01 地球と生命
多細胞生物は、 なぜ生まれたのか
前の旅では、別々に生きていた生命の系統が一つの細胞の内側で結びつき、真核細胞へ続く新しいまとまりになるまでをたどりました。細胞の内側には、異なる働きを担う領域が生まれました。ただ、どれほど複雑な細胞になっても、一つの細胞だけでできることには限りがあります。
生命が次に変えたのは、細胞の内部ではありませんでした。分裂した細胞が離れずに残り、互いの働きを調整しながら、一つのまとまりとして世代を越えるようになったのです。
最初から筋肉や神経があったわけではなく、完成した動物や植物が突然現れたわけでもありません。始まりにあったのは、一つでも生きられる細胞が、ほかの細胞と離れずにいるという小さな変化でした。
分かれた細胞が、離れずに残る
一つの細胞が分裂すると、ふつうは二つの細胞になります。それぞれが離れ、別々に生きていけば、生命はこれまでと同じように、一つの細胞を一つの個体として続いていきます。ただ、分裂した細胞が完全には離れなければ、別の道が開きます。
隣り合う細胞は、同じ場所の変化を受け、互いがつくった物質を利用し、動き方をそろえることができます。分裂によって生まれた細胞どうしは、多くの場合、近い遺伝情報を共有しているため、一方だけが利益を得てほかを利用する関係よりも、集まり全体の成長や繁殖につながる変化が保たれやすくなります。
現在の動物や植物の体も、一つの細胞から始まります。細胞分裂を繰り返しながら、娘細胞がつながりを保ち、少しづつ一つの形をつくっていきます。
もちろん、細胞が離れずにいるだけで、多細胞生物になるわけではありません。一時的な集まりなら環境が変われば崩れ、一つひとつの細胞が独立して繁殖するなら、集まりはまだ、それぞれの生命が近くにいる状態です。
一時的な集まりと、多細胞性として世代を越えて続く系統を分ける重要な点は、つながりが生活の一部になり、その関係ごと次の世代へ受け渡されるようになったことでした。
集まりが、一つの生活を持ち始める
細胞の集まりが一つの生命として続くには、増え方そのものが変わる必要があります。細胞がそれぞれ勝手に増えるのではなく、集まり全体の形や大きさに合わせて、分裂の時期や向きが調整されるようになります。
増えた細胞を一つのまとまりとして保ち、そのまとまりが成長して次のまとまりを生み出すようになると、繁殖する単位は個々の細胞から細胞の集まりへ移り始めます。
一つの細胞が残ることより、集まり全体が続くことの方が重要になると、細胞どうしの関係も変わります。単独で生きる自由の一部を失う代わりに、集まりの中にいることでしか得られない生き方が始まります。
同じ由来の細胞が、違う働きを担う
初めの細胞群では、すべての細胞がよく似た働きをしていたかもしれません。ただ、同じ仕事をする細胞が増えるだけでは、一つの細胞を大きくした以上の変化は生まれません。
まとまりの内側と外側では、置かれた条件が違います。外側の細胞は環境へ直接触れ、内側の細胞は外から守られます。光、栄養、酸素、周囲から受ける力も場所によって変わり、その違いが細胞の働き方を分けるきっかけになります。
同じ遺伝情報を持っていても、使う遺伝子が変われば、細胞の形と働きは変わります。ある細胞は動きを担い、別の細胞は栄養を取り込み、さらに別の細胞は次の世代をつくる役割を担うようになります。
そのためには、細胞が自分の位置と周囲の状態を知り、ほかの細胞へ合図を送り、受け取った合図に応じて働きを変える必要があります。動物の細胞接着や情報伝達に関わる仕組みの一部は、動物が現れる前から単細胞の近縁生物に存在していました。もともとは獲物を捕らえること、周囲を感じること、別の細胞や物質へ付着することなどに使われていた仕組みが、多細胞の体をつくるために組み替えられたと考えられています。[2]
細胞が役割を分けると、一つの細胞では両立しにくかった働きを、同じ体の中で同時に進められます。その一方で、役割を担う細胞の多くは単独では次の世代を残さなくなり、一つひとつの細胞の繁殖より、体全体が生き、限られた細胞が次の世代へつながることが優先されるようになります。
細胞の集まりはここで、協力する集団から、互いを前提にしなければ続けられない一つの体として統合されていきます。
離れずにいることが、道を広げる
細胞が一つのまとまりになることには、費用がかかります。内側の細胞へ栄養や酸素を届け、不要な物質を外へ運ばなければなりません。細胞が勝手に増えれば集まり全体の形と働きが壊れ、協力しない細胞が現れたときには、それを抑える仕組みも必要になります。
それでも、多細胞化は生命史の中で何度も起きました。
大きくなることで水の流れに耐えやすくなること、光や栄養を得やすい形をつくること、厳しい環境から一部の細胞を守ることも、まとまりを保つ利点になり得ます。細胞が役割を分ければ、単細胞では一度に行えなかった働きを、別々の場所で進められます。
多細胞化を促した理由は、時代、環境、系統によって違ったはずです。生命が一つの答えを見つけたのではなく、離れずにいることで生じる利点が、異なる系統で繰り返し残されたのです。
多細胞化には、いくつもの始まりがあった
動物、植物、菌類、褐藻、紅藻は、同じ多細胞祖先から枝分かれしたわけではありません。細胞をつなぎ、一つの生活環をつくり、役割を分ける変化は、異なる系統で独立して起きました。
別々に暮らしていた細胞が集まる道もあれば、分裂した細胞が離れずに残る道もあります。単純な細胞群のまま続く系統もあれば、組織や器官をつくるほど強く統合された体へ進む系統もあります。ですので、「最初の多細胞生物」を一匹の祖先として思い描くことはできません。
私たちが見ているのは、一つの始まりではなく、生命史の中で繰り返し生じた多くの始まりの、ごく一部です。
細胞の集まりから、一つの体へ
多細胞化によって、生命はただ大きくなったのではありません。これまで一つの細胞の内側で行っていた働きを、体の異なる場所へ分けられるようになりました。外の世界に触れる細胞、体を支える細胞、物質を運ぶ細胞、動きを生み出す細胞。細胞が互いの存在を前提に働き、その関係全体が次の世代へ受け渡されると、細胞の集まりは一つの生命になります。
一つでも生きられた細胞は、つながることで、単独では持てなかった形と働きを持つようになりました。ただ、その代わりに、多くの細胞は体から離れて生きる道を失いました。
多細胞の体は、細胞が完全に同じになったことで生まれたのではありません。違う働きを担いながら、同じ続きを生きるようになったことで生まれたのです。
一つの細胞から、一つの体へ。
生命は、細胞を増やしたのではなく、細胞どうしの続き方を変えた。
役割を分けられる体が生まれると、外の変化を受け取る細胞と、体を動かす細胞を離れた場所に置けるようになります。その二つを結び、体全体の反応をそろえる仕組みが必要になります。その後の一部の系統では、感覚と運動をつなぐ神経系へ続く仕組みが進化します。
ただ、その道が穏やかに続いたわけではありません。地球規模の環境変化は、何度も生命の広がりを断ち切り、そのたびに残った系統から新しい生き方が生まれました。次の旅では、生命が何度もの危機をどのように越えてきたのかをたどります。
出典・参考文献
- Hanschen, E. R. et al.(2016) The Gonium pectorale genome demonstrates co-option of cell cycle regulation during the evolution of multicellularity Nature Communications, 7, 11370.
- Sebé-Pedrós, A. et al.(2010) Ancient origin of the integrin-mediated adhesion and signaling machinery Proceedings of the National Academy of Sciences, 107, 10142–10147.
- Herron, M. D. et al.(2019) De novo origins of multicellularity in response to predation Scientific Reports, 9, 2328.
- Zhu, S. et al.(2016) Decimetre-scale multicellular eukaryotes from the 1.56-billion-year-old Gaoyuzhuang Formation in North China Nature Communications, 7, 11500.
- Miao, L. et al.(2024) 1.63-billion-year-old multicellular eukaryotes from the Chuanlinggou Formation in North China Science Advances, 10, eadk3208.