04 群れと社会
地位と権力は、 なぜ生まれるのか
影響力や決定権は、なぜ均等に分かれないのか。ヘンリックの「尊敬」と「威圧」という2つの地位のルート、自信ある態度が能力の証拠として誤読されるという実験、そして権限が人の心理そのものを変えていく理論から、地位と権力がどう生まれるのかを見ていきます。
同じ会議室に、二人の人がいます。一人は、大きな声できっぱりと意見を述べ、反対意見が出てもすぐに言い返します。もう一人は、静かに、丁寧にデータを説明し、聞かれたことにだけ淡々と答えます。会議が終わる頃には、なぜか前者の方が「頼りになる人」として扱われています。専門知識で言えば、後者のほうがずっと詳しいのに。
前章では、役割の違いが、なぜ集団に力をもたらすのかを見てきました。この章で見ていくのは、その役割の違いが、いつの間にか地位や発言力の差へと変わっていく過程です。影響力や資源、決定権は、なぜ均等に分かれないのでしょうか。
恐れられる地位と、慕われる地位
人類学者ジョセフ・ヘンリックたちは、人間の「地位の高さ」には、2つのまったく異なる道筋があると整理しています。
ひとつは、力や脅しによって相手を従わせる地位です。これは威圧と呼ばれ、多くの動物に共通して見られる、力による序列に近いものです。もうひとつは、優れた知識や技術を持つ人に、周りが自分から進んで敬意を払うことで生まれる地位で、尊敬と呼ばれます。誰かに強制されたわけでもないのに、その人の判断を仰ぎたくなる、あの感覚です。
この2つは、見た目には同じ「地位が高い状態」に見えても、中身がまったく違います。威圧による地位は恐れから生まれ、尊敬による地位は、その人から何かを学びたいという気持ちから生まれます。人間の集団では、この2つがしばしば同時に存在し、時には同じ一人の人物の中で絡み合っています。
会議室で起きていたこと
もう一度、あの会議室の場面に戻ってみます。大きな声で断言する人と、静かにデータを示す人。その場にいた誰も、意識的に「威圧のほうを選ぼう」と思っていたわけではありません。それでも、断言する人の口調や態度そのものが、周りの中に「この人は分かっている人だ」という印象を、いつの間にか作り上げてしまいます。
静かにデータを示していた人の言葉は、聞き逃されたわけではありません。ただ、自信ありげな態度という別の情報に埋もれて、その場の評価に十分反映されなかっただけかもしれません。
自信は、能力の代わりに読み取られる
この現象を、実験で確かめた研究があります。心理学者キャメロン・アンダーソンたちは、グループで課題に取り組む人たちを観察し、誰が周りから「有能だ」と評価されるかを調べました。
結果、断定的にはっきり話し、自信を持って主張するタイプの人ほど、実際の課題の成績とは関係なく、周りから「この人は能力が高い」と評価される傾向があることが分かりました。本当のスキルが高くない場合でも、この評価のズレは起きていました。
EVIDENCE
自信のある態度そのものが、その人の能力を示す手がかりとして、周りの中で誤読されやすいことは、複数の研究で確認されています。会議室で起きていたことは、気のせいではなく、人間の認知に広く見られるクセだということになります。
権限を得ると、人はどう変わるのか
こうして得られた地位は、その人自身の内側にも変化を及ぼしていきます。心理学者ダッカー・ケルトナーたちは、権限や決定権を持つこと自体が、その人の心理状態を変えていくという理論を提示しています。
力を持つ人は、周りの反応をあまり気にせず、自由に行動しやすくなります。逆に、力を持たない立場の人は、常に周りの目を気にして、慎重に振る舞わざるを得なくなります。地位の差は、単に発言力の差だけでなく、その人がどれだけ自由にふるまえるかという、感じ方そのものの差も生み出していきます。
OPEN QUESTION
2025年に行われた大規模なメタ分析では、この理論の骨格自体はおおむね支持されています。ただし、権限の影響は主に感情面を通じて伝わっている部分が大きく、当初想定されていたように、感情・注意・思考・行動のすべてに均等に効いているわけではないことも分かってきています。理論の大枠は支持されつつも、権限が人に及ぼす影響の経路については、当初の想定より込み入っていることが、最新の研究で明らかになりつつあります。
声の大きさと、正しさは、別のもの
自分の意見が通らなかったとき、それが「自分の考えが間違っていたから」だとは限りません。声の大きさや自信ありげな態度が、正しさの証拠として扱われてしまう場面は、驚くほど多いものです。
同時に、誰かの前で萎縮してしまう自分を、能力がないからだと決めつける必要もありません。威圧によって生まれる地位と、本当の意味で尊敬されて生まれる地位は、別のものです。目の前の相手の態度の強さが、その人の言っていることの正しさを保証するわけではありません。
こうして生まれた地位の差は、やがて、自分がその集団の中でどの位置にいるのかという感覚にもつながっていきます。次の章では、その「比較」という営みが、私たちにとって何を確かめようとしているのかへ近づいてみたいと思います。
参考文献
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Henrich J, Gil-White FJ.
The evolution of prestige: Freely conferred deference as a mechanism for enhancing the benefits of cultural transmission.
Evolution and Human Behavior. 2001;22(3):165-196. -
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Why do dominant personalities attain influence in face-to-face groups? The competence-signaling effects of trait dominance.
Journal of Personality and Social Psychology. 2009;96(2):491-503. -
Keltner D, Gruenfeld DH, Anderson C.
Power, approach, and inhibition.
Psychological Review. 2003;110(2):265-284. -
The approach-inhibition theory of power: A meta-analytic test and synthesis.
Psychological Bulletin. 2025;151(10):1245-1279.
本文では、複数の実験で確認されている「自信のある態度が能力の手がかりとして誤読される」傾向と、権限の心理的影響に関する理論のうち、最新のメタ分析で支持が確認された部分とまだ込み入っている部分とを、同じ確度の事実として扱わないよう区別しています。