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Journey 05|人間は、 誰と子どもを育ててきたのか

人間の子どもは、なぜこれほど長く他者を必要とし、その時間を誰が支えてきたのでしょう。出生後も続く成長、共同養育、父親・きょうだい・年長者・血縁の外の人々、祖母仮説をたどり、人間の子育てを一人の仕事ではなく、関係の歴史として見つめます。

前のJourneyでは、生命が外と内の変化を受け取り、身体を整え、行動へつなげ、経験によって次の反応を変えていくまでをたどりました。

その長い歴史の先に、人間の身体があります。

ただ、人間の子どもは、生まれたときからその身体を一人で使いこなせるわけではありません。

自分で食べ物を探しに行けない。危険が迫っても、自分だけで遠くへ逃げられない。少し成長して歩けるようになっても、何を食べ、どこへ行き、何を避け、道具をどう扱うのかを、長い時間をかけて身につけていきます。

人間は、育ち終えてから世界へ出ていくのではありません。

誰かに支えられ、誰かの行動を見ながら、世界の中で身体と知識を育てていきます。

では、その長い時間を支えてきたのは誰だったのでしょう。

母親でしょうか。父親でしょうか。祖父母でしょうか。きょうだいや親族でしょうか。それとも、血縁の外側にいる人まで含まれていたのでしょうか。

人間の子育てを、一人の親と一人の子どものあいだだけで考える前に、その周囲にいた人々まで視野を広げてみます。

人間の子どもは、長く他者を必要とする

生まれたばかりの人間に、何もできないわけではありません。

呼吸し、乳を飲み、泣き声で状態を伝え、光や音、触れられたことへ反応します。身体はすでに外の世界と関わり始めています。

一方で、自分の頭と胴体を安定して支え、必要な場所まで自分の身体を運び、食料を手に入れ、安全を確保する能力は限られています。

座る。立つ。歩く。走る。食べ物を扱う。道具を使う。周囲の人が何をしているのかを理解し、その集団の中で暮らす。

そうした能力は、出生後の長い時間をかけて形づくられていきます。

その姿から、人間はしばしば「未熟な状態で生まれる動物」と説明されてきました。

ただ、この言葉だけでは、人間の成長の特徴を十分に捉えられません。

EVIDENCE|人間の「未成熟さ」は、出生後の長い成長によって強く見える

人間の新生児は、成人した人間と比べると小さな脳を持っています。そのため、人間は胎児期を途中で切り上げて、極端に未成熟な状態で生まれるようになったと考えられることがありました。

しかし、霊長類を比較した2024年の研究では、人間の胎児期の脳発達が全体として大幅に短縮されたというより、出生後も脳が長く成長し続けることが、人間の特徴を強くしていると示されました。[1]

つまり、人間の子どもは「本来なら胎内にいるはずだった時間を、すべて外で過ごしている」と単純に説明できるわけではありません。

胎内ですでに進んでいた発達の上へ、長い出生後の成長が重なっています。

しかも、成長する脳は大量のエネルギーを使います。幼少期には、身体が利用するエネルギーの中で脳が占める割合が非常に大きくなる時期があり、このエネルギー配分が、人間のゆっくりした身体成長と関係している可能性も研究されています。[2]

人間の長い子ども期は、単に完成が遅れている時間ではありません。

身体そのものが、長い時間をかけて育ち続けているのです。

太古の人類集団の中で、まだ一人では十分に移動や食事のできない幼い子どもが大人の支えを受けながら過ごす様子を描いた絵画的なイメージ

OPEN QUESTION|なぜ、もっと長く胎内で育たなかったのか

それでも疑問は残ります。

自分だけで移動することも、食料を得ることもできないのなら、なぜ人間は、もう少し身体が育つまで胎内にいなかったのでしょう。

長いあいだ有力だった説明の一つが、二足歩行と大きな脳のあいだにある「産科的ジレンマ」です。

二足歩行に関わる骨盤は、同時に出産時の産道でもあります。人類の脳が大きくなるにつれて新生児の頭も大きくなり、産道を通れるうちに出産する必要が生じた。そのため、人間の子どもは自力で十分に動けない段階で生まれるようになった、という説明です。

骨盤と胎児の大きさが出産へ関係すること自体は確かです。

ただ、それだけで出生時期を説明できるかについては議論があります。

2012年には、妊娠後期に母体が供給できるエネルギーの限界を重視する説明が提案されました。胎児がさらに急速に成長し続けるには大きなエネルギーが必要になり、その負担も出産時期に関係する可能性があるという考えです。[3]

さらに2026年の霊長類比較では、母体の産道と新生児の頭部がきわめて近い大きさになる関係そのものは、人間だけの特徴ではないことが示されました。[4]

骨盤、胎児の成長、母体の代謝、妊娠期間、出生後の脳発達。それぞれは独立した問題ではありません。

人間の子どもがなぜこの時期に生まれ、これほど長く他者を必要とするのかを、一つの理由だけで説明することはまだできないのです。

EVIDENCE|長い子ども期は、長い学習期間でもある

出生後も長く育ち続けることには、もう一つ大きな特徴があります。

人間の子どもは、自分がどのような場所へ生まれたのかに応じて、非常に多くのことを学びます。

何を食べられるのか。どこに水があるのか。どの場所が危険なのか。どんな道具をどう持つのか。誰へ近づき、どんな声や表情へ注意を向けるのか。

そして、使われている言葉、食べ物の分け方、役割、習慣、周囲の人との関わり方まで、その場所で暮らしながら身につけていきます。

もちろん、長い子ども期が「学ぶためにつくられた」と目的のように言うことはできません。

ただ、出生後も長く脳と身体が変化し続ける人間にとって、その時間が周囲の環境や他者から学ぶ長い期間にもなっていることは確かです。

ここで、人間の成長と人間の社会がつながります。

学ぶ時間が長ければ、それを支える時間も長くなります。

EVIDENCE|子どもを支える手は、一組だけではない

一人の幼い子どもが育つあいだにも、生活は続きます。

食料を得なければならない。水や燃料を運び、生活する場所を整えなければならない。すでに別の子どもがいれば、その子にも時間が必要です。

妊娠、出産、授乳には、特定の身体でしか担えない働きがあります。

一方で、抱く、運ぶ、見守る、食べ物を渡す、遊ぶ、危険から守るといった養育行動は、母親だけにしかできないものではありません。

現在の小規模な狩猟採集社会を調べた研究では、幼い子どもが母親だけでなく、複数の人と日常的に関わっている例が確認されています。

コンゴ盆地のムベンジェレ・バヤカを対象にした研究では、身体接触、泣き声への応答、遊びなどを含む直接的な養育のかなりの部分を、母親以外の人が担っていました。子どもの周囲には複数の養育者が存在し、その中でも特に深く関わる人がいました。[5]

コンゴのアカを調べた研究でも、2〜4歳の子どもへの食物提供は、個人としては母親が最も多かった一方、父親、祖母、おば、きょうだい、いとこなど、母親以外の人による提供を合わせると大きな割合になりました。[6]

これは、母親が重要ではなかったという意味ではありません。

母親との関係があり、その外側にも別の関係が重なっていたのです。

EVIDENCE|複数の社会で、母親以外の人も養育に関わっている

誰が子どもへ関わるのかは、社会によって同じではありません。

タンザニアのハッザでは、血縁関係の近い人ほど幼い子どもを抱く時間が長くなる傾向が報告されています。その一方で、血縁関係にない人による世話も確認されています。[7]

子ども自身も、養育の外側にいるだけではありません。

フィリピンのアグタを調べた研究では、年長の子どもたちが幼い子どもと遊ぶ集団をつくり、その時間が母親の育児負担と関係していました。[8]

年長の子どもが小さな大人として全面的な責任を負っていた、という意味ではありません。

遊ぶ。そばにいる。少し運ぶ。食べ物を渡す。そのような日常の関わりも、長い時間を合計すれば、幼い子どもと養育者の暮らしを変えます。

父親の関与も一つの形ではありません。食物の提供、直接の世話、見守りなど、そのあり方や量は社会によって変わります。

さらに、2024年のバヤカの研究では、母親自身も子どもを連れてほかの人と協力しながら採集活動を行い、育児と生業を完全に切り離すのではなく、同じ生活の中で調整している姿が報告されています。[9]

子育ては、独立した一つの仕事として生活から切り離されていたとは限りません。

食べ物を得ること、人と移動すること、道具を扱うこと、休むこと。その同じ場所に、子どももいたのです。

太古の人類集団で、幼い子どもの世話や見守りを複数の人が日常の中で分かち合う様子を描いた絵画的なイメージ

HYPOTHESIS|人間は「共同養育する種」なのか

母親以外の人が子どもへ行う世話は、アロケアと呼ばれます。

人間の進化を説明する研究では、こうした特徴から、人間を「共同養育」あるいは「協同繁殖」という枠組みで捉える考え方があります。

一人の子どもへ複数の人が関わるなら、母親一人へ集中する時間やエネルギーの一部を分散できます。それによって、長い子ども期を持つ人間の生活史が支えられてきた可能性があります。

アカを対象にした研究でも、母親以外から受ける養育と、母親自身のエネルギー支出との関係が検討されています。[10]

ただ、「人間は共同養育種である」という一文から、すべての人類集団が同じ仕組みで子育てをしていたと考えることはできません。

父親が多く関わる社会もあれば、きょうだいやほかの女性、親族、血縁関係にない人の関与が大きい社会もあります。居住形態、食料の得方、移動の頻度、子どもの人数、親族関係によっても、誰がどれほど関わるかは変わります。

共同養育は、決まった家族制度の名前ではありません。

むしろ、人間の子育てには、一人より多くの人が関われる大きな余地がある。その特徴を捉えるための枠組みとして考える方が適切です。

HYPOTHESIS|祖母は、人間の長い寿命を支えたのか

人間には、もう一つ特徴的な時間があります。

女性は生殖を終えたあとも、長く生きることがあります。

この長い生殖後寿命がなぜ進化したのかを説明する仮説の一つが、祖母仮説です。

祖母が食物を得たり、孫の世話を支えたりすることで、娘がすでにいる子どもを育てながら次の子どもを持ちやすくなる。その結果、祖母自身が直接子どもを産まなくなったあとも、自分と共通する遺伝的情報を持つ子孫の生存や繁殖へ間接的に寄与できたのではないか、と考えます。

祖母の援助を組み込んだ2012年の数理モデルでは、類人猿に近い寿命から、人間に近い長い寿命が進化し得ることが示されました。[11]

ただ、数理モデルで成立することと、それが実際の人類史で唯一の原因だったことは同じではありません。

歴史人口資料を使った研究では、18〜19世紀のフィンランドで、母方の祖母が生きていることが娘の出産間隔や一部の年齢の孫の生存と関連していた例が報告されています。[12]

その一方で、祖母の存在がもたらす影響は、地域、同居関係、資源、健康状態、母方か父方かなどによって変わります。

祖母がいたから人間の寿命が長くなった、と一つの答えに決めることはできません。

祖母仮説は、人間の長い寿命と世代を越えた援助を結びつける重要な仮説の一つです。しかし、それだけで人間の寿命や子育てのすべてを説明するものではないのです。

養育の形は、一つではない

ここまで見てきた研究の多くは、現在または比較的近い時代の特定の社会を観察したものです。

そこから、何十万年も前の人類がまったく同じ家族をつくり、同じ割合で子どもの世話を分担していたと復元することはできません。

そもそも、人類の暮らした環境も一つではありません。

森林、草原、海岸、高地、寒冷地。得られる食物も、移動の仕方も、集団の大きさも違いました。

子どもを育てる形も、その条件に応じて変わったはずです。

確かめられているのは、人間には母親以外の人が養育へ深く関われること、そして実際に複数の社会でその関与が観察されていることです。

そこから先の太古の暮らしは、残された証拠と現在の比較研究を使いながら、慎重に考える必要があります。

「昔はみんなで育てていた」という一枚の理想図に変えてしまえば、社会による違いも、親子それぞれの関係も見えなくなります。

一人で育てることがつらいのは、弱さなのか

この長い歴史を、現代の家族へそのまま当てはめることもできません。

現在には、さまざまな家族の形があります。一人で子どもを育てている人もいれば、二人で育てる家庭、祖父母や親族と暮らす家庭、友人や地域、保育や教育の仕組みを利用する家庭もあります。

どの形が「本来の人間」で、どの形が間違っていると、進化の歴史だけから決めることはできません。

そして、育児のつらさを「共同養育が足りないから」と一つの原因へまとめることもできません。身体の状態、睡眠、経済状況、仕事、人間関係、子どもの個性、利用できる支援など、現実には多くの条件が重なります。

ただ、一つだけ見方を変えることはできます。

誰かの手を必要とすることを、「一人でできない弱さ」とだけ考える必要はないということです。

人間の子どもは、そもそも長く他者を必要とします。そして人間には、その子どもへ、親以外の人も関われる柔軟さがあります。

子どもを育てる側もまた、食べ、眠り、働き、休み、自分の身体を保たなければならない一人の人間です。

人間の子育ては、一人だけで完結する形に限られません。
複数の人が関わることのできる余地があります。

助けを求めることや、誰かへ一部を預けることは、それだけで養育者として足りない証拠にはなりません。

人間の子育てには、最初からほかの人が入る余地があるのです。

子どもは、人との関係の中で世界を受け取る

複数の人が子どものそばにいることがもたらすものは、食物や安全だけではありません。

一人は石を割る方法を知っているかもしれない。別の人は食べられる植物を知っている。ある人は水の場所を覚え、別の人は季節の変化を見分ける。年長の子どもが遊びの中で見せる動きから、幼い子どもが覚えることもあります。

長く育つ子どもが、複数の人のそばで時間を過ごす。

そこには、一人分を越えた経験へ触れる機会があります。

人間の子どもは、世界について何も知らない場所へ一人で放り出され、すべてを最初から発見し直すわけではありません。

自分が生まれるより前から誰かが試し、失敗し、残してきた行動や道具の中へ生まれます。

その意味で、養育は生命をつなぐだけではなく、経験を次の世代へ渡す場所にもなりました。

ただ、ここまで私たちは「人間」という言葉を、まるで一つの存在だけが続いてきたかのように使ってきました。

実際の人類史は、一本の線ではありません。

私たちホモ・サピエンスへ至るまでには枝分かれがあり、同じ時代、同じ地球の上に、異なる人類の系統が並んで生きていた時期がありました。

子どもを育て、食物を得て、道具を使い、仲間と暮らしていた「人類」は、私たちだけではなかったのです。

次のJourneyでは、人類進化を私たちへ向かう一本の階段として見るのをやめ、同じ時代を生きていた複数の人類へ進みます。

この旅をさらに深く読む

第22章


人間の子どもは、なぜこんなにも弱いのか

乳児の未成熟性、出生後の脳の成長、母体代謝、長い学習期間から、人間の子どもが長く他者を必要とする背景を詳しくたどります。


第23章


人間は、一人で子どもを育ててきたのか

父親、祖父母、きょうだい、親族、血縁のない人まで、共同養育へ関わる人々と祖母仮説を詳しく見ていきます。


第24章


人類は、なぜ知識を積み重ねられたのか

観察、模倣、教示、道具に残る痕跡、失敗の共有から、知識が一人分の人生を越えて受け渡される仕組みをたどります。

出典・参考文献

  1. Gómez-Robles, A., Nicolaou, C., Smaers, J. B. et al.(2024)

    The evolution of human altriciality and brain development in comparative context.

    Nature Ecology & Evolution, 8, 133–146.
  2. Kuzawa, C. W. et al.(2014)

    Metabolic costs and evolutionary implications of human brain development.

    Proceedings of the National Academy of Sciences, 111, 13010–13015.
  3. Dunsworth, H. M., Warrener, A. G., Deacon, T., Ellison, P. T. & Pontzer, H.(2012)

    Metabolic hypothesis for human altriciality.

    Proceedings of the National Academy of Sciences, 109, 15212–15216.
  4. Torres-Tamayo, N., Schlager, S., Hirasaki, E. et al.(2026)

    Comparative primate analysis shows that humans are not unique in having a tight cephalopelvic fit at birth.

    Nature Ecology & Evolution.
  5. Chaudhary, N., Salali, G. D. & Swanepoel, A.(2024)

    Sensitive responsiveness and multiple caregiving networks among Mbendjele BaYaka hunter-gatherers: Potential implications for psychological development and well-being.

    Developmental Psychology, 60(3), 422–440.
  6. Fouts, H. N. & Brookshire, R. A.(2009)

    Who feeds children? A child’s-eye-view of caregiver feeding patterns among the Aka foragers in Congo.

    Social Science & Medicine, 69, 285–292.
  7. Crittenden, A. N. & Marlowe, F. W.(2008)

    Allomaternal Care among the Hadza of Tanzania.

    Human Nature, 19, 249–262.
  8. Page, A. E. et al.(2021)

    Children are important too: juvenile playgroups and maternal childcare in a foraging population, the Agta.

    Philosophical Transactions of the Royal Society B, 376, 20200026.
  9. Visine, A. E. S., Boyette, A. H., Ouamba, Y. R. et al.(2024)

    BaYaka mothers balance childcare and subsistence tasks during collaborative foraging in Congo Basin.

    Scientific Reports, 14, 24893.
  10. Meehan, C. L., Quinlan, R. & Malcom, C. D.(2013)

    Cooperative breeding and maternal energy expenditure among Aka foragers.

    American Journal of Human Biology, 25, 42–57.
  11. Kim, P. S., Coxworth, J. E. & Hawkes, K.(2012)

    Increased longevity evolves from grandmothering.

    Proceedings of the Royal Society B, 279, 4880–4884.
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    Offspring fertility and grandchild survival enhanced by maternal grandmothers in a pre-industrial human society.

    Scientific Reports, 11, 3652.