07 いまを生きる

情報は、 なぜ頭から離れないのか

更新、通知、見出し、未読の数字。次から次へと注意を引かれ続けるのは、意志が弱いからでも依存しているからでもない。好奇心の仕組み、予測できない報酬、悪い知らせへの反応、切り替えのコスト、見逃す不安。現代の情報設計と噛み合う注意の働きをたどります。

「あとで見る」と思ったはずのアプリを、気づけばまた開いている。

未読の数字を消したくて通知欄を開き、見出しを一つ読んだだけのつもりが、気づけば十分以上が経っている。仕事の合間に少しだけ、と思ってスマートフォンを手に取り、何を確かめたかったのかも忘れたまま指を動かし続けている。

第81章では、目の前の危険が減っても、雇用や関係、健康や社会情勢といった遠い危険への不安が消えないことを見てきました。その不安を抱えたまま、私たちは今、次から次へと届く情報の中で暮らしています。更新、通知、見出し、未読の数字。それらは私たちの意志が弱いから気になるのでしょうか。それとも、何かに「依存」しているからなのでしょうか。

「見なければよかった」と思うニュースを結局最後まで読んでしまう。返信を待つあいだ、何度も同じ画面を開き直してしまう。集中しようと決めた作業の途中で、手が勝手にスマートフォンへ伸びている。そうした瞬間に感じる自己嫌悪は、多くの場合「自分の意志が弱いからだ」という結論へ着地します。ですが、注意という働きがどのように成り立っているかをたどっていくと、少し違う景色が見えてきます。

この章では、注意という働きの仕組みと、その働きに合わせて作られている現代の情報の届け方が、どのように噛み合っているのかをたどっていきます。

知っていることと知りたいことの、あいだ

続きが気になって次のページをめくる。あらすじだけ読んで結末を確かめたくなる。連載の途中で終わる回に、思わず先が知りたくなる。

こうした感覚を説明する考え方の一つに、心理学者ジョージ・ローウェンスタインが1994年に提唱した情報ギャップ理論があります。ローウェンスタインは、好奇心を単なる好奇心旺盛さや刺激への欲求としてではなく、自分がすでに知っていることと、知りたいと思っていることのあいだに生まれる「隙間」への反応として捉え直しました。

隙間があるだけでは、まだ好奇心は動きません。自分にはこれだけの知識があるはずだ、という感覚がまずあり、そこに欠けている部分が見えたときに初めて、埋めたいという気持ちが生まれます。何も知らない話には、そもそも興味の持ちようがありません。少し知っている話だからこそ、その先が気になるのです。

見出しの多くは、この隙間を意図してつくられています。出来事の結論を先に見せるのではなく、「何が起きたのか」「なぜそうなったのか」という問いだけを差し出し、答えは記事の続きに置く。読者はすでに、見出しという形で知識の一部を手にしています。だからこそ、残りの部分を知らないままではいられなくなります。

この理論には、もう一つ興味深い指摘があります。隙間が大きすぎると、かえって好奇心は弱まるというのです。まったく知らない分野の専門的な議論には、興味を持ちにくいものです。反対に、あと少しで分かりそうな隙間、自分の知識のすぐ先にある隙間ほど、埋めたいという気持ちは強く働きます。見出しが「〜とは何か」という大きな問いではなく、「なぜ〜だったのか」「実は〜だった」という小さな驚きの形を取りやすいのは、このためだと考えられます。

隙間そのものは、私たちを操作するために発明されたものではありません。分からないことを知りたいと思う力は、新しい環境を学び、危険を見分け、知識を蓄えていくために欠かせない働きでした。ただ、その働きが向けられる先を、見出しや通知の設計が意図的に作り出せることも、また事実です。

暗がりに走る一筋の光の裂け目へ手を伸ばす人物のシルエットを通じて、知識の隙間に引き寄せられる好奇心を象徴的に表現したイメージ

いつ届くか分からないことが、行動を強くする

知りたいという気持ちだけでは、これほど頻繁にスマートフォンへ手が伸びる理由を、まだ十分には説明できません。もう一つの仕組みが重なっています。

行動と、その行動のあとに何が起こるかという関係を研究した心理学の分野に、強化スケジュールと呼ばれる考え方があります。バラス・スキナーらの実験では、レバーを押すたびに必ず餌が出る場合と、何回押せば出るか分からない場合とで、動物の反応の仕方が大きく異なることが確かめられました。

必ず報酬が出る場合、動物は最低限の回数だけレバーを押すようになります。一方、報酬が出るかどうか予測できない場合には、レバーを押す行動そのものが減りにくくなります。いつ出るか分からないからこそ、次こそはという期待が途切れず、行動をやめる区切りが見つからなくなるのです。スロットマシンが長く遊ばれ続ける理由の一つも、この予測できなさにあります。

強化スケジュールには、いくつかの型があります。行動の回数によって報酬が決まる「比率」の型と、時間の経過によって報酬が決まる「間隔」の型です。それぞれに、決まった回数や時間で報酬が来る場合と、予測できない回数や時間で報酬が来る場合とがあります。投稿への反応がいつ、何件つくか分からないという状態は「予測できない比率」に近く、通知がいつ届くか分からないという状態は「予測できない間隔」に近いと考えられています。行動の回数で決まるか、時間の経過で決まるかという違いはあっても、どちらも「いつ報われるか分からない」という一点で、行動を持続させやすくする働きは共通しています。

通知や更新の多くも、同じ形をしています。友人からの返信がいつ届くか、投稿にいつ反応がつくか、フィードを開いたときに何が表示されるかは、あらかじめ分かりません。アプリを開くという行動そのものが、レバーを引く動作に近い役割を持つようになります。開発の現場で、この仕組みが意図的に参照されてきたことは、複数の研究や解説でも指摘されています。

ここで見えてくるのは、「意志が弱いから何度も確認してしまう」という説明だけでは足りない、ということです。予測できない報酬は、意志の強さに関わりなく、行動を持続させる方向へ働きます。仕組み自体が、そのように作られているからです。

空間に浮かぶ複数の小さな光へ繰り返し手を伸ばす人物のシルエットを通じて、予測できない報酬に引きつけられ続ける様子を象徴的に表現したイメージ

悪い知らせほど、目に留まりやすい

情報そのものの中身にも、注意を引きつけやすいものと、そうでないものがあります。

政治学者マーク・トラスラーとスチュアート・ソロカが2014年に行った実験では、参加者に自由にニュースを選んでもらったところ、否定的な内容を含む記事のほうが多く選ばれる傾向が見られました。興味深いのは、同じ参加者に「どちらの記事を読みたいか」と尋ねると、肯定的な記事を好むと答えていたことです。実際に選ぶ行動と、自分で思っている好みとのあいだに、ずれが生じていました。

より大規模な検証も行われています。2023年に発表された研究では、ニュースサイトUpworthyが実際に配信した約10万本の見出しを分析し、見出しに含まれる否定的な単語が一つ増えるごとに、クリック率が平均で2.3%上昇することが示されました。二万件を超える記事を対象にしたランダム化比較実験によるもので、単なる印象ではなく、実際の行動データとして確認された数字です。

なぜ、悪い知らせのほうが目に留まりやすいのでしょうか。政治学者スチュアート・ソロカらは、危険や脅威になり得る情報へ強く反応する傾向が、進化の過程で形づくられてきた可能性を指摘しています。木の陰で物音がしたとき、それが風なのか、それとも危険な生き物なのかを見極められるかどうかは、生き延びられるかどうかに直結していました。良い知らせを見逃しても大きな損失にはなりませんが、悪い知らせを見逃すことは、より重大な結果につながりかねません。

この傾向は、心の中だけの話ではないようです。ソロカらが2019年に発表した研究では、複数の国の参加者にニュース映像を見せながら心拍や皮膚の反応を測定したところ、否定的な内容の映像に対して、肯定的な内容の映像よりも強い身体反応が示されました。国によって文化や政治の状況は異なっていても、悪い知らせに強く反応するという傾向そのものは、共通して観察されています。

この傾向は、今も昔と変わらず私たちの中に残っています。ただ、狩猟採集の環境では、危険の知らせは近くで起きていることに限られていました。今は、世界中のあらゆる場所で起きた悪い知らせが、同じ画面に絶え間なく届き続けます。危険を見分けるための仕組みが、届く情報の量にそぐわなくなっている、と言えるかもしれません。

切り替えるたびに、集中は静かに削られていく

情報が気になり、通知を確認し、また元の作業に戻る。この一往復は、一見するとほんの数秒の出来事に見えます。ただ、実際に費やされているコストは、その数秒よりもずっと大きいことが分かってきています。

カリフォルニア大学アーバイン校のグロリア・マークは、二十年以上にわたって働く人々の画面利用を追跡してきました。2004年に発表した最初の調査では、一つの画面に向き合っている時間は平均で約2分半でした。その後、2012年頃の調査では約75秒まで短くなり、近年の調査、そして複数の研究者による追試でも、平均は47秒前後まで縮んでいることが報告されています。

EVIDENCE

作業を中断されたとき、元の集中状態へ完全に戻るまでには、平均でおよそ25分かかるとマークは述べています。中断そのものは一瞬でも、その前に扱っていた課題の情報を頭の中に呼び戻し、作業の流れをもう一度組み立て直す作業には、思いのほか時間がかかるのです。

マークは、この様子を「一枚の白い板」にたとえています。一つの作業に取りかかるとき、私たちはその作業に必要な情報を、頭の中の限られたスペースへ書き出します。別の作業へ切り替えるたびに、その板を一度消して、新しい情報を書き直さなければなりません。もとの作業へ戻るときには、また同じことを繰り返します。板を消しては書き、消しては書くという作業そのものが、私たちの気づかないところで負担を積み重ねていきます。

さらに、マークの調査で示された点の中には、見過ごされやすいものがあります。作業の中断のうち、外部からの通知によるものは半分に届かず、四割強は、自分自身が手を止めて別のことを確認しに行くことで生じている、というものです。通知をすべて切ったとしても、注意はそれだけで安定するとは限りません。切り替えたくなる仕組みは、外からの刺激だけでなく、私たち自身の内側にも育っています。

これは、意志の問題を否定する話ではありません。ただ、「通知さえ止めれば集中できるはずだ」という前提そのものが、半分しか正しくないということでもあります。自分から確認しに行く動きの裏には、ここまで見てきた好奇心の隙間や、見逃したくないという感覚が、静かに働き続けています。

情報が多いほど気が散る、という単純な話ではありません。予測できない報酬への反応、危険を見逃したくないという傾向、そして知識の隙間を埋めたいという欲求。それらが積み重なった結果として、注意そのものが、一つの場所に長くとどまりにくい状態へと形づくられているのです。

置いていかれるかもしれない、という感覚

情報を確認する動機は、好奇心や危険の察知だけではありません。そこに他者の存在が関わってくると、また別の感覚が加わります。

心理学者アンドリュー・プシビルスキらが2013年に発表した研究では、「フィアー・オブ・ミッシング・アウト」、日本語ではしばしば「見逃す不安」と訳される感覚を測定する尺度が作られました。自分が知らないあいだに、友人たちが楽しい時間を過ごしているのではないか。自分だけが会話や出来事から取り残されているのではないか。そうした感覚です。

この研究では、有能感、自律性、他者とのつながりという、人が満たしたいと感じる基本的な心理的欲求が満たされていない人ほど、この見逃す不安を強く感じやすいことが示されました。見逃す不安そのものは、他者とのつながりを大切に思う気持ちの延長線上にあります。ただ、その不安が強いほど、スマートフォンを頻繁に確認する行動につながりやすいことも、あわせて報告されています。

興味深いのは、この不安が「情報がたくさんあること」自体から生まれているわけではない、という点です。研究が示しているのは、有能感や自律性、他者とのつながりといった、もともと満たされにくさを抱えている欲求と、見逃す不安との結びつきです。情報環境は、その不安が現れる舞台ではあっても、不安そのものの発生源とは限りません。同じ量の通知を受け取っても、強く反応する人とそうでない人がいるのは、このためかもしれません。

更新を確認する指先の動きの裏には、単に情報が欲しいという以上に、誰かとのつながりを見失いたくないという気持ちが働いていることがあります。これもまた、意志の弱さという言葉だけでは片づけられない部分です。

意志の弱さでも、依存でもなく

ここまで見てきた仕組みを並べてみると、一つのことが見えてきます。

知識の隙間を埋めたいという欲求。予測できない報酬に反応し続ける行動の仕組み。危険の知らせを見逃したくないという傾向。切り替えるたびに削られていく集中力。そして、他者から取り残されたくないという気持ち。これらは、どれも人間が生きていくうえで役に立ってきた働きです。壊れているのでも、弱いのでもありません。

OPEN QUESTION

その一つひとつに狙いを定めて作られているのが、今の通知やフィード、見出しの設計です。ある人が何度もアプリを開いてしまうのは、その人の意志が特別に弱いからではなく、こうした仕組みと設計が、狙い通りにかみ合っているからだと考えるほうが、実際の状況に近いのかもしれません。もっとも、それぞれの設計が「意図的に注意を奪うため」だけに作られているのか、それとも便利さを追求した結果として意図せずそうなっている部分もあるのかは、企業の内部設計に関わることも多く、外から一律に線を引くのは難しいところが残っています。

だからといって、この状態をそのまま受け入れなければならない、という話でもありません。理由が分かれば、通知の頻度を見直す、アプリを開く前に何を確かめたいのかを一度考える、というように、対処のしかたを選べるようになります。大切なのは、注意が引きつけられ続けることを、自分の意志の弱さの証拠として抱え込まないことです。

「気にしすぎ」でも「だらしない」でもなく、知りたいという欲求と、予測できない報酬への反応と、危険を見逃したくない傾向と、他者とのつながりを求める気持ちが、たまたま今の情報環境と噛み合っている。そう理解するだけでも、通知を開くたびに自分を責めるところから、少し距離を取れるようになるかもしれません。

情報だけが、私たちの一日を埋めているわけではありません。次にどの服を選ぶか、何を食べるか、誰と会うか、どの仕事を先にするか。私たちの前には、情報と同じくらい、あるいはそれ以上に多くの選択肢が並んでいます。

選べることは、本来なら自由なはずです。それなのに、選択肢が増えるほど、決めることが難しくなる。そんな感覚に覚えはないでしょうか。

参考文献

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