04 群れと社会

役割と分業は、 群れをどう変えるのか

異なる仕事を分けることは、集団に何を可能にしたのか。アダム・スミスの分業論、狩猟採集社会に見られる性別分業、そして「男が狩り、女が集める」という通説をめぐる近年の科学論争から、役割がどう生まれ、どう固定化していくのかを見ていきます。

新しいチームで働き始めたとき、誰が何を担当するかを、誰かが厳密に決めたわけでもないのに、いつの間にか役割が定まっていることがあります。数字に強い人が集計を引き受け、話をまとめるのが得意な人が進行役になる。誰も命令していないのに、気づけばそれぞれの持ち場ができています。

前章では、集団の中でルール違反がなぜ罰せられるのかを見てきました。この章で見ていくのは、罰と協力が繰り返される群れの中で、なぜ人は同じ仕事を全員でこなすのではなく、それぞれ違う役割を担うようになっていくのか、という問いです。

作業を分けると、全体の力が跳ね上がる

18世紀の経済学者アダム・スミスは、ピンを作る小さな工場を例に、この問いへのひとつの答えを示しています。針金を伸ばす人、まっすぐにする人、切る人、先を尖らせる人。ピン作りをいくつもの細かい工程に分け、それぞれが一つの作業に専念すると、同じ人数でも作れる量が劇的に増えます。もし一人がすべての工程を一人でこなそうとすれば、1日に1本のピンを作るのがやっとかもしれない、とスミスは指摘しています。

分業がもたらすのは、単に手が早くなることだけではありません。一つの作業に集中し続けることで、その作業に必要な技術や勘所が磨かれていきます。誰もが少しずつすべてをこなす集団よりも、それぞれが得意な作業に専念する集団のほうが、全体としてより多くのものを生み出せます。この単純だが強力な原理が、分業という営みの土台にあります。

複数の人影が、それぞれ違う部分を織り上げて一枚の光の布を完成させている様子

狩る人と、集める人

この原理は、人類の歴史の中でもずっと昔から働いていたと考えられています。世界各地で調査されてきた狩猟採集社会のほとんどで、男女による作業の分担が確認されています。典型的なパターンとして、男性がリスクの高い狩猟を担い、女性が比較的安定して手に入る植物性の食料を集める、という組み合わせが広く報告されてきました。

EVIDENCE

分業そのものは、地球上のほぼすべての狩猟採集社会で見られる、非常に普遍的な特徴です。誰か一人がすべての食料調達を担う社会は、ほとんど見つかっていません。

ただし、これは狩猟採集という特定の生活様式のもとで観察された、統計的な傾向の話です。当時の分業は、妊娠や授乳、育児といった、その時代特有の身体的・生態学的な制約と深く結びついていたと考えられていて、現代の社会における性別役割のあるべき姿を、この過去のパターンが決めるわけではありません。

分業を、単なる効率化の結果だけで説明しきれるかというと、そう単純でもないようです。人類学者クリスティン・ホークスたちは、男性が担う狩猟、特に大きな獲物を狙う危険な狩りについて、必ずしも家族に安定して食料を届けるための最も効率的な方法ではない場合があると指摘しています。むしろ、狩りの成功を仲間に見せることが、その人の能力や気前の良さを示し、集団の中での評価や信頼を高める働きをしていたのではないか、という見方です。作業を分けることは、単に食料を確保する手段であると同時に、集団の中で自分の価値を示す手段でもあったのかもしれません。

誰も決めていないのに、決まっていく

新しいプロジェクトチームが立ち上がったときのことを思い浮かべてみてください。最初のミーティングでは、まだ誰の役割も決まっていません。それでも数回のやり取りを重ねるうちに、資料をまとめるのが得意な人、意見の対立を仲裁するのがうまい人、細かい確認作業を厭わない人が、自然とその作業を引き受けるようになっていきます。

誰かがそれを指示したわけではありません。ただ、一度うまくいった役割分担は、次の機会にも繰り返されやすいものです。うまくいった経験が、その人にその役割を担わせ続け、やがて「あの人はこういう人だ」という周りの見方まで固定していきます。分業は、能力や必要性から自然に生まれることもあれば、たった一度の成功体験の積み重ねから、いつの間にか固まっていくこともあります。

輪になった人々の手元に、それぞれ少しずつ違う形の光が自然に灯っていく様子

「男が狩り、女が集める」は、どこまで本当だったのか

ここまでの話は、性別による分業が、人類にとってかなり普遍的なパターンだったという前提に立っていました。ただ、この前提そのものにも、近年、大きな揺さぶりがかかっています。

2023年、ある研究チームが、世界各地の狩猟採集社会に関する記録を調べ直し、女性が狩猟に参加している社会が79%にのぼるという結果を発表しました。「男は狩り、女は集める」という従来の見方を覆す発見として、世界中で大きく報道されました。

OPEN QUESTION

ところが2024年、別の研究チームがこのデータをあらためて検証したところ、調査対象の選び方や記録の読み取り方にいくつかの問題があり、女性の狩猟参加を過大に見積もっている可能性が高いと指摘しています。大型の獲物を女性が習慣的に狩っていたと確実に言える事例は、ごくわずかにとどまるといいます。この論争にはまだ決着がついておらず、性別による分業がどこまで柔軟で、どこまで固定的だったのかは、現在も研究者の間で意見が分かれています。この論文の著者たち自身も2024年、データの抽出方法についての説明不足を認める訂正を発表しており、方法論をめぐる検証は現在も続いています。

データの精度をめぐる論争とは別に、この通説がこれまで、女性の可能性を狭める根拠として使われてきた歴史があることも、批判した側の研究者たち自身が認めています。過去の分業パターンを検証することと、それを現在の性別役割の理由として持ち出すことは、まったく別の話です。

役割は、決まっているようで、決まっていない

自分に割り振られた役割を、動かしようのない事実のように感じることがあるかもしれません。ただ、ここまで見てきたことを踏まえると、役割というものは、能力や必要性から生まれる部分もあれば、たまたま最初にうまくいった経験や、周りからの見え方の積み重ねによって、後からできあがっていく部分も大きいのです。

分業は集団の力を大きく引き上げる一方で、一度固まった役割は、簡単には動かなくなります。狩る人と集める人、決める人と従う人。この違いが積み重なっていくと、やがてただの役割の違いを超えて、誰がより大きな発言力を持つかという、別の種類の差が生まれ始めます。次の章では、その地位と権力の差が、どこから生まれてくるのかへ近づいてみたいと思います。

参考文献

  1. Smith A.
    An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations.
    1776.
  2. Hawkes K, Bliege Bird R.
    Showing off, handicap signaling, and the evolution of men’s work.
    Evolutionary Anthropology. 2002;11(2):58-67.
  3. Anderson A, Chilczuk S, Nelson K, Ruther R, Wall-Scheffler C.
    The Myth of Man the Hunter: Women’s contribution to the hunt across ethnographic contexts.
    PLOS ONE. 2023;18(6):e0287101.
  4. Anderson A, Chilczuk S, Nelson K, Ruther R, Wall-Scheffler C.
    Correction: The Myth of Man the Hunter: Women’s contribution to the hunt across ethnographic contexts.
    PLOS ONE. 2024;19(8):e0309543.
  5. Venkataraman VV, Hoffman J, Farquharson K, et al.
    Female foragers sometimes hunt, yet gendered divisions of labor are real: a comment on Anderson et al. (2023) The Myth of Man the Hunter.
    Evolution and Human Behavior. 2024;45(4):106586.

本文では、狩猟採集社会という特定の生活様式のもとで観察された分業パターンと、それを現代の性別役割の根拠として扱うことを、明確に区別しています。また、女性の狩猟参加をめぐる2023年の研究とその後の検証、および著者自身による2024年の訂正については、現在も研究者の間で論争と方法論の見直しが続いていることを明記しています。