04 群れと社会
群れは、 一人の人間に何をもたらしたのか
人間は、ほとんどの場合、一人だけで生きてきたわけではありません。守りと競争、養育と排除という視点から、集団で生きることが一人の人間に何をもたらしてきたのかをたどります。
一人でいるときと、誰かがそばにいるときとでは、身体の反応が変わる。第46章では、そのことをたどりました。
ここから先は、少し視点を広げます。二人だけの関係ではなく、多くの身体が集まって一つの群れをつくったとき、そこに何が生まれるのかを見ていきます。
信頼、規範、役割、そして排除。これらは、身体同士が集まって初めて姿を現すものです。その入り口として、まず確かめておきたいことがあります。
集団で生きることは、人間を守るだけだったのでしょうか。
一人の身体から、群れという単位へ
ここまでの探究では、一人の身体の中で起きていることを見てきました。感覚がどう届き、危険にどう反応し、記憶がどう作られ、休息が何をしているのか。
ただ、人間はほとんどの場合、一人だけで生きてきたわけではありません。家族、仲間、共同体。大小さまざまな群れの中で、人間の身体と心は形づくられてきました。
群れは、なぜ人間にとってこれほど基本的な単位であり続けているのでしょうか。
群れは、なぜ守りになるのか
EVIDENCE
群れることは、人間に限らず、多くの動物に広く見られる基本的な戦略です。その理由の一つは、単純な仕組みで説明できます。
集団の中の誰かが早く危険に気づけば、その情報は群れ全体の利益になります。これは「多くの目効果」と呼ばれています。加えて、捕食者が一度に襲える数には限りがあるため、一頭あたりが実際に襲われる確率は、群れが大きいほど下がります。これは「希釈効果」と呼ばれています。
この2つの仕組みによって、群れの中にいる個体は、周囲を警戒することに割く時間を減らし、食べ物を探すことなど、ほかの活動により多くの時間を使えるようになることが、さまざまな種で確かめられています。
一人でいるより、群れでいるほうが生き延びやすい。これは、人類に限らず、生命がたどり着いた基本的な答えの一つでした。

群れは、内側に競争も持ち込む
ただ、群れには裏側もあります。
霊長類を対象にした研究では、群れが大きくなるほど、群れの内側での食べ物や繁殖の機会をめぐる競争が激しくなる傾向が、繰り返し確かめられています。群れの大きさは、外からの守り(大きいほど有利)と、内側での競争(大きいほど不利)という、相反する2つの力のあいだで釣り合いを取りながら決まっていきます。
この内側の競争を調整するために現れてくるのが、優位・劣位の関係、いわゆる序列です。序列があることで、その都度あらためて争わなくてもよくなる、という意味では、序列は衝突のコストを減らす仕組みでもあります。ただ同時に、序列の上位にいる個体が、より多くの資源や機会を得るという不平等も、そこから生まれます。
群れは守ってくれると同時に、内側に競争と序列という、新しい種類の負担も持ち込むのです。
人間の群れが選んだ、逆転の仕組み
HYPOTHESIS
人類学者クリストファー・ベームは、狩猟採集を営む人々の集団を広く調べる中で、人間の群れに見られる、ある独自の特徴に注目しました。
ほかの霊長類と同じく、人間にも序列をつくろうとする傾向は備わっています。ただ、ベームの調査によれば、人間の群れは、その傾向を集団の力で押し返す仕組みを発達させてきたと考えられます。
誰かが威張り始めたり、独り占めをしようとしたりすると、群れの他のメンバーが、からかい、無視し、時には追放するという形で、その芽を摘みます。一人が集団を支配するのではなく、集団が団結して、支配しようとする一人を抑え込む。ベームは、これを「逆転した優位階層」と名づけました。
ここで見過ごせないのは、この仕組みの中心にあるのが、排除という手段そのものだということです。第46章で見た通り、拒絶や孤立は、身体的な痛みに近い反応を引き起こします。群れは、その痛みへの恐れを利用することで、一人が群れ全体を支配することを防いでいたのかもしれません。
排除は、群れを壊す脅威にも、群れの秩序を守る道具にも、どちらにもなり得るのです。
この理論は、狩猟採集社会の広範な調査に基づく、有力な説明の一つです。ただ、これはベームという一人の研究者が体系化した枠組みであり、人間の群れのあり方を説明する唯一の理論というわけではありません。

群れは、生き延びる以上のものをもたらした
群れがもたらすものは、外敵からの守りだけではありません。
人間の子どもは、長く未熟な期間を必要とします。この期間を支えてきたのは、母親一人だけではなく、父親や祖父母、血縁を超えた大人たちを含む、共同での養育でした。
また、一人の人間が一生のうちに発見できることには限りがあります。群れの中で知識や技術が模倣され、教えられ、少しずつ積み重ねられていったことで、人間は世代を重ねるたびに、すべてを最初から発見し直さずに済むようになりました。
群れは、単に危険から身を守るための装置ではありませんでした。子どもを育て、知識を受け継ぐための場でもあったのです。
群れは、守る場所にも、縛る場所にもなる
群れは、一人の人間に、外敵からの守り、子どもを育てる支え、知識を受け継ぐ仕組みをもたらしました。
その一方で、群れの内側には、競争と序列という緊張が生まれます。そして、その緊張を抑えるために人間が発達させてきた仕組みそのものが、排除という、諸刃の手段に支えられていました。
守ってくれる場所であると同時に、縛られる場所でもある。この二つの側面は、これから先も、形を変えながら繰り返し現れてくることになります。
では、何も返してこない相手がいても、協力はなぜ壊れずに続くのでしょうか。
参考文献
-
Majolo B, de Bortoli Vizioli A, Schino G. Costs and benefits of group living in primates: group size effects on behaviour and demography.
Animal Behaviour. 2008;76(4):1235–1247.
DOI -
Boehm C. Egalitarian behavior and reverse dominance hierarchy.
Current Anthropology. 1993;34(3):227–254. - Krause J, Ruxton GD. Living in Groups. Oxford University Press; 2002.