協力が続きやすくなるのです。

向き合う二人の人物のあいだを、淡い光の線が一度きりではなく往復するように行き来している、繰り返し向き合い続ける関係が協力を支えている様子を象徴的に表現したイメージ

二度と会わない相手にも、協力は届く

EVIDENCE

ここまでの説明は、血のつながりか、繰り返し会う関係のどちらかを前提にしています。ただ、私たちは、二度と会うことのない相手にも、親切にすることがあります。

1998年、数理生物学者マーティン・ノヴァクとカール・シグムンドは、この現象を説明する新しい仕組みを示しました。鍵になるのは、評判です。

誰かを助けたという行動は、その人の評判を高めます。そして、周囲の人々は、その評判を見て、協力する相手を選びます。評判のいい人には協力が集まりやすくなり、評判の悪い人は協力を得にくくなります。

直接の見返りがその場でなくても、「この人は協力する人だ」という評判そのものが、巡り巡って、まったく別の相手からの協力を引き寄せることになります。同じ相手と二度と会わないとしても、協力が無駄になるとは限らないのです。

中心の人物から、直接つながっていない複数の光や人影へ波紋のように柔らかい光が広がっていく、見返りのない行いが評判として見えない形で遠くまで届いていく様子を象徴的に表現したイメージ

協力は、個人同士の関係だけでは終わらない

血縁、繰り返しの関係、評判。ここまで見てきた仕組みは、いずれも個人と個人のあいだの関係を土台にしています。

ただ、人間の協力は、こうした一対一の関係の積み重ねだけでは説明しきれない規模にまで広がっています。共通の目的のもとに集まった見知らぬ者同士の協力、みんなで守るべきとされる規範、そしてそれを支える制度。これらは、個人間の関係を超えたところで、協力を支え続けています。

この広がりについては、この先の章で、あらためて詳しく見ていくことになります。

裏切りの可能性を抱えたまま、協力は続いている

血のつながりが協力を後押しすることもあれば、また会うという未来が協力を支えることもあります。そして、二度と会わない相手であっても、評判という見えない橋を通じて、協力は届くことがあります。

これらは、それぞれ異なる仕組みでありながら、同時に働いています。だからこそ、裏切られる可能性を完全にはなくせないまま、それでも協力は、簡単には崩れずに続いているのです。

では、相手の心を直接見ることのできない私たちは、協力する相手を選ぶために、何を手がかりにしているのでしょうか。

参考文献

  1. Hamilton WD. The genetical evolution of social behaviour. I, II.
    Journal of Theoretical Biology. 1964;7(1):1–52.
    PubMed
  2. Trivers RL. The evolution of reciprocal altruism.
    The Quarterly Review of Biology. 1971;46(1):35–57.
    DOI
  3. Axelrod R, Hamilton WD. The evolution of cooperation.
    Science. 1981;211(4489):1390–1396.
    DOI
  4. Nowak MA, Sigmund K. Evolution of indirect reciprocity by image scoring.
    Nature. 1998;393(6685):573–577.
    Nature