03 からだと心

他者の存在は、 なぜ身体を変えるのか

一人でいるときと、信頼できる人がそばにいるときとでは、同じ出来事でも感じ方が変わります。手を握る実験と拒絶の実験という視点から、他者の存在が身体にもたらす安心と痛みの両面をたどります。

同じ言葉をかけられても、一人でいるときと、信頼できる人がそばにいるときとでは、受け止め方が違うことがあります。

同じ苦しい状況でも、誰かが隣にいてくれるだけで、少しだけ耐えやすくなることがあります。反対に、周りに人がいても、心細さがまったく消えないこともあります。

第45章では、一人で行われる休息や回復の働きをたどりました。ここで、もう一つ確かめておきたいことがあります。

こうした一人での調整だけでなく、他者の存在は、私たちの身体にどんな影響を与えるのでしょうか。

同じ出来事でも、そばに誰かがいると変わる

不安な検査結果を待つとき、緊張する場面に臨むとき、つらい知らせを受け取るとき。同じ出来事であっても、そばに信頼できる人がいるかどうかで、心と身体の感じ方は変わることがあります。

これまでの章では、身体の反応がどのように起こり、どのように長引き、どのように整理されていくかを、主に一人の身体の中の働きとしてたどってきました。ただ、人間の身体は、他者との関わりの中でも絶えず調整され続けています。

手を握るだけで、脅威への反応が和らぐ

EVIDENCE

心理学者のジェームズ・コーアンらは、既婚の女性たちに、電気ショックを受けるかもしれないという脅威を与えながら、脳の働きをfMRIで調べる実験を行いました。参加者は、一人でいる状態、見知らぬ人の手を握っている状態、配偶者の手を握っている状態のそれぞれで、脅威を予期しました。

結果、配偶者の手を握っているとき、脅威に関わる脳の複数の領域で、活動がはっきりと和らいでいました。見知らぬ人の手を握っているときにも和らぎは見られましたが、その効果はより限られたものでした。

誰かの手に触れているという、それだけの単純な出来事が、脅威に対する脳の反応そのものを変えていたのです。

二人の男性の触れ合った手元から、淡い光が静かに広がっていく、触れ合いを通じて緊張が和らいでいく様子を象徴的に表現したイメージ

誰でもいいわけではない

ただ、この実験には、もう一つ見過ごせない結果があります。

配偶者の手を握ることによる和らぎの強さは、その夫婦関係の質によって違っていました。関係が良好だと感じている人ほど、脅威への反応が大きく和らいでいたのです。

そばに誰かがいれば、それだけで安心できるというわけではありません。その相手をどれだけ安全な存在として感じているかが、身体の反応そのものに関わっていました。

その後、不安を抱えやすい子どもと保護者、友人同士など、条件を変えた複数の研究でも、似た結果が繰り返し確かめられています。

拒絶は、痛みと同じ場所で処理される

他者の存在は、安心をもたらすだけとは限りません。

心理学者のナオミ・アイゼンバーガーらは、参加者に「サイバーボール」という、コンピューター上でボールを投げ合うだけの単純なゲームをしてもらい、その最中に、他の参加者から仲間はずれにされる状況を体験してもらいました。

結果、仲間はずれにされたとき、身体的な痛みを感じたときと同じ脳の領域が活動していました。しかも、その活動の強さは、本人が報告する「疎外感の強さ」と関連していました。

拒絶や孤立を「心が痛む」と表現することは、単なる比喩ではないのかもしれません。

複数の女性のシルエットが一つの集まりを形づくる中、一人だけが輪から少し離れ輪郭も薄く描かれている、拒絶によって静かに置き去りにされていく様子を象徴的に表現したイメージ

同じ場所が光ることと、同じ痛みであることは違う

OPEN QUESTION

ただ、ここは慎重に扱う必要があります。その後の研究では、社会的な拒絶と身体的な痛みが、脳の中で本当に同じ仕組みを共有しているのかを、より詳しく調べ直す試みが行われました。

ある研究では、痛みを与えられたときと、拒絶を体験したときの脳の活動パターンを、それぞれ細かく分析しています。その結果、大まかに見れば同じ領域が活動していても、その内部の詳しいパターンは、痛みと拒絶とで異なっていることが分かりました。痛みの反応を見分けるために作ったパターンは拒絶を見分けられず、拒絶用のパターンも痛みを見分けられなかったのです。

同じ脳の場所が反応しているように見えても、それが必ずしも「同じ痛みを感じている」ことを意味するとは限りません。「拒絶は痛みと同じ」という分かりやすい説明は、今では、もう少し慎重に扱うべき段階にきています。

他者は、守る存在にも、傷つける存在にもなる

安心できる相手がそばにいることは、脅威に対する身体の反応を和らげます。その一方で、拒絶されること、仲間はずれにされることは、それ自体が痛みに近い反応を引き起こします。

他者の存在は、一方向にだけ働くものではありません。守る力にも、傷つける力にもなり得ます。

そして、その働きの向きを決めているのは、そばにいる人数でも、関わりの多さでもなく、その相手をどれだけ安全な存在として感じられているか、という一点のようです。

からだと心の探究を終えて

第32章から、この第46章まで、私たちは「からだと心」というDoorを歩いてきました。

外の世界がどのように感覚として届き、その情報がどのように解釈され、身体の内側の状態がどのように意識へ届くのかをたどりました。危険を察知した身体が何を始め、なぜ闘う・逃げる・固まるという型に収まりきらないのかを見ました。ストレスが害を与えるだけの仕組みではなく、変化する環境の中で生きるための働きであることをたどり、その反応がなぜ長引き、記憶や注意にまで影響を及ぼすのかを見てきました。行動を始める力が意志の力だけでは説明できないこと、休息が空白の時間ではないことも確かめました。

この一連の探究を通して、繰り返し見えてきたことがあります。

不安も、恐怖も、動けなさも、忘れられない記憶も、眠れない夜も、そして他者の存在にこれほど揺れることも、性格の弱さや意志の欠如ではないということです。

そこには、いつも理由がありました。

では、こうして互いに影響し合う身体同士が集まったとき、信頼や規範、役割、そして排除は、どのようにして生まれるのでしょうか。

参考文献

  1. Coan JA, Schaefer HS, Davidson RJ. Lending a hand: social regulation of the neural response to threat.
    Psychological Science. 2006;17(12):1032–1039.
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  2. Eisenberger NI, Lieberman MD, Williams KD. Does rejection hurt? An fMRI study of social exclusion.
    Science. 2003;302(5643):290–292.
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  3. Woo CW, Koban L, Kross E, et al. Separate neural representations for physical pain and social rejection.
    Nature Communications. 2014;5:5380.
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