01 地球と生命
生命は、 どこで始まったのか
前の章では、大地が動き、海底や大陸をつくり変えながら、地球内部と海や大気の間で物質を循環させてきたことをたどりました。若い地球には、水、岩石、大気、熱、そしてさまざまな化学物質がありました。ただ、それだけで生命が生まれるわけではありません。
物質が集まり、反応を続け、周囲とは異なるまとまりを保つ。そして、その仕組みを次へ受け渡せるようになるまでには、いくつもの段階が必要です。その変化は、深い海の底で始まったのでしょうか。それとも、火山に近い温泉や、水が満ちたり乾いたりする浅い池だったのでしょうか。
生命の始まりを、そのまま見ることはできない
最初の生命が生まれた瞬間を、そのまま残した化石は確認されていません。初期の生命は、硬い骨格を持たない微小な存在だったと考えられます。その痕跡は残りにくく、地球最初期の岩石の多くも、熱や圧力、地殻変動によって失われたり、つくり変えられたりしました。
そのため、生命の起源を一つの化石から復元することはできません。古い岩石に残された構造や化学成分、現在の生命に共通する仕組み、初期地球の環境を再現した実験。異なる証拠を重ねながら、生命へ続く道筋が探られています。
どこからを、生命と呼ぶのか
現在の生物は、膜によって外側と内側を分け、周囲から物質やエネルギーを取り入れています。内部の状態を保ち、自らのつくり方を次の世代へ伝え、世代を重ねる中で変化することもできます。ただ、これらの特徴を一つ持つだけで、生命になるわけではありません。
結晶は規則的な形を保ちながら成長し、炎も周囲の物質を使って広がります。ウイルスは遺伝情報を持っていますが、ほかの細胞を利用しなければ増えることができません。生命と生命ではないものの間に、誰にでも見える一本の線が引かれているわけではないのです。
生命の始まりを考えるには、完成した細胞が突然現れた瞬間だけでなく、物質を囲う境界、反応を続ける仕組み、自らのつくり方を残す仕組みが、どのように生まれ、結びついていったのかを見る必要があります。
少なくとも約35億年前には、生命が存在していた
オーストラリア西部には、約34億8千万年前の温泉や間欠泉に関係する地層が残されています。その中から、微生物の集まりがつくったと考えられる構造や、微生物の活動を示す化学的な痕跡が報告されています。少なくとも約35億年前には、陸上の熱水環境にも生命が存在していた可能性を示す証拠です。[1]
生命へ続く反応は、どこで進んだのか
生命が始まった場所として、現在も複数の環境が検討されています。
ただし、熱水噴出孔で生命が誕生したと確認されたわけではありません。深い海では物質が広く拡散します。RNAや膜へつながる複雑な分子を、どのように集め、壊れないように保ったのかという課題も残っています。
太陽光や火山の熱は、反応を進める力になります。一方で、強い紫外線や高温は、できた分子を壊す原因にもなります。生命へ続く道は一つの場所だけで完結せず、単純な有機物が生まれた場所、分子が集まった場所、膜のような境界ができた場所、複製へ続く反応が進んだ場所が、それぞれ異なっていたのかもしれません。
物質を囲う境界が生まれる
現在の細胞は、膜によって外側と内側を分けています。境界があれば、反応に必要な物質を内部へ集め、周囲とは違う状態を保ちやすくなります。生命が生まれる前の地球でも、ある種の分子は水の中で自然に集まり、小さな袋や液滴のような区画をつくり得ます。こうした細胞以前の区画は、原始細胞やプロトセルと呼ばれます。
2024年の実験では、コアセルベート液滴を真水に触れさせると、表面に静電的な架橋が生まれ、液滴同士の融合とRNAの急速な交換が抑えられることが示されました。雨や淡水が、こうした区画を安定させた可能性があります。[4]
別の研究では、アミノ酸の一種であるシステインと短い炭素鎖を持つチオエステルが水中で自発的に反応し、膜に囲まれた小胞をつくることが確認されました。[5] ただし、袋や液滴ができただけでは生命とは呼べません。その内側で反応が続き、区画が増え、自らの仕組みが次へ受け渡される必要があります。
RNAが、情報と反応をつないだのか
LUCAは、最初の生命ではない
現在生きている生物には、遺伝暗号やタンパク質をつくる仕組みなど、多くの共通点があります。その共通点を過去へたどった先に想定される祖先が、LUCAです。日本語では、全生物最終共通祖先と呼ばれます。
2024年の研究では、遺伝子の変化をさかのぼることで、LUCAが約42億年前に存在し、少なくとも約2600のタンパク質をつくる遺伝子を持つ、現在の原核生物に近い複雑さの存在だった可能性が示されました。さらに、LUCAは孤立していたのではなく、ほかの微生物と関わる生態系の中にいたと推定されています。[7]
まだ答えのないこと
生命は、突然完成したのか
生命の起源をたどると、生命と生命ではないものを分ける、一つの決定的な瞬間を探したくなります。実際には、単純な物質が少しづつ複雑になり、周囲から区切られ、反応を続け、自らの仕組みを次へ残せるようになった可能性があります。
生命は、完成した細胞として突然現れたのではない。
続いていくための仕組みが、少しづつ結びついていった。
どの段階から生命と呼べるのかは、今も簡単には決められません。それでも、現在の私たちへ続く生命は、物質がまとまりを保ち、その仕組みを次へ渡せるようになったところから始まりました。
次の旅へ
生命が続くためには、境界を持つだけでは足りません。外から物質やエネルギーを取り入れ、内部の反応を保ち、自らの仕組みを次へ渡す必要があります。
では、先に始まったのは、エネルギーを使う仕組みだったのでしょうか。それとも、自らを複製する仕組みだったのでしょうか。次の旅では、代謝と複製のどちらが先だったのかをたどります。
出典・参考文献
- Djokic, T. et al.(2017) Earliest signs of life on land preserved in ca. 3.5 Ga hot spring deposits Nature Communications, 8, 15263.
- Truong, C. et al.(2025) Fe2+ disproportionation within iron-rich alkaline vent analogues reveals proto-bioenergetic systems Nature Communications, 16, 10682.
- Becker, S. et al.(2019) Unified prebiotically plausible synthesis of pyrimidine and purine RNA ribonucleotides Science, 366, 76–82.
- Agrawal, A. et al.(2024) Did the exposure of coacervate droplets to rain make them the first stable protocells? Science Advances, 10, eadn9657.
- Cho, C. J. et al.(2025) Protocells by spontaneous reaction of cysteine with short-chain thioesters Nature Chemistry, 17, 148–155.
- Rout, S. K. et al.(2025) Amino acids catalyse RNA formation under ambient alkaline conditions Nature Communications, 16, 5193.
- Moody, E. R. R. et al.(2024) The nature of the last universal common ancestor and its impact on the early Earth system Nature Ecology & Evolution, 8, 1654–1666.