04 群れと社会

約束は、 なぜ人を結びつけるのか

「今度何かあったら手伝うから」。そう言われただけで安心することがあります。コミットメント・デバイスと儀式研究という視点から、まだ起きていない未来の行動を人と共有する仕組みをたどります。

「今度何かあったら手伝うから」。そう言われただけで、なんとなく安心することがあります。

反対に、はっきりと約束したはずのことが破られると、実際の被害の大きさとは関係なく、深く傷つくことがあります。

第50章では、評判という見えない力が、なぜこれほど行動を左右するのかをたどりました。ここで、もう一つ確かめておきたいことがあります。

まだ起きていない未来の行動を、私たちはどうやって他者と共有しているのでしょうか。

ただの言葉が、未来を縛る

役割を分け合う、何かを貸し借りする、物や労力を交換する。こうした関係の多くは、契約書もなく、ただ口にした言葉だけで成り立っています。

それなのに、私たちはその言葉を、実際に自分の行動を縛るものとして受け止めます。頼まれた側は、断りにくさを感じながらも約束を守ろうとします。頼んだ側は、まだ何も形になっていないのに、その約束を当てにして次の予定を立てます。

言葉でしかないはずの約束が、なぜ、これほど実質的な力を持つのでしょうか。

約束は、未来の自分を縛る道具になる

HYPOTHESIS

経済学者のトーマス・シェリングは、約束や交渉の力学を、ゲーム理論という枠組みで整理しました。その中心にあるのが「コミットメント・デバイス」という考え方です。

約束が本当に信じてもらえるためには、あとから破ろうとしても簡単には破れないよう、自分の選択肢をあらかじめ狭めておく必要がある、という論理です。

シェリングがよく用いた例が、オデュッセウスとセイレーンの物語です。歌声に誘われて船を難破させないよう、オデュッセウスは自分の身体をあらかじめマストに縛りつけさせました。未来の自分が誘惑に負けることを、今の自分が見越して、その選択肢そのものを奪っておいたのです。

約束が力を持つのは、それを破ることに、あらかじめ何らかのコストが仕組まれているからだと考えられます。

人物が自分の周囲に浮かぶ複数の光の道筋のいくつかを自らの手で静かに閉じている、自らの意思で未来の選択肢を狭めている様子を象徴的に表現したイメージ

儀式は、約束を偽造できないものにする

EVIDENCE

ただ、口約束だけでは、その信頼性には限界があります。言葉は、いくらでも軽く発することができてしまうからです。

人類学者のリチャード・ソシスらは、イスラエルの共同体「キブツ」を対象に、この問題への一つの答えを探りました。宗教的な儀式を重んじるキブツと、そうでないキブツを比較したところ、宗教的な儀式に頻繁に参加している人ほど、経済的なゲームの中でより協力的にふるまうことが確かめられました。

断食する、長い時間をかけて祈る、痛みを伴う通過儀礼を受け入れる。こうした負担の大きい行為は、言葉だけの約束では示せない「本気度」を、行動そのものによって裏づけます。時間や労力というコストを実際に払わなければ成立しない行為は、簡単には偽造できないからです。

約束を守る意志は、口にするだけでは軽く、行動として何かを支払うことで、初めて重みを持つようになるのかもしれません。

二人の人物のあいだに重く密度のある太い光の帯が形成されている、重さのある行為を経て初めて結びつきが生まれる様子を象徴的に表現したイメージ

今も残る約束のかたち

結婚式で誓いの言葉を交わす。契約書に署名する。誰かの前で目標を宣言する。

これらは、単なる形式的な手続きに見えるかもしれません。ただ、その一つひとつが、時間や手間、時には人前で恥をかくかもしれないという社会的なコストを伴っています。

言葉だけでは足りない約束を、こうした行為のコストによって裏づける。この仕組みは、古くからの儀式と、今も変わらず地続きにあるようです。

約束が人を結びつけるのは、縛られる痛みごと引き受けているから

約束には、はっきりと言葉にされたものだけでなく、はっきりと言葉にされない、暗黙の期待というかたちもあります。「きっとこうしてくれるはずだ」という期待は、口に出された約束と同じくらい、その後の関係を左右します。

そして、その期待が外れたとき、私たちは「裏切られた」という感覚を抱きます。この感覚の重さは、実際に受けた損害の大きさだけでは説明がつきません。むしろ、約束によって未来の自分の選択肢を縛り、破られたときのコストを引き受けるという行為そのものに、その重さの理由があるのかもしれません。

約束が人と人を結びつけるのは、それが軽い言葉のやり取りではなく、破られたときの重さを、あらかじめ引き受け合う行為だからなのです。

では、分け方や負担の違いは、なぜ公平さの問題になるのでしょうか。

参考文献

  1. Schelling TC. The Strategy of Conflict. Harvard University Press; 1960.
  2. Sosis R, Ruffle BJ. Religious ritual and cooperation: testing for a relationship on Israeli religious and secular kibbutzim.
    Current Anthropology. 2003;44(5):713–722.
    DOI