04 群れと社会
評判は、 なぜ見えない力を持つのか
誰も見ていないはずなのに、なぜか行動を変えてしまうことがあります。見つめる目の実験とうわさの研究という視点から、直接知らない相手にまで影響する評判の力をたどります。
誰も見ていないはずなのに、なぜか行動を変えてしまうことがあります。
悪いうわさが立つかもしれないと想像しただけで、それだけで身がすくむこともあります。
第49章では、相手の心を直接見られない私たちが、何を手がかりに信頼を判断しているのかをたどりました。ここで、もう一つ確かめておきたいことがあります。
直接知らない相手にまで影響する評判は、なぜこれほどの力を持つのでしょうか。
誰も見ていなくても、見られている気がする
一人の部屋にいるとき、行儀よくふるまう必要はどこにもありません。それでも、誰かに見られているかもしれないという感覚が、行動を変えてしまうことがあります。
この「見られている気がする」という感覚は、いったい何によって引き起こされているのでしょうか。
目の絵一枚が、行動を変えた
2006年、心理学者のメリッサ・ベイトソンらが行った実験が、この問いに一つの答えを示しました。ある大学の休憩室には、コーヒー代を良心に任せて箱に入れる「オネスティボックス」が置かれていました。研究者たちは、その支払いを促す掲示に、週替わりで花の絵と、人の目の絵を交互に貼りました。
結果、人の目の絵が貼られていた週は、花の絵が貼られていた週より、支払われた金額がおよそ3倍に増えていました。実際には誰にも見られていないのに、目という単なる絵が、その場の行動を変えていたのです。

ただし、この効果はまだ確からしさが揺れている
OPEN QUESTION
ここは、正直に伝えておく必要があります。この実験は広く知られるようになった一方で、その後の追試では、はっきりした支持が得られていません。
27の実験をまとめた大規模なメタ分析では、目の絵が「寄付する人の割合」を増やすという効果は確認されませんでした。寄付する額そのものの差も、比較すると、非常に小さいものにとどまっていました。効果があったとしても、周囲に人が少ないときに限られるなど、状況によって出たり出なかったりする可能性も指摘されています。
「目の絵一枚で人は変わる」という分かりやすいストーリーを、そのまま鵜呑みにすることはできません。それでも、人が見られているかもしれないという感覚に敏感である、ということ自体は、次に見る現象とも深く関わってきます。
うわさは、悪意だけのものではない
EVIDENCE
「うわさ話」と聞くと、悪意ある噂というイメージを持つかもしれません。ただ、心理学者のマシュー・ファインバーグらの一連の研究は、うわさに、また別の一面があることを示しています。
実験参加者は、誰かが不誠実にふるまうところを見ると、不快な感情を覚え、その情報を、これから同じ相手と関わるかもしれない別の参加者へ伝えたいという気持ちを持ちました。実際にその情報を伝えると、この不快感は和らぎました。
そして、こうしたうわさが伝わる可能性がある状況そのものが、利己的にふるまう人を減らし、集団全体の協力を底上げする効果を持っていました。
うわさは、単なる悪口としてだけ機能しているのではありません。協力する相手を選ぶための情報を、集団の中で共有する仕組みとしても働いているのです。

評判を失う不安は、どこから来るのか
ここまでたどってきたことを振り返ると、評判を失うことへの不安は、これまで見てきたいくつかの働きと、地続きになっていることが見えてきます。
第46章では、拒絶や孤立が、身体的な痛みに近い反応を引き起こすことを見ました。第47章では、群れが、支配しようとする一人を排除という手段で押し返す仕組みを持っていたことをたどりました。
評判とは、この排除が実際に起こるかどうかを左右する、目に見えない指標です。評判を失うことへの不安が強く感じられるのは、その先に、痛みに近い反応を引き起こす拒絶や孤立が、現実の可能性として控えているからなのかもしれません。
評判を気にすることは、見栄ではない
世間体を気にすること、承認を求めること、うわさを恐れること。これらは、しばしば、見栄っ張りだとか、他人の目を気にしすぎだと語られます。
ただ、ここまで見てきたように、見られているかもしれないという感覚も、うわさという情報の共有も、群れの中で協力を保ち、排除を避けるために働いてきた仕組みの一部です。
評判を気にすることは、性格の弱さでも、見栄でもありません。群れの中で生きる人間に、もともと組み込まれている働きなのです。
では、信頼を未来へつなぐ約束は、なぜ人と人を結びつけるのでしょうか。
参考文献
-
Bateson M, Nettle D, Roberts G. Cues of being watched enhance cooperation in a real-world setting.
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PubMed -
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Journal of Personality and Social Psychology. 2012;102(5):1015–1030. -
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