05 問いと哲学

答えのない問いと、 どう生きるのか

自由意志も、自己も、意識も、幸福も、意味も、答えは出ませんでした。それでも前提を疑い、他者の視点に立ち、わからなさを抱えながら選び続ける。答えのない問いと生きる姿勢を考えます。

ここまで、自由に選んでいると言えるのか、私はどこまで同じ私なのか、意識とは何なのか、幸せとは何を満たすことなのか、そして人はなぜ意味を求めるのか、という問いを重ねてきました。

どの問いにも、はっきりした結論はありませんでした。哲学的な立場は今も分かれたままで、科学的な検証も、部分的な手がかりを示すにとどまっています。

こうした答えの出ない問いに囲まれたとき、私たちはどう生きていけばいいのでしょうか。

一つの手がかりは、自分の前提を疑い続ける姿勢にあります。

心理学者マーク・リアリーらは、「自分の信念が間違っているかもしれない」とどれだけ認められるかを、知的謙虚さとして測定する研究を行いました。

EVIDENCE

その結果、知的謙虚さが高い人ほど、物事に対する好奇心が強く、曖昧な状況への耐性が高く、独断的な態度が低いことがわかりました。知的謙虚さが高い人は、自分の信念について「絶対に正しい」と言い切ることが少なく、他者が意見を変えたときにも、それを単なる日和見主義だとは決めつけにくい傾向も見られました。

自分の考えが常に正しいとは限らない、という前提に立つこと。それは、自信のなさとは違います。むしろ、新しい情報や、これまで見えていなかった視点を、受け入れる余地を残しておくことです。

もう一つの手がかりは、他者の立場から物事を見ることです。

心理学者アダム・ガリンスキーらの実験では、相手の視点に実際に立って考えることが、単に「偏見を持たないようにしよう」と自分に言い聞かせるよりも、ステレオタイプ的な判断を減らす効果が高いことが示されました。意識的な判断だけでなく、無意識的な反応のレベルでも、この効果は確認されています。

向き合う二つの人影が重なり合う場所に生まれる、共有された理解の光

自分の見え方だけを正しいものとして固定せず、相手の位置から同じ出来事を眺め直してみること。それだけで、見えてくるものが変わることがあります。

そして、もう一つ大切なのが、わからなさをそのまま残しておく力です。

わからない状態は、落ち着かないものです。だからこそ、人は急いで答えを埋めたくなります。誰かの断定的な意見に飛びついたり、単純化された物語にすがったりすることで、その落ち着かなさから逃れようとすることもあります。ですが、急いで埋めた答えが、本当に確かなものだとは限りません。

わからないことを、わからないままに抱えておくこと。それ自体が、一つの力なのだと思います。

では、わからないまま、私たちはただ立ち止まっていればいいのでしょうか。そうではないはずです。

プラグマティズムと呼ばれる哲学の伝統には、可謬主義という考え方があります。自分の信念は常に誤りうるという前提に立ちながらも、今わかっている範囲でもっとも筋の通った答えを暫定的に選び、行動し、後から必要であれば選び直す、という姿勢です。

いくつもの光の点の中から一つに触れ、そっと選び取る手

答えが出るまで動かないのでも、一度決めたことを疑わずに握りしめ続けるのでもありません。今この時点でもっとも納得できる答えを選びながら、それが誤りだとわかったときには、握りしめていた手を開いて、また選び直す。その繰り返しこそが、答えのない問いとともに生きるということなのかもしれません。

現代を生きる私たちにとっても、この姿勢は関わってきます。「答えが出ないなら、考えても仕方がない」と、問い自体を投げ出してしまうことと、「唯一の正解を見つけなければ、前に進んではいけない」と、完璧な答えを求め続けて動けなくなってしまうこと。この二つも、正反対に見えて、どちらも極端です。

前提を疑い、他者の立場から見て、わからなさを残しながら、それでも今わかる範囲で選び、必要なら選び直す。その営みの繰り返しの中に、答えのない問いと共に生きるための、一つの形があるのだと思います。

こうして、自由意志、自己の同一性、意識、幸福、そして人生の意味という、答えの出ない大きな問いを見つめてきた私たちは、次に、こうした問いに対して、人類がどのような物語や象徴を通じて答えを分かち合おうとしてきたのかへと、目を向けていきます。

参考資料

  1. Leary, M. R., Diebels, K. J., Davisson, E. K., Jongman-Sereno, K. P., Isherwood, J. C., Raimi, K. T., Deffler, S. A., & Hoyle, R. H.
    “Cognitive and Interpersonal Features of Intellectual Humility.”
    Personality and Social Psychology Bulletin, 2017.
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  2. Galinsky, A. D., & Moskowitz, G. B.
    “Perspective-taking: Decreasing stereotype expression, stereotype accessibility, and in-group favoritism.”
    Journal of Personality and Social Psychology, 2000.
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