05 問いと哲学
私たちは、 何をもとに「知っている」と言えるのか
そうして得られた答えを、私たちは何をもとに「知っている」と言えるのでしょうか。スペルベルらの認識的警戒理論、ニッカーソンの確証バイアス研究、そして経験でさえ揺らぐという知覚の仕組みから、経験・証言・権威・証拠・理屈という5つの土台の頼りなさと、それでも積み重ねられる知識のあり方を見ていきます。
「それ、どこで知ったの?」と聞かれて、はっきり答えられないことがあります。テレビで見た気がする。誰かから聞いた気がする。なんとなく、そういうものだと思っていた。私たちが「知っている」と思っていることの多くは、その根拠を辿ってみると、意外と曖昧なところに行き着きます。
前章では、人間がなぜ問いを作り出すのかを見てきました。この章で見ていくのは、そうして得られた答えを、私たちは何をもとに「知っている」と言えるのか、という問いです。
話を鵜呑みにしないための、無意識の値踏み
哲学者・認知科学者のダン・スペルベルたちの研究チームは、人間が他人からの情報をどう受け取っているのかを説明する理論を提示しました。
私たちは、誰かの話を聞くとき、それをそのまま信じ込んでいるわけではありません。無意識のうちに、その話をしている相手がどれだけ信頼できる人物か、専門知識を持っていそうか、そして話の内容が自分がすでに知っていることと矛盾していないかを、瞬時に値踏みしています。この値踏みの精度は、人によっても状況によっても変わりますが、まったく警戒せずに話を受け入れることは、ほとんどありません。
証言をそのまま受け取るか、警戒するか。権威がある人の言葉を重く見るか、内容そのものを疑うか。こうした判断は、別々の独立した作業ではなく、一つの連動した仕組みの中で、同時に行われていると考えられます。

「誰から聞いたか」で、態度が変わる自分
同じニュースを、初対面の人から聞いたときと、長年信頼している友人から聞いたときとでは、受け取り方が変わることがあります。内容が同じであっても、話す相手が誰かによって、こちらの態度は変わります。
これは、いい加減な態度ではありません。むしろ、情報の中身だけでなく、その情報がどこから来たのかまで含めて評価する、人間に備わった自然な仕組みが働いているのでしょう。誰の言葉も同じ重みで受け止めてしまう方が、かえって危ういのかもしれません。
証拠は、中立には集まってこない
ただ、この「値踏み」の仕組みには、見過ごせない癖もあります。心理学者レイモンド・ニッカーソンは、確証バイアスと呼ばれる現象について、幅広い研究をまとめました。
人は、すでに持っている考えや仮説を裏づける証拠には自然と目が向きやすく、それに反する証拠は見落としたり、軽く扱ったりする傾向があります。何かを調べているとき、自分では公平に証拠を集めているつもりでも、実際には、自分の考えに都合の良い情報の方へ、無意識に手が伸びていることがあるのです。
EVIDENCE
この傾向は、専門家から一般の人まで、幅広い場面で確認されています。「証拠」や「理屈」という言葉は、いかにも中立で客観的な響きを持っていますが、それを集め、解釈するのは、必ずしも中立ではない私たち自身なのです。

「見たまま」でさえ、揺らいでいる
証言や証拠だけでなく、自分の目で直接見た「経験」であれば、確かな根拠になるように思えるかもしれません。ただ、これも単純には言い切れません。
以前、知覚の仕組みを扱った章で見た通り、私たちが目の前で直接見聞きしていることでさえ、注意の向け方や、過去の知識、そのときの期待によって、少しずつ形を変えています。同じ場所に立ち、同じ方向を見ていても、二人が気づくものが同じとは限らないのです。
OPEN QUESTION
こうした事実は、「何を見ても正しさは人それぞれ」という意味ではありません。外から届く情報には制約があり、経験がまったく自由に書き換えられるわけでもないからです。それでも、直接の経験でさえ、無条件に信頼できる完璧な土台ではないことは、心に留めておく価値があります。
一つでは頼りなくても、組み合わせれば支えになる
経験も、証言も、権威も、証拠も、理屈も、それぞれ単独で見れば、完璧な土台ではありません。見たものは歪み、聞いた話には偏りがあり、証拠の集め方には癖があります。
それでも、私たちはでたらめに生きているわけではありません。一つの情報源だけに頼らず、複数の手がかりを重ね合わせ、食い違いがあれば立ち止まり、確からしさを少しずつ積み上げていく。この地道な積み重ねこそが、「知っている」と呼べる状態を、少しずつ形作っていくのでしょう。
自分が今「知っている」と思っていることも、そうやって組み立てられた、まだ途中の構造物なのかもしれません。では、その構造物の中に、決して疑いようのない、確実な部分は存在するのでしょうか。次の章では、その問いへ近づいてみたいと思います。
参考文献
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Sperber D, Clément F, Heintz C, Mascaro O, Mercier H, Origgi G, Wilson D.
Epistemic vigilance.
Mind & Language. 2010;25(4):359-393. -
Nickerson RS.
Confirmation bias: A ubiquitous phenomenon in many guises.
Review of General Psychology. 1998;2(2):175-220.
本文では、情報の受け取り方に関する理論として整理されている枠組みと、複数の研究で繰り返し確認されている確証バイアスの傾向とを区別しています。また、経験の構成的な性質については、既存章(知覚を扱った章)の内容と接続する形で扱っています。