01 地球と生命

動く身体は、 どのように生まれたのか

前の旅では、一つで生きられる細胞が離れずに残り、互いの働きを調整しながら、一つの身体をつくるまでをたどりました。細胞が集まることで、生命は身体を大きくし、外側と内側を分け、異なる場所へ異なる役割を任せられるようになります。

ただ、細胞が一つの身体になっただけでは、その身体が自ら場所を変えられるとは限りません。海底にとどまり、水の流れに運ばれてくる物質を受け取りながら生きる道もあります。身体の一部を縮めたり、姿勢を変えたりできても、それだけで一定の方向へ進めるわけでもありません。

多細胞の身体が移動するには、身体の異なる場所が勝手に動くのではなく、縮む場所と緩む場所が時間を合わせ、そこで生まれた力を身体全体へ伝える必要があります。さらに、周囲の状態に応じて向きを変えるなら、外から受け取った変化と身体の動きを結ばなければなりません。

生命が自ら進み始めたとき、変わったのは身体の使い方だけではありませんでした。食べ物へ近づき、好ましくない場所から離れ、より過ごしやすい場所へ移ることで、生命と環境の関係そのものが変わり始めたのです。

動くことは、場所との関係を変える

生命は、動物が現れるよりも前から動いていました。一つの細胞の内側でも物質は運ばれ、形が変わり、周囲の状態に応じた反応が起こります。鞭毛や繊毛などを使い、水中を移動する単細胞生物もいます。

多細胞の動物が自ら移動する場合には、別の難しさが加わります。一部の細胞だけが縮めば、身体は変形します。しかし、身体全体が一定の方向へ進むには、異なる場所で生まれた力を一つの動きへまとめなければなりません。

身体の前方を伸ばし、その場所を支えにして後方を引き寄せる。身体の左右を交互に縮め、水や海底を後ろへ押す。身体と周囲の接触を変えながら、前へ進む力を生み出す。運動の形は異なっても、そこでは複数の細胞が、同じ身体の動きへ参加しています。

移動できる範囲が広がると、生命はその場所に届くものを待つだけではなくなります。栄養のある場所へ近づき、酸素や温度などの条件が合わない場所から離れ、周囲の変化に応じて居場所を変えられるようになります。

動くことは、身体の位置を変えるだけではない。
生命が環境と結ぶ関係を、自ら変えられる範囲を広げる。

収縮するだけでは、身体は進まない

約5億6000万年前の地層から見つかったハオティアには、束になって四方向へ伸びる繊維状の構造が残されています。この構造は、刺胞動物に見られる筋肉組織との比較から、筋肉である可能性が高いものとして報告されました。筋肉組織の古い身体化石候補の一つです。[1]

筋肉のような組織があったとしても、その動物が海底を長い距離移動していたとは限りません。収縮する力は、身体を縮めること、触手や身体の一部を動かすこと、姿勢を保つこと、食べ物を取り込むことにも使えます。ハオティアも、海底に付着して暮らしていた可能性が考えられています。

ここから見えてくるのは、移動の前に、まず身体の一部を動かす仕組みが存在していた可能性です。その収縮を身体の別の場所へ伝え、動く順序と強さをそろえられるようになると、身体全体の向きを変えたり、一定の方向へ進んだりする運動へつながります。

現在の動物では、筋肉だけでなく、細胞同士の接着、身体を支える組織、化学的な情報伝達、神経系などが協力して運動をつくります。ただし、まとまった運動が始まったときから、現在と同じ神経系が完成していたわけではありません。神経系を持たない動物にも、細胞間の情報伝達と収縮運動は見られます。

動く身体の成立は、筋肉という一つの部品が現れた出来事ではありません。身体の異なる場所が、時間と方向をそろえられるようになった変化でもあったのです。

海底に残された一本の跡

柔らかな身体は、化石として残りにくいものです。さらに、動くという行動は、身体化石だけを見てもわからないことがあります。そこで手がかりになるのが、かつての海底に残された痕跡です。

海底表面を這った跡、堆積物を押しのけた跡、微生物マットを食べながら進んだと考えられる跡、堆積物の内部へ入った穴。痕跡化石には、身体の形だけではなく、その身体が周囲へ働きかけた結果が残されています。

中国南部の約5億5100万〜5億3900万年前の地層から見つかったイリンギアでは、細長く区切られた身体化石と、その身体がつくったと解釈できる連続した移動跡が、同じ岩石面に残されていました。身体と跡が直接結びついていたことは、この動物が自ら方向を持って移動したことを強く支持しています。[2]

エディアカラ紀の海底を進む初期動物と、その後方に残る浅い移動痕

イリンギアの身体には、前後の向きと、繰り返し並ぶ区画があったと解釈されています。ただし、それが現在の環形動物や節足動物のどちらに近いのかは確定していません。身体の区切りと移動能力が確認できることと、動物の系統樹のどこに位置するのかが決まることは、同じではないのです。

一本の跡は、そこに動く生命がいたことを伝えます。一方で、痕跡の形だけから、作り手の身体や系統まで正確に決められるとは限りません。

誰がその跡を残したのか

南オーストラリアのエディアカラ紀の地層からは、イカリアと名づけられた、長さ約1.9〜6.7ミリメートルの小さな身体化石が見つかっています。身体の一端がやや太い楕円形で、前後と左右を持つ初期の左右相称動物だった可能性が示されています。[3]

同じ地域には、ヘルミントイディクナイツと呼ばれる細い移動痕も残されています。イカリアの大きさや身体の形は、この痕跡をつくる動物として想定されていた姿とよく合います。移動痕に見られる細かな横方向の構造からは、身体を順番に収縮させながら堆積物の下を進んだ可能性も考えられています。

ただ、イカリアの身体化石が、一つ一つの痕跡の端に直接つながっているわけではありません。身体の大きさ、形、年代、周囲に残る痕跡の特徴が合うため、有力な作り手として提案されています。

化石記録では、身体と行動が別々に残ることがあります。身体化石だけでは動きが見えず、痕跡だけでは身体の姿が見えません。研究者は両方を照らし合わせながら、どこまでなら確かに言えるのかを慎重に探っています。

動く生命は、海底を変えていった

動くことによって変わったのは、生命が行ける場所だけではありません。生命が暮らしていた海底そのものも、動物の活動によって変わり始めました。

エディアカラ紀の海底には、微生物がつくるマットに覆われた場所が広がっていました。その表面を移動する動物は、マットの上や下にある有機物を利用し、進んだ場所へ跡を残します。堆積物の内部へ入る動物が現れると、表面にあった物質は内部へ運ばれ、内部の物質は外へ押し出されるようになります。

ナミビアのエディアカラ紀末期の地層からは、堆積物を押し分け、移動しながら内部を埋め戻したと考えられる痕跡が報告されています。こうした活動は、比較的安定していた微生物マットを乱し、海底の物質の分布や、そこで暮らす生命同士の関係を変えた可能性があります。[4]

さらに、中国南部の約5億5000万〜5億4300万年前の地層からは、海底表面を水平に進むだけではなく、堆積物の内部を立体的に探索したことを示す巣穴群が報告されています。2025年の研究では、こうした三次元的な巣穴が、エディアカラ型の生物と同じ時代の海底に存在していたことが示されました。[5]

初期動物の移動痕が重なり、微生物マットが乱され始めたエディアカラ紀の海底

動物は、環境に適応するだけの存在ではありません。動き、食べ、掘ることで、自分が暮らす環境を変えます。その変化は、別の生命に新しい場所をつくることもあれば、それまで成り立っていた暮らし方を難しくすることもあります。

動く身体の誕生は、一つの動物に新しい能力が加わっただけの出来事ではありませんでした。生命が海底へ残す影響が大きくなり、生態系そのものが動物の行動によって組み替えられ始めた出来事でもあったのです。

最初の移動は、化石に残っているのか

化石記録からは、エディアカラ紀の後半には、自ら方向を持って海底を移動する動物が存在していたことがわかります。しかし、現在見つかっている古い移動痕が、動物の移動そのものの始まりを示しているとは限りません。

身体をわずかに縮める動物、水中を漂いながら身体の一部を動かす動物、海底に付着したまま姿勢を変える動物、柔らかな身体で短い距離だけ移動する動物は、はっきりした跡を残さなかった可能性があります。跡が残されても、その後の波や堆積によって失われたかもしれません。

動く身体の始まりを考えるとき、私たちは、残された身体化石と海底の痕跡から、すでに失われた動きを読み取っています。それでも、岩石の表面に残された一本の跡は、生命史の大きな変化を伝えています。

生命は、周囲の変化を受けるだけではなく、自ら場所を変え、環境へ働きかけるようになりました。身体を動かすことによって、次に触れる場所、次に受け取るもの、次に残す影響までが変わり始めたのです。

海底に残った一本の跡は、身体が動いた記録である。
同時に、生命が環境との関係を変え始めた記録でもある。

次の旅へ

一定の方向へ進む身体には、進む側と、その後に続く側が生まれます。食べ物や危険へ最初に触れる場所が決まれば、周囲の変化を受け取る器官を、身体のどこへ集めるかも重要になります。

身体の前と後、右と左、外側と内側。こうした向きは、単なる見た目の違いではありません。器官を配置する場所を分け、身体の異なる部分へ異なる働きを持たせる土台になります。

次の旅では、進む方向を持った身体に、前後や左右のまとまりがどのように生まれたのかをたどります。

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身体の前後は、どのように生まれたのか

出典・参考文献

  1. Liu, A. G. et al.(2014) Haootia quadriformis n. gen., n. sp., interpreted as a muscular cnidarian impression from the Late Ediacaran period Proceedings of the Royal Society B, 281, 20141202.
  2. Chen, Z., Zhou, C., Yuan, X. & Xiao, S.(2019) Death march of a segmented and trilobate bilaterian elucidates early animal evolution Nature, 573, 412–415.
  3. Evans, S. D. et al.(2020) Discovery of the oldest bilaterian from the Ediacaran of South Australia Proceedings of the National Academy of Sciences, 117, 7845–7850.
  4. Buatois, L. A. et al.(2018) Sediment disturbance by Ediacaran bulldozers and the roots of the Cambrian explosion Scientific Reports, 8, 4514.
  5. Chen, Z. & Liu, Y.(2025) Advent of three-dimensional sediment exploration reveals Ediacaran–Cambrian ecosystem transition Science Advances, 11, eadx9449.