02 人類

人間は、 一人で子どもを育ててきたのか

人間の子育ては、本当に母親一人で完結してきたのでしょうか。父親、祖父母、きょうだい、血縁のない仲間まで、複数の人が子どもを支える共同養育の多様さと、現代の育児の孤立をたどります。

前の章では、人間の子どもが、長い時間をかけて身体と脳を育てていくことを見てきました。

自分では移動できない乳児を抱く。栄養を与える。危険から守る。少し成長したあとも、食べ物や道具の扱い方を見せ、失敗へ応じ、言葉を伝える。

一人の子どもが育つまでには、長いあいだ、誰かの時間と身体が必要です。

その間にも、食べ物を得る必要があります。水や燃料を運び、生活する場所を整え、すでに生まれているほかの子どもにも目を配らなければなりません。

このすべてを、母親一人が担ってきたのでしょうか。

妊娠、出産、授乳には、特定の身体でしか担えない働きがあります。

ただ、人間の子育てには、抱く、運ぶ、守る、食べ物を渡す、遊ぶ、見守る、教えるといった、ほかの人にもできる行動があります。

人間の子どものそばには、誰がいたのでしょう。

子どもを支える手は、一組だけではない

現在の小規模な狩猟採集社会を観察すると、乳児や幼い子どもが、母親以外の人と接する姿が見られます。

父親、祖父母、おじやおば、年長のきょうだい、いとこ、血縁関係にない仲間。

その関わり方も一つではありません。

直接抱く人がいる。泣き声へ応じる人がいる。食べ物を渡す人がいる。近くで危険を見守る人がいる。子どもと遊ぶことで、母親が別の仕事をできる時間をつくる人もいます。

乳児を抱く大人のそばで、別の大人が籠の中の植物を分ける生活作業を続ける様子

コンゴ共和国で暮らすムベンジェレの子ども18人を、一人につき12時間追跡した研究では、身体接触、泣き声への応答、遊びを含む直接的な養育などの40~50%を、母親以外の人が担っていました。

子どもは、大勢の人から無作為に世話を受けていたわけではありません。

母親以外の養育者が複数いる一方、その中でも特に深く関わる少数の人がいました。泣き声には、ほぼ常に誰かが速やかに応じていました。[1]

人間の子どもは、一人の母親との関係を持たないわけではありません。

母親との関係を持ちながら、その外側にも、少しづつ重なる関係を持っていたのです。

共同養育とは、 母親の役割が小さいということか

母親以外の人が子どもへ行う世話や食物の提供は、アロケアと呼ばれます。

人間の生活史を説明する研究では、親ではない人も子育てへ関わる「共同養育」や「協同繁殖」という枠組みが使われてきました。

ただ、人間の共同養育は、一つの決まった制度ではありません。

特定の人が自分の子どもを持つことをやめ、他者の子どもだけを育てるとは限りません。養育者は、自分の子どもを育てながら、別の子どもを助けることもあります。

住む場所、食物の得方、親族関係、仕事の分担、子どもの人数によって、誰が何を担うかは変化します。

共同養育は、母親の役割が小さいという意味でもありません。

妊娠、出産、授乳を含め、多くの社会で、母親は乳幼児の養育の中心でした。

一方で、中心であることと、すべてを一人で担うことは同じではありません。

アカの母親28人を調べた研究では、母親以外の養育者は、子どもを直接世話するだけでなく、母親が行う仕事の負担を代わる方法でも支えていました。

祖母を中心とした養育者がいる場合、9時間の観察中に母親が仕事へ使うエネルギーは、最大で約216キロカロリー少なくなっていました。父親や年少者の関与は異なる影響を示しており、誰の助けも同じ働きをするわけではありませんでした。[4]

誰かが乳児を抱くことだけが、子育ての支援ではありません。

食べ物を得る。火を保つ。水を運ぶ。年長の子どもを見る。

母親が担っていた別の仕事を代わることも、子どもを育てることへつながります。

父親の関わり方は、一つではなかった

人間の父親は、子どもの養育へどの程度関わってきたのでしょう。

これにも、一つの答えはありません。

子どもを直接抱き、遊び、食べ物を渡す父親が多い社会があります。直接的な世話は少なくても、食物を得ることや、生活の安全を支えることで関わる社会もあります。

タンザニアのハッザでは、授乳中の幼い子どもがいる時期に、夫が得る食物が、母親の不足する食物獲得を補う可能性が示されています。

ただ、男性が得た食物は広い集団へ分配されることもあり、父親が常に自分の妻と子どもだけへ食物を運んだわけではありません。[5]

アカでは、父親による直接的な養育も観察されています。

ただ、その量や働きは、祖母やほかの養育者と同じではありませんでした。誰か一人が母親の代わりになるのではなく、異なる人が異なる負担を引き受けていたと考えられます。[4]

父親が子育てへ関わる量は、変わらない生物学的な運命だけで決まるものではありません。

生活の仕方、仕事の分担、親子が過ごせる時間、婚姻や居住の形、周囲の支援によって、関わり方は大きく変わります。

子どもも、子どものそばにいた

幼い子どものそばにいたのは、大人だけではありません。

年長のきょうだいや、少し年上の子どもたちも、幼い子と一緒に過ごしていました。

年齢の異なる三人の子どもが自然物で遊び、年長の子どもが幼い子へ自然に目を配る様子

フィリピンのアグタを対象に、0~6歳の子ども78人を観察した研究では、子どもだけでつくられる遊びの集団へ参加していると、母親がその子どもを直接世話する時間が減っていました。

遊びの集団では、6~11歳の子どもたちが中心となって、2~6歳ほどの子どもと過ごしていました。大人の参加はごく少なく、遊ぶことと見守ることが重なっていました。[6]

一緒に移動する。遊ぶ。周囲へ目を配る。幼い子が集団の中にいられるようにする。

その時間が、母親の負担の一部を軽くしていました。

コンゴ共和国のバヤカでは、授乳中の母親が食物を得る活動へ出る際、4~7歳の女の子が同行していると、母親が一定時間に得られる食物が増える傾向が確認されました。

幼い女の子たちは、乳児を抱く、見守る、遊ぶことによって、母親が食物を集める時間をつくっていたと考えられます。助けていた子どもが、母親や乳児と血縁関係にあるとは限りませんでした。[7]

ただ、この事実は、現代の子どもへ育児責任を負わせるべきだという意味ではありません。

どこまでが遊びや生活への参加で、どこからが重すぎる負担になるのかは、環境や社会によって異なります。

子どもが養育へ参加してきたことと、子どもの安全、自由、休息、学ぶ機会を奪うことは同じではないのです。

祖父母と年長者は、何を支えたのか

子どものそばには、親より上の世代もいました。

祖父母は乳児を抱くこともできます。すでに乳離れした子どもへ食べ物を渡し、母親が次の乳児を世話する時間をつくることもできます。

特に祖母の働きは、人間の長い寿命を考える仮説と結びつけられてきました。

年長者が渡したものは、直接的な世話だけではありません。

食物が得られる場所を知っている。季節の変化を知っている。危険を経験している。幼い子どもへの接し方を知っている。

身体を動かして支える力と、長く生きたことで蓄えた経験の両方が、次の世代へ渡された可能性があります。

血縁の外にも、養育の手は広がった

血縁関係は、誰が子どもを助けるかへ影響します。

ハッザでは、近い親族ほど幼い子どもを長く抱く傾向がありました。

ただ、親族だけが子どもを助けていたわけではありません。

血縁関係にない大人や子どもも、抱く、見守る、遊ぶ、食べ物を渡すといった行動へ参加していました。[1][3][6][7]

同じ場所で暮らし、食物を分け、互いの子どもが育つことは、集団全体の生活とも結びついています。

今日、自分がほかの人の子どもを見ている間に、その人が食物を得る。別の日には、自分の子どもが誰かに見守られる。

すべての助けが、同じ量で返される交換だったとは限りません。

一方で、血縁だけでは説明できない関係も、人間の子育てを支えていたのです。

育児の形は、環境と社会で変わる

共同養育が見られるからといって、すべての人類集団が同じ家族や育児の形を持ってきたわけではありません。

父親が多く関わる社会もあれば、祖父母やきょうだいの役割が大きい社会もあります。

母方の親族と暮らすのか、父方の親族と暮らすのかによって、近くにいる養育者は変わります。

食物を集団で得るのか、個々の世帯で得るのか。小さな居住地で生活するのか、家族ごとに離れて暮らすのか。それによっても、子どものそばにいられる人は変化します。

2024年にコンゴ共和国のバヤカの採集行動を調べた研究では、母親が乳児を連れて行く場合と、生活場所にいる養育者へ預ける場合がありました。

乳児の同行そのものは、母親の移動量、消費エネルギー、食物の獲得量へ明確な差を生んでいませんでした。一方で、採集集団に子どもが加わると、母親の食物獲得量が増える傾向があり、子どもによる養育支援と一致していました。[11]

人間には、ただ一つの「自然な育児形態」があるわけではありません。

共通して見えるのは、子どもが長く世話を必要とし、その負担を、社会や環境に応じた複数の方法で分けられる柔軟さです。

一人で育てることがつらいのは、 弱さなのか

現代では、子どもと養育者が、ほかの親族や地域の人から離れて暮らすことがあります。

仕事の時間、住む場所、経済的な条件、支援制度、人間関係、健康状態によって、頼れる人が近くにいない場合もあります。

人類に共同養育の歴史があるからといって、現在の育児の苦しさが、すべて共同養育の不足だけで説明できるわけではありません。

産後や育児中のつらさには、睡眠不足、身体の回復、経済的不安、仕事、家事、関係の緊張、子どもの個性など、多くの条件が関わります。

ただ、長く世話を必要とする子どもを、一人で支え続けることが大きな負担になるのは、その人の意志が弱いからではありません。

一人分の身体と時間で、本来は複数の関係へ分けることもできる仕事を、担い続けているからです。

人間は、一人で子どもを育てられない存在なのではない。
子どもを育てる仕事を、複数の関係へ広げられる存在である。

助けを必要とすることは、養育者として足りない証拠ではありません。

人間の子育てが、誰かとつながる余地を持っているということです。

次の旅へ

人間の子どもは、母親だけではなく、父親、祖父母、きょうだい、親族、血縁関係にない人とも関わりながら育ってきました。

その人たちは、身体を守り、食物を渡しただけではありません。

道具を使う姿を見せました。食べられるものと危険なものを区別しました。どこへ行けば水があり、どの季節に何が採れるのかを知っていました。

子どもは、多くの人との関係の中で、前の世代が持っていた知識へ触れました。

では、人間は、なぜ世代が変わるたびに、すべてを最初から発見し直さずに済むのでしょう。

次の章では、観察、模倣、教示、共同作業を通して、知識が人から人へ渡り、少しづつ積み重なっていく過程をたどります。

次の問いは「人類は、なぜ知識を積み重ねられたのか」です。

出典・参考文献

  1. Chaudhary, N., Salali, G. D. & Swanepoel, A.(2024) Sensitive responsiveness and multiple caregiving networks among Mbendjele BaYaka hunter-gatherers: Potential implications for psychological development and well-being Developmental Psychology, 60(3), 422–440.
  2. Fouts, H. N. & Brookshire, R. A.(2009) Who feeds children? A child’s-eye-view of caregiver feeding patterns among the Aka foragers in Congo Social Science & Medicine, 69, 285–292.
  3. Crittenden, A. N. & Marlowe, F. W.(2008) Allomaternal Care among the Hadza of Tanzania Human Nature, 19, 249–262.
  4. Meehan, C. L., Quinlan, R. & Malcom, C. D.(2013) Cooperative breeding and maternal energy expenditure among Aka foragers American Journal of Human Biology, 25, 42–57.
  5. Marlowe, F. W.(2003) A critical period for provisioning by Hadza men: Implications for pair bonding Evolution and Human Behavior, 24, 217–229.
  6. Page, A. E., Emmott, E. H., Dyble, M. & Smith, D.(2021) Children are important too: juvenile playgroups and maternal childcare in a foraging population, the Agta Philosophical Transactions of the Royal Society B, 376, 20200026.
  7. Jang, H., Janmaat, K. R. L., Kandza, V. & Boyette, A. H.(2022) Girls in early childhood increase food returns of nursing women during subsistence activities of the BaYaka in the Republic of Congo Proceedings of the Royal Society B, 289, 20221407.
  8. Kim, P. S., Coxworth, J. E. & Hawkes, K.(2012) Increased longevity evolves from grandmothering Proceedings of the Royal Society B, 279, 4880–4884.
  9. Chapman, S. N., Lahdenperä, M., Pettay, J. E. et al.(2021) Offspring fertility and grandchild survival enhanced by maternal grandmothers in a pre-industrial human society Scientific Reports, 11, 3652.
  10. Page, A. E. et al.(2022) Grandpaternal care and child survival in a pastoralist society in western China Evolution and Human Behavior, 43, 358–366.
  11. Visine, A. E. S., Boyette, A. H., Ouamba, Y. R. et al.(2024) BaYaka mothers balance childcare and subsistence tasks during collaborative foraging in Congo Basin Scientific Reports, 14, 24893.