07 いまを生きる

なぜ、 考えすぎて動けなくなるのか

正解を探し、失敗を避けようとするほど、なぜか行動そのものが止まってしまう。完璧主義の複数の種類、評価予測、感情が消えるのを待ってしまう仕組み、大きすぎる課題、疲労や環境という土台。動けない状態を、一つの理由に還元せずにたどります。

やらなければいけないと分かっている。それなのに、手が動かない。代わりに、関係のない調べものを始めたり、部屋の片付けをしたり、明日でいいと自分に言い聞かせたりしてしまう。「動かなければ」と思うほど、なぜか頭の中で考えるばかりが増えて、実際の行動には結びつかない。そんな経験をしたことはないでしょうか。

第86章では、身体に休息が必要でも、休むことそのものが難しくなっていることを見てきました。休めないまま、それでいて動けもしない。この矛盾した状態に、心当たりのある人は少なくないはずです。

頭の中では、やるべきことのリストがどんどん膨らんでいく。始める前から、うまくいかなかったときの光景が浮かぶ。考えれば考えるほど、実際に手を動かす一歩からは遠ざかっていく。この章では、正解を探し、失敗を避けようとすることが、なぜ行動そのものを止めてしまうのかをたどっていきます。

完璧主義には、いくつかの種類がある

「完璧主義だから動けない」という説明は、よく耳にします。ただ、完璧主義という言葉が指しているものは、一つではありません。三つの方向性を区別せずに一括りにしてしまうと、見えるはずのものが見えなくなってしまいます。

心理学者ポール・ヒューイットとゴードン・フレットは1991年、完璧主義を三つの異なる方向性に分けて捉え直しました。一つ目は、自分自身に高い基準を課す「自己志向的完璧主義」です。二つ目は、他人に高い基準を求める「他者志向的完璧主義」です。そして三つ目は、周囲や社会から完璧を求められていると感じる「社会規定的完璧主義」です。

この三つ目、社会規定的完璧主義が、行動を止める力と特に深く関わっています。この傾向が強い人は、実際に誰かから完璧を求められているかどうかにかかわらず、「もし失敗したら、どう思われるだろうか」という評価予測が頭から離れなくなります。課題に取りかかる前から、まだ起きてもいない他人の反応を先回りして想像し、その想像だけで気持ちが重くなってしまうのです。

提出前のレポート、送る前のメール、挑戦する前の新しい試み。どれも、実際に評価されるのは行動を起こしたあとのはずです。それなのに、頭の中では、まだ起きていない評価の場面が、何度も繰り返し再生されてしまいます。行動する前から、行動したあとの反応を先取りして体験してしまっているような状態です。

たとえば、企画書を一行も書けないまま、頭の中で上司からの指摘を何パターンも想像し続けてしまう。返信メールの文面を何度も書き直し、送信ボタンを押せないまま時間だけが過ぎていく。こうした場面の背景には、実際の評価そのものよりも、評価を想像する力のほうが強く働いていることが少なくありません。想像の中の反応は、実際の反応よりも厳しく、極端になりがちです。

「完璧主義だから先延ばしする」は、単純化しすぎている

完璧主義と先延ばしの関係は、しばしば「完璧主義な人ほど先延ばしをする」という一言でまとめられがちです。ただ、この説明は、実際の研究が示す複雑さを見落としています。

心理学者フュシャ・シロワらは2017年、それまでに行われた多くの研究をまとめ直すメタ分析を発表しました。その結果、完璧主義のすべての側面が、先延ばしと同じように結びついているわけではないことが示されました。自分自身に高い基準を課す自己志向的完璧主義は、先延ばしとの結びつきが弱く、場合によっては先延ばしを減らす方向にすら働くことがありました。一方、社会規定的完璧主義は、先延ばしとより一貫して強く結びついていました。

OPEN QUESTION

つまり、「高い基準を持っていること」自体が問題なのではなく、「その基準を、他人からの評価予測と結びつけて捉えているかどうか」が、行動を止める力に関わっているようです。完璧を目指すこと自体は、必ずしも人を動けなくするわけではありません。むしろ、他人にどう評価されるかへの恐れが強く結びついたときに、行動が止まりやすくなるのです。

「完璧主義をやめれば動けるようになる」という単純な図式も、正確ではありません。自分自身への高い基準は、時に物事を丁寧に仕上げる力にもなります。問題になりやすいのは、基準の高さそのものではなく、その基準を満たせなかったときに、他人からどう見られるかという想像に、心が乗っ取られてしまうことのほうなのです。

このメタ分析が示したもう一つの点は、研究によって結果にばらつきがあったということです。文化や年齢層、測定方法の違いによって、完璧主義と先延ばしの結びつきの強さは変動していました。一つの研究結果だけを取り出して「完璧主義は必ず先延ばしにつながる」と決めつけることは、実際のデータが示す幅の広さを見誤らせてしまいます。

人物の前方に浮かぶ、わずかに異なる姿勢を取った半透明の残像がいくつも重なる様子を通じて、まだ起きていない評価を繰り返し想像してしまう状態を象徴的に表現したイメージ

感情が消えるまで、待ってしまう仕組み

なぜ、評価予測への恐れは、単なる不安として感じるだけでなく、実際に行動を止めてしまうのでしょうか。感情そのものの働き方に、手がかりがありそうです。時間管理の本を何冊読んでも、なかなか改善しないという経験をしたことがある人もいるかもしれません。そこには、時間の使い方とは別の理由が隠れている可能性があります。

心理学者フュシャ・シロワとティモシー・パイチルは2013年、先延ばしを時間管理の失敗としてではなく、感情の扱い方の失敗として捉え直す理論を発表しました。この理論によれば、ある課題に取りかかろうとしたとき、不安や気まずさ、退屈さといった不快な感情が湧き上がることがあります。人は、この不快な感情を今すぐ和らげたいという欲求に強く引っ張られます。そして、その課題を後回しにするという選択が、最も手っ取り早く不快な感情を和らげる手段になってしまうのです。

EVIDENCE

この仕組みの厄介な点は、先延ばしによって得られる安心が、あくまで一時的なものにすぎないということです。課題そのものは消えてなくなるわけではなく、締め切りが近づくにつれて、不安はむしろ大きくなっていきます。それでも、目の前の不快な感情を消したいという欲求は、将来の自分が引き受けることになる負担よりも、常に優先されやすい性質を持っています。この理論では、この現在の自分と未来の自分とのあいだにある距離感の捉え方が、先延ばしのしやすさに関わっているとも指摘されています。未来の自分を、今の自分とは別人のように遠く感じている人ほど、目先の感情を優先しやすい傾向があるのです。

「気持ちが落ち着いたら始めよう」「もう少しやる気が出たら手をつけよう」という考え方は、一見理にかなっているように思えます。ですが、この理論が示しているのは、感情が自然に消えるのを待つという戦略が、たいていうまくいかないという現実です。不快な感情は、課題そのものを避け続ける限り、また同じ場面で顔を出します。感情が消えるのを待つのではなく、感情を抱えたまま、ごく小さな一歩を踏み出すことのほうが、実際には効果的だと考えられています。

大きすぎる課題と、全部を避けたくなる気持ち

行動が止まる理由には、課題そのものの大きさも関わっています。感情の仕組みだけでなく、課題の見え方そのものが、着手のしやすさを左右しているのです。

課題があまりに大きく、どこから手をつければよいか分からないとき、人は課題全体を丸ごと避けようとする傾向があります。第44章で見た、行動を始める力が努力のコストと報酬の見込みのバランスで左右されるという仕組みを思い出してみると、大きすぎる課題は、必要な努力の見積もりそのものが実際以上に膨らんで見えやすいと言えます。課題を細かく分けて捉え直すことができれば、一つひとつの努力コストは小さくなりますが、丸ごと一つの塊として捉えている限り、着手すること自体が重く感じられ続けます。

「全部やらなければ意味がない」という感覚も、この重さに拍車をかけます。少しだけ手をつけて中途半端に終わるくらいなら、いっそ何もしないほうがましだと感じてしまう。この全か無かの捉え方は、社会規定的完璧主義とも結びつきやすく、課題を小さく分けること自体への抵抗感を生み出すことがあります。

課題全体を避けたくなる気持ちは、一つの大きな問題だけでなく、複数の懸念が同時に押し寄せてくるときにも強まります。仕事の締め切り、家庭の用事、健康の心配ごとが重なったとき、どれか一つに手をつけようとしても、残りの懸念が頭の片隅で鳴り続けます。結果として、どれにも本格的に取りかかれないまま、すべてを同時に抱え込んだような感覚だけが残ってしまうのです。

疲労、健康、環境という土台

ここまで見てきた心の働きは、身体や環境の状態と切り離しては考えられません。心の仕組みだけを見ていると、まるで意志の力さえあれば乗り越えられるかのように見えてしまいますが、実際には土台となる条件が大きく関わっています。

第40章では、慢性的なストレスが、注意や気分にまで負担を及ぼすことを見てきました。疲労がたまっている状態や、体調が優れない状態では、評価予測への恐れにも、不快な感情にも、普段より弱くしか抗えなくなります。動けない自分を責める前に、そもそも今の心身が、行動を起こせるだけの余力を持っているかどうかを、確かめてみる価値がありそうです。

人物の足元で揺らぎ途切れる薄い光の地面を通じて、心の働きを支える土台そのものが不安定である様子を象徴的に表現したイメージ

環境そのものが、行動を難しくしている場合もあります。作業に集中しにくい部屋、次々と気を散らす通知、相談できる相手が身近にいない状況。こうした環境の条件は、本人の意志の力だけでは簡単に変えられないものです。動けなさの背景には、心の働きだけでなく、こうした土台の状態も関わっていることを、見落とさないようにしたいところです。

同じ課題を前にしても、十分な睡眠を取れているときと、慢性的な寝不足が続いているときとでは、着手できるかどうかが大きく変わります。心の仕組みだけに原因を求めてしまうと、身体や環境という、実はもっと直接的に影響している部分を見落としてしまうことになりかねません。動けない理由を探すときは、心の中だけでなく、体調や周囲の状況にも、同じくらい目を向ける価値があります。

動けないのは、甘えではない

ここまで見てきた内容を並べてみると、動けない状態が、一つの弱さの表れではないことが分かります。

社会規定的完璧主義がもたらす評価予測。目の前の不快な感情を今すぐ消したいという欲求。大きすぎる課題を丸ごと避けたくなる傾向。そして、疲労や健康、環境といった土台の状態。これらが重なり合って、正解を探し、失敗を避けようとする姿勢が、かえって行動そのものを止めてしまうのです。一つひとつの働きは、それぞれ理由のあるものです。それでも、いくつも重なったとき、結果として身動きが取れなくなってしまうことがあります。

「やる気が出ない」「意志が弱い」という言葉で片づけてしまう前に、こうした複数の仕組みが働いていることを知っておくことは、自分を責めすぎないための助けになりそうです。感情が消えるのを待つのではなく、小さな一歩から始めてみること。課題を丸ごとではなく、扱える大きさに分けてみること。他人からの評価を先回りして想像しすぎず、まず一つだけ手を動かしてみること。こうした工夫は、意志の力を振り絞ることとは、また違う種類の対処です。

動けない自分にいら立ちを感じるとき、その動けなさの裏側には、たいてい複数の理由が折り重なっています。理由を知ることは、行動しない言い訳を増やすことではありません。むしろ、どこに手を入れれば少しずつでも動き出せるのかを、見極めるための手がかりになります。

評価予測が強く働いているなら、想像の中の反応と、実際に起こりうる反応とのあいだにどれだけ隔たりがあるかを、一度立ち止まって考えてみることが助けになるかもしれません。感情の問題が大きいなら、感情が消えるのを待つのではなく、ごく小さな一歩から始めてみることが糸口になります。課題の大きさそのものが壁になっているなら、扱えるところまで分割してみる。そして、疲労や環境の問題であれば、まず休息や環境の調整を優先することが、遠回りに見えて近道になることもあります。すべてに同じ対処が効くわけではないからこそ、自分の動けなさが、どの理由に近いのかを見極めることが役に立ちそうです。

反応の裏にある理由を知ることは、自分を甘やかすことでも、免罪符にすることでもありません。次の章では、こうした反応の背景を知ったとき、自分自身をどう見つめ直せるのかを、たどっていきます。

参考文献

  1. Hewitt PL, Flett GL. Perfectionism in the self and social contexts: Conceptualization, assessment, and association with psychopathology.
    Journal of Personality and Social Psychology. 1991;60(3):456–470.
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  2. Sirois FM, Molnar DS, Hirsch JK. A meta-analytic and conceptual update on the associations between procrastination and multidimensional perfectionism.
    European Journal of Personality. 2017;31(2):137–159.
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  3. Sirois FM, Pychyl TA. Procrastination and the priority of short-term mood regulation: Consequences for future self.
    Social and Personality Psychology Compass. 2013;7(2):115–127.
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