05 問いと哲学
正しいとは、 誰が決めるのか
法律、常識、多数派、結果、動機。何が正しいかを、私たちは何によって判断しているのでしょうか。ミルの結果を重視する立場、カントの原則を重視する立場、そしてギリガンが指摘した関係を重視する声から、一つの日常場面を通して、複数の倫理的視点を見ていきます。
友人が、明らかに似合っていない服を着て「どう見える?」と聞いてきたとき。正直に「あまり似合っていない」と答えるべきか、「似合っている」と伝えて安心させるべきか。多くの人が、一度は迷ったことのある場面だと思います。
前章では、経験・証言・権威・証拠・理屈が、知識をどう支えているのかを見てきました。この章で見ていくのは、また別の種類の問いです。法律、常識、多数派の意見、結果、動機。私たちが「これは正しい」と判断するとき、その正しさは、いったい何によって決まっているのでしょうか。
結果を見て決める、という考え方
この「似合っていない服」の場面を、結果だけに注目して考えてみます。正直に伝えれば、友人は一時的に傷つくかもしれませんが、後で恥ずかしい思いをせずに済みます。噓をつけば、その場は丸く収まりますが、友人はそのまま出かけてしまうかもしれません。
哲学者ジョン・スチュアート・ミルは、19世紀、行為の正しさを、その行為が生み出す結果によって判断するべきだという考え方を示しました。関わる人たち全体の幸福を、できるだけ増やし、苦しみをできるだけ減らす行為が、正しい行為だという考え方です。この立場に立てば、正直に伝えることが、長い目で見て友人のためになるなら、それが正しい選択になります。

動機と原則から決める、という考え方
同じ場面を、まったく違う角度から見た人もいます。哲学者イマヌエル・カントは、行為の正しさは、それがもたらす結果ではなく、その行為の背後にある原則によって決まると考えました。
カントの考え方の中心にあるのは、「自分がしようとしている行動の原則を、誰もがいつでも従うべき普遍的なルールにできるかどうか」という問いです。「都合が悪いときは噓をついてもよい」という原則を、誰もが従うべきルールにできるでしょうか。もしそうなれば、誰も他人の言葉を信じられなくなってしまいます。カントの立場に立てば、結果がどうなるかにかかわらず、噓をつくこと自体が、原則として成り立たない行為だということになります。
同じ場面に対して、結果を重視する立場と、原則を重視する立場は、まったく違う答えにたどり着くことがあるのです。
「関係」から見えてくる、また別の答え
ただ、この場面をよく考えてみると、結果でも原則でもない、もう一つの視点が浮かび上がってきます。目の前にいるのは、抽象的な「誰か」ではなく、これまで積み重ねてきた関係のある、具体的なその友人です。
心理学者キャロル・ギリガンは、1982年、道徳的な判断を研究する中で、ある違和感を指摘しました。当時広く使われていた道徳性の発達モデルは、権利や公正さといった、普遍的なルールに基づいた判断を、もっとも成熟した道徳性として位置づけていました。しかし、ギリガンが実際に人々の語りに耳を傾けると、ルールや原則だけでなく、目の前の相手との関係や、その人が今どんな状況に置かれているかを重視する、もう一つの声が聞こえてきました。
この視点に立つと、「似合っていない服」への答えは、ルールでも計算でもなく、「この友人は今、何を必要としているだろうか」という問いから導かれます。励ましを必要としているのか、率直な意見を必要としているのか。関係の中でしか見えてこない正しさが、そこにはあります。

OPEN QUESTION
ギリガンは当初、この「関係を重視する声」を、女性に特徴的な傾向として位置づけました。ただし、その後の研究では、この見方には異論も出されています。関係を重視する視点自体は、性別を問わず誰もが持ちうるものであり、単純に「女性はケア、男性は公正」と二分できるわけではない、という指摘です。この点については、今も研究者の間で議論が続いています。
誰か一人の答えに、飛びつく前に
同じ一つの場面に対して、結果を見る人、原則を見る人、関係を見る人は、それぞれ違う答えにたどり着くことがあります。どの視点も、それなりの理屈を持っていて、簡単にどれかが間違っているとは言い切れません。
私たちは日常の中で、こうした複数の視点を、無意識のうちに切り替えながら生きています。法律に従うべきだと感じる場面もあれば、法律よりもその場の関係を優先したくなる場面もあります。多数派の常識に従いたくなる場面もあれば、多数派に逆らってでも、自分の原則を貫きたくなる場面もあります。
「正しさ」を、たった一つの物差しだけで測ろうとすると、かえって見えなくなるものがあるのかもしれません。
こうして、何が正しいかを考えてきた私たちは、次に、その判断を下している「自分」自身が、本当に自由に選んでいると言えるのかという問いに向き合うことになります。次の章では、その自由と選択という問いへ近づいてみたいと思います。
参考文献
-
Mill JS.
Utilitarianism.
1861. -
Kant I.
Grounding for the Metaphysics of Morals.
1785. -
Gilligan C.
In a Different Voice: Psychological Theory and Women’s Development.
Harvard University Press; 1982.
本文では、それぞれ異なる時代・異なる立場から提示された倫理的な視点を、優劣をつけずに並べています。ギリガンの当初の主張(関係を重視する声が女性に特徴的であるという点)については、その後の研究で異論が出ていることも明記しています。