04 群れと社会
なぜ、 周りと同じ行動を選ぶのか
本当は違うと思っているのに、周りに合わせてしまう。その同調という行動には、集団から嫌われたくないという規範的な動機と、他人の判断を現実の手がかりにする情報的な動機の両方が関わっています。アッシュの実験とバーンズの脳科学研究から、同調が意志の弱さだけでは説明できないことを見ていきます。
会議室で、誰も異論を挟まない場面を思い浮かべてみてください。心の中では「それは違うんじゃないか」と思っているのに、口を開く直前で言葉が止まります。グループの中でだけ、既読のまま何時間も返信できずにいる。周りに合わせてしまうそのとき、自分はいったい何に従っているのでしょうか。
前章では、規範がどうやって集団の中に共有されていくのかを見てきました。この章で見ていくのは、その規範だと分かっているものに対して、なぜ人はあえて同じ行動を選んでしまうのか、という問いです。
同調には、2つの理由がある
心理学者モートン・ドイッチュとハロルド・ジェラードは、1950年代、人が集団に合わせるとき、実は2つの異なる動機が働いていることを整理しました。
ひとつは、集団から嫌われたくない、その場の期待に応えたいという動機です。これは規範的影響と呼ばれます。もうひとつは、他人の判断を、自分では確かめようのない現実についての手がかりとして受け取る動機で、情報的影響と呼ばれます。
この2つは、日常の中でしばしば混ざり合っています。会議で誰も反対しないとき、私たちは「反対したら浮いてしまう」という規範的な不安と、「みんなが賛成しているなら、自分の見立てのほうが間違っているのかもしれない」という情報的な疑いを、同時に抱えていることが多いものです。忖度や空気を読むという行為は、この2つの動機がほどけないまま絡み合った状態だと言えるかもしれません。
3人に1人が、間違った答えを選んだ実験
この同調の力を、数字として示した有名な実験があります。心理学者ソロモン・アッシュが行った、線分の長さを比べる課題です。
参加者は、1本の線が描かれたカードと、長さの違う3本の線が描かれたカードを見せられ、どの線が最初のカードと同じ長さかを答えます。答えは誰の目にも明らかで、一人で答えると、間違える人はほとんどいませんでした。
ところが、参加者の周りに、あらかじめ間違った答えを言うよう指示された協力者を何人か座らせておくと、様子が変わります。周りの全員が声をそろえて明らかに間違った答えを言うと、本当の参加者のうち、約3人に1人が、その間違った答えに合わせてしまったのです。
実験後のインタビューでは、多くの参加者が「自分の目には違って見えていたが、周りに合わせてしまった」と答えています。正しいと分かっていることを、あえて言わない。その選択の裏には、集団の中で一人だけ異なる意見を述べることへの、強いためらいがありました。
EVIDENCE
この同調率は、その後1996年に行われた133件の追試を集めたメタ分析でも裏づけられています。集団の中で人が同じ間違いに引きずられる傾向そのものは、17か国にわたって繰り返し確認されていて、日本のデータは、アメリカよりも同調の効果が大きい国の一つとして位置づけられています。
見え方そのものが、変わることがある
ここまでの実験は、あくまで「本当は分かっているのに、口では合わせてしまう」という状況を扱っていました。ただ、同調という現象は、もう少し深いところまで及んでいる可能性があります。
2000年代、脳科学者グレゴリー・バーンズたちの研究チームは、fMRIという装置を使って、図形の回転を判断する課題に取り組む参加者の脳の状態を調べました。参加者の周りには、やはりあらかじめ間違った答えを言うよう指示された協力者が同席しています。
結果、周りに合わせて間違った答えを選んだとき、参加者の脳では、視覚や空間の処理に関わる部位の活動パターンそのものが変化していました。これは、周りに合わせることが単なる決断の問題ではなく、実際にものの見え方そのものに影響を与えている可能性を示しています。
一方で、周りの間違った答えに流されず、一人で正しい判断を貫いた参加者では、感情の動きに関わる脳の部位の活動が高まっていました。一人だけ異なる意見を述べることには、気持ちの上でのためらいだけでなく、実際に負荷がかかっていることがうかがえます。
OPEN QUESTION
ただし、この脳画像研究は比較的小規模な一つの実験にとどまっていて、同じ実験手順でのそのままの追試はまだ行われていません。その後、別の課題や別の手法を使った同調の脳科学研究は増えているものの、「同調によって見え方そのものが変わる」という具体的な結論を、同じ形で確かめた研究はまだ少ないのが現状です。
意志の弱さを、責める前に
「言いたいことも言えない自分」「すぐに周りに流されてしまう自分」を、意志の弱さや主体性のなさのせいだと感じたことがあるかもしれません。ただ、ここまで見てきたことを踏まえると、同調という行動は、もう少し複雑な事情の上に成り立っています。
そこには、集団の中の居場所を守ろうとする働きと、自分だけでは確かめようのない現実を、周りの判断から補おうとする働きの、両方が関わっています。そして、一人で異なる意見を述べるという行為には、気のせいでは片づけられない実際の負担がかかっています。
規範を知っていながら、あえて同じ行動を選ぶこと。それは弱さの証明ではなく、集団の中で生きる存在として、情報を集め、居場所を確かめながら、その都度の選択をし続けているということなのかもしれません。
その選択の輪から外れた人を、私たちはなぜ見過ごせないのでしょうか。次の章では、規範から外れた人を罰するという、もう一つの営みへ近づいてみたいと思います。
参考文献
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Deutsch M, Gerard HB.
A study of normative and informational social influences upon individual judgment.
Journal of Abnormal and Social Psychology. 1955;51(3):629-636. -
Asch SE.
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Psychological Bulletin. 1996;119(1):111-137. -
Berns GS, Chappelow J, Zink CF, et al.
Neurobiological correlates of social conformity and independence during mental rotation.
Biological Psychiatry. 2005;58(3):245-253.
本文では、複数の追試で繰り返し確認されている行動的な傾向と、まだ小規模な一つの研究にとどまっている脳科学的な知見とを、同じ確度の事実として扱わないよう区別しています。