07 いまを生きる

つながっているのに、 なぜ孤独なのか

通知は届き、やり取りもできるのに、ふと分かってもらえていないと感じる。社会的孤立と孤独感の違い、情緒的孤立と社会的孤立という二種類の孤独、孤独が危険信号として働く仕組み、誰かの役に立てる感覚、オンラインのつながり方の違いから、つながりの多さと孤独感が食い違う理由をたどります。

通知は絶えず届く。グループチャットは動き続けている。友人や同僚とのやり取りも、思い立てばすぐにできる。それなのに、ふとした瞬間に、誰にも本当には分かってもらえていない、という感覚に包まれることがあります。

第84章では、数字を介した比較が、時に自分と誰かを隔てる壁のように感じられることを見てきました。多くの人とつながり、多くの数字に囲まれているはずなのに、なぜか一人でいるときよりも、心細さを感じることがあります。

一人で夕食をとる時間が心地よい人もいれば、大勢の集まりの中にいても、居場所のなさを感じる人もいます。一人でいることと、孤独を感じることは、同じことなのでしょうか。それとも、何かが違うのでしょうか。

かつては、身近な家族や地域の共同体との関わりが、人間関係のほとんどを占めていました。今は、遠く離れた相手ともいつでも連絡が取れ、知らない誰かの投稿にも日常的に触れています。関わる相手の数そのものは、昔よりも増えているはずです。それなのに、孤独を感じる人が減っているようには見えません。むしろ、つながる手段が増えたことと、孤独を感じにくくなることは、必ずしも同じ方向を向いていないようです。この章では、つながりの多さと孤独感が、なぜ食い違うことがあるのかをたどっていきます。

一人でいることと、孤独を感じることの違い

心理学の研究では、「社会的孤立」と「孤独感」は、はっきりと別の概念として扱われています。

社会的孤立とは、実際に人との接触が少ない、客観的に測定できる状態を指します。連絡を取る相手の数、会う頻度、参加している集まりの数など、外側から数えられるものです。一方、孤独感とは、自分の人間関係の量や質が、自分の望む水準に足りていないという、主観的な感覚を指します。「理解してもらえている」「安心して頼れる」という感覚が、この主観的な満足度を大きく左右しています。

この二つは、重なることもあれば、重ならないこともあります。人との接触が少なくても、それを自分で選び、満足している人は、社会的には孤立していても孤独ではありません。反対に、大勢の人に囲まれ、頻繁に連絡を取り合っていても、心の底では分かり合えていないと感じている人は、孤立していなくても孤独です。複数の調査で、孤独を強く感じている人のうち、客観的には孤立していない人が一定数含まれることが示されています。

たとえば、休日に一人で映画を観たり、趣味に没頭したりする時間を、心から楽しめる人がいます。この人にとって、一人でいることは自分で選んだ心地よい時間であり、孤独感とは結びつきません。一方で、パーティーや飲み会の輪の中にいながら、誰も自分のことを本当には理解していないと感じ、強い孤独を覚える人もいます。同じ「一人かどうか」という状態が、まったく違う心の体験につながっているのです。

一人暮らしを始めたばかりの人が、静かな部屋を心地よく感じることもあれば、家族と同居していても、会話がすれ違い続け、孤独感を募らせることもあります。周囲に人がいるかどうかという外側の条件と、その中で安心してつながれているかという内側の感覚は、別々に動いているのです。

数字の上でのつながりの多さは、孤独感の有無を保証しません。フォロワーの数や友人の数がどれだけ多くても、それだけでは、心細さが消えるとは限らないのです。

二種類の孤独:誰といるかより、誰とどうつながっているか

孤独という一つの言葉の中にも、質の違う体験が含まれていることがあります。

心理学者ロバート・ワイスは1973年、孤独を大きく二つの種類に分けて説明しました。一つは「情緒的孤立」で、これは配偶者や恋人、親しい家族といった、心から頼れる一対一の親密な絆が欠けているときに生じます。もう一つは「社会的孤立」で、これは友人の輪や、所属する集団といった、広がりのある社会的なつながりが欠けているときに生じます。

ワイスの理論では、この二つの孤独は、それぞれ違う形で埋め合わされると考えられています。友人がたくさんいても、心から頼れる一人がいなければ、情緒的な孤立感は埋まりません。反対に、深く信頼できる相手が一人いても、より広い社会とのつながりが薄ければ、社会的な孤立感は残ります。片方だけを増やしても、もう片方の孤独は解消されない、ということです。

この分類は、発表から半世紀近く経った今も、多くの研究で確認され続けています。情緒的孤立を強く感じている人は、周囲への警戒心や過敏さが強まりやすく、社会的孤立を強く感じている人は、退屈さや疎外感、周囲から取り残されているという感覚を抱きやすいことが分かっています。二つの孤独は、感じ方そのものが異なるのです。大学の寮に住む学生を対象にした調査でも、この二つの孤独が、それぞれ異なる人間関係のパターンと結びついていることが確認されています。

たくさんの知り合いに囲まれているのに、なぜか物足りなさを感じるとき。その正体は、知り合いの数の少なさではなく、心から頼れる一対一の関係が足りていないことにあるのかもしれません。反対に、パートナーや家族とは深くつながっていても、社会とのつながりが薄いと感じるとき。それは、より広いネットワークへの所属感が足りていないことのあらわれかもしれません。

どちらの孤独にも共通しているのは、「理解してもらえている」という実感の有無です。表面的な会話を交わす相手が何人いても、自分の考えや状況を分かってもらえているという手応えがなければ、そこに安心は生まれません。人数の多さと、理解し合えているという実感は、必ずしも比例しないのです。

四方八方に伸びる無数の細い光の糸と、途中で途切れた一本の太い金の糸を通じて、広く浅いつながりと深く狭いつながりの違いを象徴的に表現したイメージ

なぜ孤独は、「危険」のように感じられるのか

孤独は、単なる寂しさとは違う、切迫した感覚を伴うことがあります。心臓がざわつくような、居ても立ってもいられないような感覚を覚えたことがある人もいるかもしれません。なぜ、そこまで強く感じられるのでしょうか。

心理学者ジョン・カシオッポとルイーズ・ホークリーは2009年、孤独の働きを進化的な観点から説明する理論を発表しました。この理論によれば、孤独は、集団から外れかけていることを知らせる、警告のような信号として機能してきたと考えられます。人類の歴史の大部分において、集団から孤立することは、外敵や飢えに対して無防備になることを意味し、生き延びるうえで大きな不利益につながっていました。

EVIDENCE

この理論を裏づけるように、孤独を強く感じている人ほど、周囲の社会的な出来事に対して過敏に反応しやすく、否定的な出来事を実際よりも脅威として受け取りやすいことが、複数の実験で確認されています。孤独は、心を落ち着かなくさせ、周囲への警戒を強めることで、再びつながりを取り戻そうとする働きを持っているのです。

これは、第43章で見てきた、危険を見逃したくないという注意の働きとも重なる部分があります。空腹が食事を、渇きが水分を求めさせるのと同じように、孤独は他者とのつながりを求めさせる、生存に根差した信号だと考えられているのです。

ただ、この警戒心そのものが、かえって孤独を長引かせてしまうこともあります。周囲を脅威として捉えやすくなっていると、相手のちょっとした素っ気なさを、拒絶のサインとして受け取ってしまいやすくなります。誘いを一度断られただけで「もう誘われないだろう」と決めつけたり、既読のまま返信が来ないことを、実際以上に否定的な意味で受け取ったりすることが起こりやすくなるのです。その結果、本当はつながれるはずの相手からも、無意識のうちに距離を取ってしまうことがあります。孤独を癒そうとする働きが、皮肉にも孤独を深める方向に働いてしまうことがある、というのは、覚えておく価値のある点です。

自分が誰かの役に立てるという感覚

孤独感には、気にかけてもらえているかどうかだけでなく、もう一つ別の側面が関わっています。

心理学者モリス・ローゼンバーグとクレア・マカロウは1981年、人が「自分は誰かにとって重要な存在だ」と感じる感覚を「マタリング」と呼び、研究の対象としました。この感覚には、二つの側面があります。一つは、誰かに気にかけてもらえている、注目してもらえているという側面。もう一つは、自分もまた誰かの役に立てている、頼りにされているという側面です。

この二つ目の側面は、見過ごされやすいものです。誰かに助けてもらうことは、支えられている実感を与えてくれますが、誰にも頼られず、誰の役にも立てていないと感じる状態は、それとは違う種類の孤独感を生み出します。相談を持ちかけられる、頼み事をされる、誰かの力になれたと実感する。こうした経験が乏しいと、たとえ周囲に人がいても、自分の存在が誰にとっても必要とされていないように感じられてしまうことがあります。

研究では、この「役に立てている」という感覚が乏しい状態は、気分の落ち込みや心理的な苦痛と結びつきやすいことも示されています。周囲から大切にされているという感覚だけでは足りず、自分もまた誰かにとって欠かせない存在であるという実感が、心の安定にとって重要な役割を果たしているようです。

マタリングの感覚は、家族の中での役割や、職場での立場が変わるときにも揺らぎやすいことが分かっています。子どもが独立したあとの親、定年退職後の人、転職や引っ越しで環境が変わった人など、それまで自然と担っていた役割を失ったとき、周囲に人がいても、急に自分の存在意義が見えにくくなることがあります。育児や介護が一段落したあとに、ふと訪れる寂しさの背景にも、こうした役割の変化が関わっていることがあります。

助けを求められることは、負担であると同時に、自分が誰かにとって意味のある存在だという感覚を支える働きも持っています。誰かに頼られることを避け続けていると、気づかないうちに、自分の孤独を深めてしまっている場合があるのかもしれません。

向き合う二つの人物シルエットの片方が差し伸べた手から、相手へ金色の光が流れ込む様子を通じて、誰かの役に立てることが孤独を和らげる様子を象徴的に表現したイメージ

オンラインのつながりは、孤独を癒すのか

現代の人間関係の多くは、画面を介したやり取りに支えられています。このつながり方は、孤独感にどう影響しているのでしょうか。

2022年に発表された、82件の研究、9万人近くを対象にしたメタ分析では、SNSの使い方によって、孤独感との関係が異なることが示されました。他人の投稿を眺めるだけの受け身な使い方は、孤独感と弱いながらも一貫した関連が見られました。一方、コメントを送ったり、メッセージをやり取りしたりする能動的な使い方については、孤独感とのはっきりとした関連は確認されませんでした。

OPEN QUESTION

この結果は、「SNSが孤独の原因だ」とも「SNSは孤独と無関係だ」とも単純には言い切れないことを示しています。同じ画面の中でも、他人の生活を一方的に眺め続ける時間と、実際に言葉を交わし合う時間とでは、心に残るものが違うようです。眺めるだけの時間は、他人の生活と自分を比べる材料を増やす一方で、実際のやり取りが持つ、頼ったり頼られたりする感覚をもたらしにくいのかもしれません。

これは、第84章で見た数字の比較の話ともつながります。他人の投稿を眺めているとき、私たちはしばしば、相手の生活の一部分だけを切り取った断面と、自分の日常全体とを比べてしまいます。実際にやり取りを交わす関係では起こりにくいこの比較が、受け身な使い方に特有の負担を生んでいるのかもしれません。

つながりの形が変わったことは、孤独の感じ方そのものにも影響しています。アメリカで発表された報告では、友人と直接顔を合わせて過ごす時間が、2003年から2020年にかけて、月あたり20時間ほど減少してきたことも示されています。オンラインでのやり取りが増える一方で、実際に顔を合わせて過ごす時間そのものは、静かに減り続けているようです。誰と、どれだけの時間を、どのように過ごすか。その組み合わせが、以前とは違う形に変わりつつあることも、背景として押さえておく価値がありそうです。

孤独は、一人の時間の量では測れない

ここまで見てきた内容を並べてみると、孤独は、一人でいる時間の長さだけでは説明できないことが分かります。

社会的孤立と孤独感は別のものであり、情緒的なつながりと社会的なつながりも、別々に満たされる必要があります。孤独が強く感じられる背景には、それを危険信号として扱う仕組みが働いており、その警戒心自体が、かえって孤独を長引かせることもあります。そして、気にかけてもらえることだけでなく、自分もまた誰かの役に立てているという感覚も、孤独感を左右しています。オンラインでのつながり方一つをとっても、受け身に眺めるか、実際にやり取りするかで、心への影響は違ってくるようです。

つながりの数を増やすことだけが、孤独への対処ではありません。心から頼れる相手が一人いるか。広いネットワークへの所属感はあるか。誰かに頼られる機会はあるか。こうした、数では測りにくい部分に目を向けることのほうが、実際には孤独感の正体に近づく手がかりになりそうです。

友人の数を増やそうと焦ったり、SNSでのやり取りを無理に増やしたりすることが、必ずしも孤独感を軽くするとは限りません。むしろ、今すでにある関係の中で、心から頼れる相手はいるか、誰かに頼られる場面はあるかを、一度振り返ってみることのほうが、遠回りに見えて近道になることがあります。孤独を、自分の魅力のなさや、努力不足の証拠として受け取る必要はありません。それは、つながりの質と役割のバランスが、今の暮らしの形とうまく噛み合っていないだけなのかもしれないのです。

多くの人とつながっていても、休まらない毎日を送っている人は少なくありません。つながりを保ち、評価を意識し続ける暮らしの中で、休むことそのものが、なぜこんなにも難しくなってしまったのでしょうか。

参考文献

  1. Weiss RS. Loneliness: The Experience of Emotional and Social Isolation. MIT Press; 1973.
  2. Cacioppo JT, Hawkley LC. Perceived social isolation and cognition.
    Trends in Cognitive Sciences. 2009;13(10):447–454.
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  3. Rosenberg M, McCullough BC. Mattering: Inferred significance and mental health among adolescents.
    Research in Community and Mental Health. 1981;2:163–182.
  4. Zhang R, et al. Social Networking Site Use and Loneliness: A Meta-Analysis.
    The Journal of Psychology. 2022;156(7):492–511.
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  5. Office of the Surgeon General (OSG). Our Epidemic of Loneliness and Isolation: The U.S. Surgeon General’s Advisory on the Healing Effects of Social Connection and Community. US Department of Health and Human Services; 2023.
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