06 物語と祈り
儀礼は、 なぜ繰り返されるのか
なぜ人は決まった型の行為を繰り返すのか。喪失後の儀礼がコントロール感を取り戻す研究と、火渡り儀礼で心拍が同期する研究から、儀礼が個人と集団にもたらす働きを考えます。
前の章では、神話が世界の始まりや、社会の秩序を語ってきたことを見てきました。では、こうして語られる物語は、なぜ言葉だけにとどまらず、身体を使う「儀礼」という形として、繰り返されるようになったのでしょうか。
儀礼とは、決まった言葉や動作、順序を、特定の場面で繰り返し行う行為のことです。誕生を祝う儀式、成人の通過儀礼、結婚式、葬儀、季節の祭り、収穫の感謝祭。人類のあらゆる社会に、何らかの形の儀礼が存在してきました。
なぜ人は、こうした決まった型を、わざわざ繰り返すのでしょうか。まず、個人が大きな喪失や不確実な状況に直面したときに、儀礼が果たす働きから見ていきます。
2014年、心理学者マイケル・ノートンとフランチェスカ・ジーノは、死別、失恋、宝くじの外れといった、様々な喪失体験の後に、儀礼的な行動がどう作用するかを調べました。
EVIDENCE
3つの実験を通じて、過去に行った儀礼を思い出してもらった参加者や、実際に新しい儀礼を行ってもらった参加者は、そうでない参加者に比べて、悲しみのレベルが低くなることがわかりました。しかも、この効果は「儀礼に効果があると信じているかどうか」とは関係なく現れました。効果を媒介していたのは、儀礼を行うことで取り戻される「コントロール感」でした。何もできないと感じる出来事の中で、決まった手順を自分の手で行うという行為そのものが、状況への働きかけの感覚を取り戻させていたのです。
実験の中では、参加者たちが実際にどんな儀礼を行ったかも記録されています。ある参加者は、失恋した相手との写真をすべて集め、二人が出会った公園まで持って行き、そこで一枚一枚破り捨てたと報告しています。決まった儀式が既に用意されているわけではない、こうした個人的で即興的な行為であっても、悲しみを和らげる効果は変わらず見られました。

これは、なぜ人が変えられない出来事の前で、それでも何らかの儀式的な行動をとらずにいられないのかを説明する手がかりになります。
儀礼にはもう一つ、集団としての結びつきを作る働きもあります。
2011年、認知科学者イヴァナ・コンヴァリンカやディミトリス・クシガラタスらは、スペインの村で毎年行われる火渡り儀礼を対象に、興味深い研究を行いました。
火渡りを行う本人と、それを見守る観客の心拍リズムを同時に測定したところ、火渡りをする人と、その家族や友人など「関係のある観客」との間では、心拍の変動パターンが同期していることがわかりました。一方、その場に居合わせただけの無関係な観客との間には、こうした同期は見られませんでした。
つまり儀礼は、実際に身体を動かして参加する人だけでなく、それを見守る身近な人々の身体までも、生理的なレベルで一つに結びつける働きを持っていたのです。決まった行為を共有の場で行うことが、言葉を交わさなくても、参加者同士のつながりを深める土台になっていたと考えられます。
この火渡り儀礼は、スペインの人口600人ほどの村、サンペドロマンリケで、夏至にあたる6月23日の真夜中に行われます。3000人を収容できる特設の会場に人々が集まり、燃え盛る炭の上を、村人が素足で歩いて渡っていきます。決まった日、決まった時刻、決まった手順で、毎年欠かさず繰り返されてきたこの儀礼が、村の結びつきを支える土台の一つになってきたと考えられます。

こうした働きは、人生の節目にまつわる儀礼にも共通して見られます。誕生を祝う儀式は、新しい命が共同体に迎え入れられたことを示します。成人の通過儀礼は、子どもから大人への役割の移行を、本人にも周囲にも明確にします。結婚式は、二人の関係を、当事者だけでなく共同体全体で確認し合う場になります。季節の祭りや収穫の感謝祭は、自然のリズムと、それに合わせて生きる共同体の営みを、繰り返し結びつけ直す機会になります。
いずれの場面にも共通しているのは、不確実さや変化の大きな節目において、決まった型を繰り返すことが、個人にはコントロール感を、集団には結びつきを、それぞれもたらしてきたという点です。
ここで、慎重になっておきたいことがあります。儀礼を「迷信的で意味のない古い習慣だ」として切り捨ててしまうことと、「決まった手順さえ踏めば、どんな状況も必ず解決する」と過信してしまうこと。この二つも、正反対に見えて、どちらも極端です。儀礼は、状況そのものを変える魔法ではありません。それでも、変えられない現実の中で、自分の手で何かを行い、誰かと共にそれを行うという営みそのものが、人にとって確かな支えになってきたのだと思います。
では、こうした儀礼の中で、人は誰に何を願い、祈るのでしょうか。
参考資料
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Norton, M. I., & Gino, F.
“Rituals Alleviate Grieving for Loved Ones, Lovers, and Lotteries.”
Journal of Experimental Psychology: General, 2014.
論文を確認する -
Konvalinka, I., Xygalatas, D., Bulbulia, J. et al.
“Synchronized arousal between performers and related spectators in a fire-walking ritual.”
Proceedings of the National Academy of Sciences, 2011.
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