04 群れと社会
「私たち」と「あの人たち」は、 どう生まれるのか
集団の境界は、なぜ協力と排除の両方を生むのでしょうか。タジフェルの最小条件集団実験、身内への愛と外部への警戒が同じ根から生まれることを示すオキシトシン研究、そして境界を越える接触が偏見を和らげるというメタ分析から、「私たち」と「あの人たち」という区分の仕組みを見ていきます。
新しく配属されたチームの名前を覚えた瞬間から、なぜか「うちのチーム」という感覚が芽生えることがあります。他部署との対抗イベントで、昨日まで名前も知らなかった同僚を、自然と応援してしまう。特に深い付き合いがあるわけでもないのに、同じ名札をつけているというだけで、そこに仲間意識が生まれます。
前章では、所属を求め、外れることを恐れる私たちの姿を見てきました。この章で見ていくのは、その所属の輪が、どうやって「私たち」と「あの人たち」という境界を作り出していくのか、という問いです。
ほとんど意味のない基準でも、境界は生まれる
心理学者アンリ・タジフェルたちは、1970年代、ある実験を行いました。参加者を、絵画の好み(画家クレーとカンディンスキーのどちらの作品が好きか)という、ごく些細な基準でランダムに2つのグループに分け、お互いに顔も名前も知らない状態で、報酬の配分を任せたのです。
結果は、研究チーム自身も予想していなかったものでした。参加者は、実際の利害関係も、直接のやり取りも一切ないにもかかわらず、驚くほど一貫して、自分と同じグループに割り振られた人を優遇したのです。
この結果は、境界というものが、深い歴史や対立、明確な利害関係がなくても、「同じグループだと言われた」というだけで、驚くほど簡単に生まれてしまうことを示しています。

対抗戦の日、生まれていた「うちら」という感覚
社内の部署対抗スポーツ大会を思い浮かべてみてください。数日前まで、他部署の人とは名前を知る程度の関係だったのに、当日、同じユニフォームを着た瞬間から、なぜか「うちの部署」を強く応援したくなります。
相手部署の選手が失敗すると、少しほっとしてしまう。自分の部署の選手が活躍すると、まるで自分のことのように誇らしくなる。これは、その部署に深い愛着があるからというより、たまたま同じ色のユニフォームを着せられたという、ただそれだけの理由で生まれている感覚なのかもしれません。
身内を思う気持ちと、外を警戒する気持ちは、同じところから生まれる
オランダの研究チームは、信頼や協力に関わるホルモンであるオキシトシンを鼻から投与すると、集団同士の関わり方がどう変わるかを調べました。
結果、オキシトシンを投与された参加者は、自分の所属するグループへの信頼と協力を強めた一方で、対立するグループに対しては、自分から攻撃を仕掛けることはないものの、防御的な警戒心を強く持つようになりました。
これは、身内を大切にしようとする気持ちと、外部を警戒しようとする気持ちが、まったく別々の仕組みから生まれているのではなく、同じ仕組みが同時に両方を引き起こしている可能性を示しています。
EVIDENCE
身内への信頼と、外部への警戒が、切り離せない一つの反応として現れることは、複数の実験で確認されています。境界を作るということは、内側を温めると同時に、外側を冷やす行為でもあるようです。

OPEN QUESTION
ただし、この研究はいずれも参加者を男性に限定して行われたものであり、性別を問わず同じ結果になるのかどうかは、まだ十分に確かめられていません。オキシトシンの働きが、状況や個人差によってどこまで変わるのかも、現在も研究が続いている部分です。
境界は、越えられないものではない
ここまでの話は、境界がいかに簡単に、根深く生まれてしまうかという内容でした。ただ、境界は一度生まれたら固定されたまま、というわけでもありません。
500本以上、25万人を超える参加者を対象にした研究を集めたメタ分析では、異なる集団同士が実際に顔を合わせ、交流する機会を持つと、多くの場合、相手への偏見が和らぐことが確認されています。この効果は、特定の国や特定の集団に限らず、幅広い状況で繰り返し見られていて、比較的頑健な結果として位置づけられています。
境界を越える接触は、相手についての知識を増やし、実際に会う前の漠然とした不安を和らげ、相手の立場に立って考える力を育てていくようです。
「うちら」と「あちら」を、少しだけ問い直す
自分の中にある「うちら」という感覚を、恥じる必要はありません。それは、深い悪意から生まれたものではなく、集団の中で安心して生きるための、ごく自然な働きです。
ただ、その境界が、ときに絵の好みほど些細な基準からでも生まれてしまうこと、そして身内への愛着と外部への警戒が、同じ根から伸びていることを知っておくことはできます。境界の外にいる人と実際に顔を合わせる機会は、その境界を、少しだけやわらかくしてくれるのかもしれません。
こうして「私たち」という単位を作り、時に「あの人たち」を遠ざけてきた人間は、やがて、顔も名前も知らない見知らぬ人たちを含む、はるかに大きな社会を築いていくことになります。次の章では、その大きな飛躍がどうやって起きたのかへ近づいてみたいと思います。
参考文献
-
Tajfel H, Billig MG, Bundy RP, Flament C.
Social categorization and intergroup behaviour.
European Journal of Social Psychology. 1971;1(2):149-178. -
De Dreu CKW, Greer LL, Handgraaf MJ, et al.
The neuropeptide oxytocin regulates parochial altruism in intergroup conflict among humans.
Science. 2010;328(5984):1408-1411. -
Pettigrew TF, Tropp LR.
A meta-analytic test of intergroup contact theory.
Journal of Personality and Social Psychology. 2006;90(5):751-783.
本文では、繰り返し確認されている境界形成の傾向と、参加者が男性に限定されているなど、まだ一般化の範囲が確かめられていない知見とを、同じ確度の事実として扱わないよう区別しています。