03 からだと心
なぜ、 同じ考えが何度も戻ってくるのか
布団に入ってから、何度も同じ場面を思い出してしまう。まだ起きていないことを、何度も先回りして心配してしまう。持続認知・反すう・心配・侵入思考という視点から、同じ考えが繰り返し戻ってくる理由をたどります。
布団に入った瞬間、昼間のやり取りが、また頭の中で再生される。
言い返せなかった一言、相手の表情、その場の空気。何度も同じ場面を繰り返しているうちに、時間だけが過ぎていく。
まだ起きてもいない明日の心配が、頭から離れないこともある。何度も先回りして考え、何度も同じ結論にたどり着き、それでも考えることをやめられない。
危険はもうそこにない。相手も、その場面も、目の前にはない。それなのに、なぜ同じ考えだけが、繰り返し戻ってくるのでしょうか。
考えることは、終わっていないことの続きかもしれない
皿を洗っているとき、電車に揺られているとき、シャワーを浴びているとき。手も身体も別のことをしているのに、頭の中だけが同じ場所を巡り続けていることがあります。
第39章と第40章では、危険が去ったあとも身体が反応を終えられないことをたどりました。第41章では、過去の記憶が消えることなく、今の反応の中に織り込まれ続けていることを見ました。
ここで、もう一つ確かめておきたいことがあります。
身体を動かしていなくても、実際には何も起きていなくても、ただ「考えている」というそれだけの行為が、身体をまだ働かせ続けてしまうことがあるのでしょうか。
身体は、考えているだけでも「まだ終わっていない」と扱う
この問いに、一つの答えを示している考え方があります。
心理学者のヨス・ブロショットたちは、ひとつあるいは複数のストレッサーについての認知的な表象が、繰り返し、あるいは慢性的に活性化され続ける状態を「持続認知」と名づけました。ここでいうストレッサーは、実際に今起きている必要はありません。まだ起きていないことでも、もう二度と起きないことでも、心の中で活性化され続けることがあります。
これまでの身体とストレスに関する研究は、出来事そのものが起きているあいだの反応には目を向けてきました。ただ、出来事の前や後に起きていること、つまり「考え続けること」そのものが持つ影響には、十分な注意が向けられてきませんでした。
危険が実際に去ったとしても、その出来事について考え続けているあいだ、身体はその考えに応じて働き続けます。心拍も、呼吸も、ホルモンの調整も、まるでその出来事がまだ続いているかのように動き続けるのです。
眠れない夜も、集中できない日中も、その一部は、身体そのものの不調ではなく、考え続けることによって、身体がまだ「対応中」だと扱われ続けている結果なのかもしれません。

繰り返し考えることは、必ずしも答えに近づいているわけではない
過去の出来事を、何度も何度も振り返ってしまうことがあります。
心理学者のスーザン・ノーレン・ホークセマは、こうした振り返りを「反すう」と名づけ、気分が落ち込んだときの原因や結果、そのときの症状について、繰り返し考え続けることだと説明しました。同じ落ち込みへの反応として、気をそらす方法をとる人もいれば、繰り返し考え続ける方法をとる人もいます。
その後の研究の積み重ねから分かってきたのは、反すうが必ずしも問題の解決へ近づく作業ではない、ということです。反すうは気分の落ち込みを強め、否定的な考え方をより強固にし、実際に問題へ取り組む行動を妨げ、周囲からの助けを遠ざけてしまう傾向があります。
考え続けることは、一見、真剣に向き合っているように感じられます。ただ、その向き合い方が、同じ場所をぐるぐると回るだけで、次の一歩にはつながっていないことがあるのです。
ただし、ここは単純化しすぎないよう注意が必要です。反すうは、気分の落ち込みが「始まる」ことをより強く予測する一方で、その落ち込みが「どれだけ長く続くか」については、他の要因と組み合わさって初めて影響することも分かってきています。反すうさえやめれば全てが解決する、という単純な話ではありません。
心配は、なぜやめられないのか
反すうが過去へ向かうのに対して、心配はまだ起きていない未来へ向かいます。そして、心配には反すうとは違う、独特の粘り強さがあります。
心理学者のトーマス・ボーコビックは、慢性的な不安を抱える人たちに、日々の心配を記録してもらう研究を重ねてきました。心配していたことが実際にどんな結果になったか、そして自分がそれにどう対処できたかを追ってもらったのです。
EVIDENCE
その結果は、多くの人の実感とは違うものでした。心配していたことの大半は、良い結果に終わっていました。そして、たとえ悪いことが起きたとしても、本人が思っていたよりずっとうまく対処できていました。
ここに、心配がやめられない理由が隠れています。
心配した直後に、悪いことが起きない。この経験が繰り返されるたびに、「心配したから防げたのだ」という感覚が、静かに強められていきます。実際には、多くの場合、その出来事はもともと起きなかっただけなのに、心配することと悪いことが起きないことが、頭の中で結びついてしまうのです。
もう一つ、見過ごせない働きがあります。心配は、はっきりとした映像として頭に浮かぶというより、言葉として頭の中を巡ることの方が多いという特徴があります。この言葉としての巡りが、生々しいイメージや、それに伴う身体の反応そのものを、静かに抑え込んでしまうことがあります。
第41章で見た通り、恐怖と向き合い、それが安全だと学び直すためには、感情がしっかりと動く体験が必要でした。ところが、心配は言葉だけで先回りし続けることによって、その感情が動く体験そのものを避け続けてしまいます。
新しい安全の記憶が育つはずだった機会が、心配そのものによって、静かに奪われ続けているのかもしれません。

考えないようにすることが、なぜ思い出させてしまうのか
それなら、いっそ考えないようにすればいい。そう思うかもしれません。
ただ、これもまた、思うようにはいきません。
心理学者のダニエル・ウェグナーが行った実験では、参加者に「白い熊のことを考えないように」と指示し、頭に浮かんでしまったらベルを鳴らすよう求めました。結果、参加者は指示された通りに考えないでいることができませんでした。さらに、その後「今度は白い熊について自由に考えてください」と言われた参加者は、最初から白い熊について考えるよう言われていた参加者よりも、はるかに多く白い熊について考えていました。
抑え込もうとしたことが、あとになって、かえって強く戻ってきてしまったのです。
この現象は、二つの働きが同時に起きているためだと考えられています。ひとつは、その考えを遠ざけようとする意図的な働き。もうひとつは、その意図がうまくいっているかどうかを、無意識のうちに確かめ続ける働きです。確かめるためには、確かめたい対象、つまりその考え自体を、一度心に呼び出さなければなりません。遠ざけようとする働きそのものが、皮肉にも、その考えを何度も呼び戻す仕組みを含んでいるのです。
OPEN QUESTION
ただし、ここは慎重に受け取っておきたい部分でもあります。実験室での効果は繰り返し確認されている一方、この仕組みが実際の強迫的な症状や恐怖症をどれほど引き起こしているのかは、まだ十分には分かっていません。「考えないようにするとかえって思い出す」という現象自体は確かでも、それをすべての生きづらさの原因だと決めつけることはできません。
同じ考えが戻ってくることは、意志の弱さではない
過去を何度も振り返る反すう。まだ起きていないことを何度も先回りする心配。考えまいとして、かえって強く戻ってくる侵入的な思考。
呼び名も、向いている方向も、それぞれ違います。ただ、その根には共通する一つの姿があるようです。
ストレッサーについての考えが、繰り返し心の中で活性化され続けている。そのあいだ、身体は、その出来事がまだ終わっていないかのように働き続けています。
「また同じことを考えてしまった」「なぜ止められないのだろう」。そう感じるとき、そこにあるのは、意志の弱さではありません。
身体と心が、まだ何かに対応し続けている、その途中の状態なのです。
では、この考えごとは、なぜ他のことに集中しようとする力まで奪ってしまうのでしょうか。
参考文献
-
Brosschot JF, Gerin W, Thayer JF. The perseverative cognition hypothesis: a review of worry, prolonged stress-related physiological activation, and health.
Journal of Psychosomatic Research. 2006;60(2):113–124.
PubMed -
Nolen-Hoeksema S, Wisco BE, Lyubomirsky S. Rethinking rumination.
Perspectives on Psychological Science. 2008;3(5):400–424.
PubMed -
Borkovec TD. The nature, functions, and origins of worry. In: Davey G, Tallis F, eds.
Worrying: Perspectives on Theory, Assessment and Treatment. Chichester: John Wiley & Sons; 1994:5–33. -
Wegner DM, Schneider DJ, Carter SR, White TL. Paradoxical effects of thought suppression.
Journal of Personality and Social Psychology. 1987;53(1):5–13.
PubMed