05 問いと哲学

人間は、 なぜ問い続けるのか

すぐには答えの出ない問いを、人間はなぜ作り出してしまうのでしょうか。ローウェンスタインの情報ギャップ理論、幼児期からすでに始まっている「なぜ」という問い、そして自分の考え方そのものを振り返るメタ認知の力から、問い続けるという営みの土台を見ていきます。

小さな子どもと話していると、「どうして」「なんで」という言葉が、次から次へと押し寄せてくることがあります。空はどうして青いの。どうして雨は降るの。どうしてお月様はついてくるの。一つ答えても、そこからまた次の「どうして」が生まれてきます。

前章までは、群れという単位で、人間が他者とどう生きてきたのかを見てきました。この章から始まるDoor05では、少し視点を変えて、そうして築かれた社会やルールを前にした人間が、なぜ「それは本当に正しいのか」と、あらためて問い始めるのかへ近づいていきます。まずは、その土台にある「問う」という営み自体を見ていきます。すぐには答えの出ない問いを、人間はなぜ作り出してしまうのでしょうか。

好奇心は、知識の「隙間」から生まれる

心理学者ジョージ・ローウェンスタインは、1990年代、好奇心という現象を説明する理論を提示しました。好奇心が最も強く生まれるのは、何かをまったく知らないときではなく、少しは知っているのに、何かが欠けていると感じたときだという考え方です。

まったく知らない話題には、そもそも「気になる」という感覚すら生まれません。しかし、話の一部を聞いた途端、続きが気になって仕方がなくなる。これは、自分の知識の中に、ぽっかりと空いた隙間があることに気づいてしまうからです。この隙間を埋めたいという感覚そのものが、答えのすぐには出ない問いへと、人を向かわせる原動力になっています。

一人の人物が、欠けた部分から金色の光が滲むモザイク模様へ手を伸ばしている様子

続きが気になって、手が止まる瞬間

ドラマや小説で、話の続きが気になって、次の回や次のページへ手が伸びてしまう経験は、多くの人にあるはずです。あるいは、会議で誰かが話の途中で言葉を止め、「それについては、また今度」と流されてしまったとき、なぜかその話題だけが頭に残り続けてしまう。

これは、単なる興味の強さの問題ではなく、知識の隙間が意識の中ではっきりと形を持ってしまった状態なのかもしれません。隙間があると気づいてしまった以上、それを埋めるまで、心のどこかが落ち着かないままになるのでしょう。

「なぜ」という問いは、幼児期からすでに始まっている

こうした問いを生み出す働きは、決して大人になってから、あるいは学問という営みが始まってから、突然現れたものではありません。

発達心理学者ミシェル・シュイナードは、幼児と親の自然な会話記録を大規模に分析しました。その結果、子どもが発する質問の多くは、単に注意を引くためのものではなく、実際に情報を求める本物の質問であることが分かりました。

EVIDENCE

しかも、この「なぜ」を求める質問は、生後18か月という非常に早い時期からすでに現れ始めていることが確認されています。哲学という営みが、ある日突然、特別な人たちの間で始まったわけではなく、人間が言葉を使い始めるのとほぼ同時に、答えを求めて問い続ける働きが、すでに動き出していたと考えられます。

OPEN QUESTION

ただし、この研究データは、主に英語を話す家庭の会話記録をもとにしています。問いを発する力そのものは人間に広く備わっていると考えられていますが、質問の頻度や種類が、言語や文化、育つ環境によってどこまで異なるのかは、まだ十分に解明されていません。

自分の考えを、自分で振り返る力

問いは、外の世界へ向かうだけではありません。心理学者ジョン・フラベルは、1970年代、自分自身の考え方そのものを振り返り、評価する働きに、メタ認知という名前をつけました。

自分が何を知っていて、何を知らないのか。自分の今の考え方は、本当に筋が通っているのか。こうした問いを、自分自身の内側へ向けられるようになると、人はただ外の世界について疑問を持つだけでなく、自分の考えそのものを疑い、検討し直すことができるようになります。この力があるからこそ、一度出した答えに満足せず、より深く考え直すという営みが可能になるのでしょう。

一人の人物が、足元の静かな水面に映る、わずかに向きの異なる自分自身の姿を見つめている様子

問い続けることは、未完成であることの証拠ではない

分からないことがあると落ち着かない自分を、面倒な性格だと感じたことがあるかもしれません。ただ、ここまで見てきたことを踏まえると、その落ち着かなさは、知識の隙間に気づいてしまった心が、ごく自然に示す反応だと分かってきます。

「なぜ」と問い続けることは、幼い頃からずっと、人間に備わってきた働きです。そして、その問いを自分自身の考え方にまで向けられることは、答えを一つに固定せず、考え直し続けられるということでもあります。

こうして、人間は「なぜ」を問い続けてきました。では、そうして得られた答えを、私たちは何をもとに「知っている」と言えるのでしょうか。次の章では、経験、証言、権威、証拠、理屈が、私たちの知識をどう支えているのかへ近づいてみたいと思います。

参考文献

  1. Loewenstein G.
    The psychology of curiosity: A review and reinterpretation.
    Psychological Bulletin. 1994;116(1):75-98.
  2. Chouinard MM.
    Children’s questions: A mechanism for cognitive development.
    Monographs of the Society for Research in Child Development. 2007;72(1):1-129.
  3. Flavell JH.
    Metacognition and cognitive monitoring: A new area of cognitive-developmental inquiry.
    American Psychologist. 1979;34(10):906-911.

本文では、理論として整理されている枠組みと、幼児の会話記録から確認されている行動的な傾向とを区別しています。また、後者の研究対象が主に英語圏の家庭に限られている点を、未検証の問いとして残しています。