01 地球と生命

真核細胞は、 どのように生まれたのか

前の旅では、光を使う小さな細胞の反応が、海と大気の均衡を変えていくまでをたどりました。酸素が残る場所が増えると、有機物から多くのエネルギーを取り出せる環境も広がっていきます。ただ、酸素が増えただけで、動物や植物をつくる複雑な細胞が生まれたわけではありません。

生命の歴史では、もう一つ、これまでとは異なる変化が起きました。一つの細胞が新しい部品を自分の内側だけでつくり上げたのではなく、かつて別々に生きていた二つの系統が関わり、やがて一つの細胞として切り離せない関係になっていったのです。私たちの細胞にあるミトコンドリアは、その遠い出来事を今も内側に残しています。

出会う前から、宿主は変わり始めていた

現在の真核細胞には、DNAの大部分を収める核があります。細胞の内側には、小胞体やゴルジ体のような膜で区切られた領域があり、細胞骨格が形を支え、物質を運び、分裂を助けています。

長い間、このような複雑さは、ミトコンドリアの祖先を取り込んだあとに生まれたのではないかと考えられてきました。ミトコンドリアによって利用できるエネルギーが増えたからこそ、細胞は大きなゲノムと複雑な内部構造を維持できるようになった、という見方です。ただ、真核細胞へ続く宿主が、何も持たない単純な細胞だったとは限りません。

古細菌に関係する宿主細胞と細菌状の生命が近づき、細胞内共生へ向かう始まりを象徴的に描いたコンセプトアート

別の生命が、細胞の内側へ入る

その宿主に近づいたのが、アルファプロテオバクテリアに関係する細菌の系統でした。現在のミトコンドリアには細胞核とは別のDNAがあり、細菌に似たリボソームを持ち、すでにあるミトコンドリアが分かれることで増えます。遺伝子の系統関係も、ミトコンドリアが、かつて独立して生きていた細菌に由来することを示しています。

ただ、出会いの瞬間は残っていません。

共生相手が、細胞の一部になっていく

宿主の内側へ入った細菌は、初めからミトコンドリアだったわけではありません。自分の遺伝子を持ち、自分の膜を維持し、もとは単独で増えることのできた一つの生命でした。その関係が長く続くうちに、細菌側の遺伝子の多くが失われるか、宿主側のゲノムへ移っていきます。

遺伝子が宿主側へ移ると、その遺伝子からつくられたタンパク質を、かつての細菌へ送り返す仕組みが必要になります。現在のミトコンドリアは独自のDNAを残しているものの、働きに必要なタンパク質の大部分を自分ではつくれず、核にある遺伝子からつくられたタンパク質を細胞質から受け取っています。[5]

宿主もまた、共生相手が生み出す働きを前提に変わっていきました。一方だけが相手を利用し続けたのではありません。遺伝子、膜、物質輸送、代謝が結びつき、どちらか片方だけでは以前と同じように続けられない関係へ変わっていったのです。

宿主細胞と細菌状の共生相手が遺伝子や代謝を結びつけ、一つの細胞へ統合されていく過程を象徴的に描いたコンセプトアート

二つの歴史が、一つの細胞へ重なる

真核細胞の遺伝子には、古細菌に近いものと、細菌に近いものが含まれています。DNAの複製、転写、翻訳など、遺伝情報を扱う基本的な仕組みには古細菌との深い共通性があり、その一方で、代謝をはじめとする多くの働きには細菌に由来する遺伝子が関わっています。

2026年の大規模な系統解析では、真核生物に広く保存された遺伝子の多くに、Asgardアーキア側からの主要な寄与が認められました。そこへミトコンドリアへ続く細菌系統の遺伝子も加わり、真核細胞は複数の系統の歴史を持つ細胞になったと考えられています。[4]

これは、二つの生物が隣り合ったまま暮らしただけの関係ではありません。宿主側の情報を扱う仕組みと、細菌側から加わった代謝やエネルギー変換の仕組みが一つの細胞の内側で組み直されていきました。真核細胞は、一つの系統が自分だけで複雑になった姿ではなく、異なる生命の歴史が重なり、その関係ごと受け継がれるようになった存在です。

最初から完成した真核細胞ではなかった

宿主と細菌が結びついた瞬間に、現在の真核細胞が完成したわけではありません。共生が始まったあとも、遺伝子の移動、膜の変化、タンパク質を送り分ける仕組み、細胞分裂の調整が続きました。核がいつ現在に近い形になったのか、共生の前後でどこまで発達していたのかについても、研究は続いています。

現在生きているすべての真核生物が分かれる前には、すでに核、ミトコンドリア、細胞骨格、膜輸送などを持つ共通祖先が存在したと考えられています。この祖先はLECA、真核生物最終共通祖先と呼ばれます。

LECAは最初の真核細胞ではありません。二つの系統が出会ってから、現在へ続く真核生物の共通祖先になるまでには、長い統合の時間がありました。

生命の境界が、内側へ広がる

細胞には、内側と外側を分ける膜があります。最初の細胞が生まれたとき、その境界は反応を一つのまとまりとして保つために重要でした。細胞内共生では、その境界の意味がさらに変わります。宿主の内側に、別の生命が入ったからです。

初めは二つの細胞だったものが、遺伝子と代謝を交換し、世代を越えて関係を続けるうちに、一つの細胞として受け継がれるようになります。かつて相手だった存在は、ただの部品になったわけではありません。独自のDNAと膜を残しながら、細胞全体の働きへ組み込まれています。

私たちが体を動かすときも、考えるときも、その細胞の内側では、遠い時代に別の生命だった系統の働きが続いています。

複雑な生命は、一つの系統だけでつくられたのではない。
別々だった生命が、互いの歴史を残したまま、一つの続き方を持つようになった。

真核細胞が生まれたことで、一つの細胞の内側に、複数の領域と働きを保てるようになりました。ただ、一つの細胞が複雑になっただけでは、動物や植物のような体にはなりません。

次の変化では、分裂した細胞が離れずに残り、互いに連絡しながら役割を分け始めます。次の旅では、一つでも生きられる細胞が、なぜほかの細胞と離れず、一つの体をつくるようになったのかをたどります。

出典・参考文献

  1. Eme, L. et al.(2023) Inference and reconstruction of the heimdallarchaeial ancestry of eukaryotes Nature, 618, 992–999.
  2. Rodrigues-Oliveira, T. et al.(2023) Actin cytoskeleton and complex cell architecture in an Asgard archaeon Nature, 613, 332–339.
  3. Kay, C. J., Spang, A. & Donoghue, P. C. J.(2026) Dated gene duplications elucidate the evolutionary assembly of eukaryotes Nature, 650, 129–140.
  4. Tobiasson, V. et al.(2026) Dominant contribution of Asgard archaea to eukaryogenesis Nature.
  5. Archibald, J. M.(2015) Endosymbiosis and Eukaryotic Cell Evolution Current Biology, 25, R911–R921.