06 物語と祈り

神話は、 何を説明してきたのか

神話は自然現象への未熟な説明だったのか。マリノフスキーの「チャーター」理論と、7000年以上前の海面上昇を伝え続けたアボリジニの物語から、神話の本当の役割を考えます。

前の章では、目に見えないものを他者と共有する力について考えてきました。では、こうして共有された象徴は、どうやって、世界の始まりや、人間がどこから来たのかを語る「神話」という形にまで育っていったのでしょうか。

神話と聞くと、「雷はなぜ鳴るのか」「太陽はなぜ空を渡るのか」といった、自然現象に対する、まだ科学を持たなかった時代の未熟な説明だと考える人も多いかもしれません。この見方は、19世紀の人類学でよく見られたものでした。

ですが、20世紀に入って人類学者ブロニスワフ・マリノフスキーが、トロブリアンド諸島での長期のフィールドワークをもとに、この見方に異を唱えました。

マリノフスキーによれば、神話は「なぜ雷が鳴るのか」を説明するための、科学の代用品ではありません。神話は、その社会の慣習、制度、価値観を正当化する「チャーター(憲章)」として働いている、というのがマリノフスキーの主張です。特に起源神話は、「物事が今どうあるべきか」を、はるか昔の神聖な出来事に結びつけることで、今の社会秩序に権威を与える働きを持っていると考えました。

マリノフスキーが特に注目したのは、トロブリアンド諸島の人々にとって、神話が「昔の面白い話」として語られるのではなく、実際の生活の中で機能し続けているという点でした。たとえば、ある氏族が特定の土地に対して権利を持つ根拠として、その土地に祖先が最初に現れたという神話が持ち出されます。神話は、単なる過去の物語ではなく、現在の土地の所有や氏族間の上下関係を裏づける、生きた社会的な道具として使われていたのです。

一つの古い土台の上に、いくつもの構造の線が現在へ向かって伸びていく構図

この「チャーター」としての神話の働きは、日本の神話にも見ることができます。『古事記』や『日本書紀』に記された天孫降臨の神話では、天照大神が孫の邇邇芸命に「地上へ降り、子々孫々に至るまでこの国を治めよ」と命じ、その子孫が初代天皇になったと語られています。この物語は、単に「昔こういうことがあった」という出来事の記録ではなく、その後の皇統という制度に、神話的な由来と正統性を与える働きを持っていました。

つまり、起源神話が語っているのは、「昔、何が起きたか」だけではなく、「だから今、物事はこうあるべきなのだ」という、現在の秩序への裏づけなのです。

神話には、もう一つ興味深い働きがあります。実際に起きた出来事の記憶そのものを、驚くほど長い間、伝え続けてきたという働きです。

2015年、海洋地理学者パトリック・ナンと言語学者ニコラス・リードは、オーストラリア各地のアボリジニに伝わる21の物語を分析しました。

たとえば、パースの沖合に浮かぶロットネスト島、カーナック島、ガーデン島について、アボリジニの人々には、これらの島がかつて本土と地続きだった頃の物語が伝わっていました。ある物語では、木々が燃え、大地が轟音とともに裂け、そこに海が流れ込んで島々が切り離された、と語られています。研究者たちが、この地域の海底の地形データをもとに計算したところ、この物語が描く状況は、実際に海面がその高さまで上昇していた時期と一致していました。

EVIDENCE

これらの物語の多くは、海面が上昇し、かつて陸地だった場所が海に沈んでいく様子を描いていました。各地の海面上昇のタイミングを示す地質学的なデータと照らし合わせた結果、物語の内容は、約7000年前から、古いものでは1万3000年以上前までの、実際の海面上昇の記録と正確に一致していました。文字を持たない口承の伝統が、これほど長期にわたって、実際に起きた環境の変化を正確に伝え続けていたことになります。

世代を重ねて語り直されるように、少しずつ形を変えながら繰り返される海岸線の光

つまり神話は、社会の秩序を正当化する働きと同時に、実際に起きた出来事の記憶を運び続ける器としても機能してきたのです。

こうして見ると、神話は一つの役割だけを持っていたわけではなさそうです。世界がどう始まったかを語り、自分たちの祖先がどこから来たかを語り、なぜこの土地に住んでいるのかを語り、季節がなぜ巡るのかを語り、生と死の意味を語り、社会の秩序と価値観を語る。神話は、こうした複数の役割を同時に担う、幅の広い営みでした。

季節の巡りを説明する神話もあれば、なぜ人は死ぬのかを説明する神話もあります。なぜある動植物が特別な存在として扱われるのかを語る神話、なぜこの民族とあの民族が親戚なのか、あるいは敵対しているのかを語る神話もあります。同じ社会の中でも、神話は一つではなく、いくつも重なり合いながら、その社会が大切にしている秩序や価値観の全体を、少しずつ異なる角度から語り続けてきました。

ここで、慎重になっておきたいことがあります。神話を「非科学的で価値のないもの」として一括りに切り捨ててしまうことと、逆に「文字通りの歴史的事実だ」として受け止めてしまうこと。この二つも、正反対に見えて、どちらも極端です。神話は、科学的な説明とは異なる仕方で、人間にとって大切な何かを伝え続けてきた営みなのだと思います。

では、こうして語られる物語は、なぜ言葉だけにとどまらず、身体を使う「儀礼」という形として、繰り返されるようになったのでしょうか。

参考資料

  1. Malinowski, B.
    Myth in Primitive Psychology.
    Kegan Paul, Trench, Trubner & Co., 1926.
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  2. Nunn, P. D., & Reid, N. J.
    “Aboriginal Memories of Inundation of the Australian Coast Dating from More than 7000 Years Ago.”
    Australian Geographer, 2015.
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