07 いまを生きる

便利なのに、 なぜ不安なのか

目の前の危険が減っても、不安が消えないのはなぜか。ガーブナーの「怖い世界症候群」と、不安症の絶対数増加・年齢調整後の安定というデータの対比から、「昔より不安」と断定せずに考えます。

前の章では、時計、工場、都市、そして常時接続という、短期間で作り変えられた現代の環境について見てきました。こうして便利さと安全が大きく増したはずの現代で、なぜ私たちの不安は消えずに残り続けているのでしょうか。

不安には、大きく分けて二つの種類があります。一つは、目の前に迫る危険への反応です。飢えた獣、崖からの転落、腐った食べ物。こうした危険は、今、この瞬間の身体に直接及ぶものでした。もう一つは、まだ起きていない、あるいは遠くにある危険への反応です。来月の収入、遠い国の情勢、これから起きるかもしれない病気。現代の私たちが日々感じている不安の多くは、この二つ目の種類に属しています。

なぜ、目の前に危険がなくても、不安は消えないのでしょうか。その手がかりの一つが、情報の届き方にあります。

通信学者ジョージ・ガーブナーは、1970年代から、テレビをはじめとするメディアへの接触が、人々の世界の見方をどう変えるかを研究しました。ガーブナーが示したのは、暴力や事件の報道に日常的に触れている人ほど、実際の統計上の発生率よりも、自分が犯罪の被害に遭う可能性を過大に見積もる傾向がある、という現象です。この現象は「怖い世界症候群」と呼ばれています。

ガーブナーの研究では、1日4時間以上テレビを視聴する人を「ヘビーユーザー」、それより少ない人を「ライトユーザー」と分類しました。ヘビーユーザーは、「自分が暴力に巻き込まれる可能性はどれくらいあると思うか」という質問に対して、ライトユーザーよりも高い数字を答え、夜に一人で歩くことへの恐怖心も強く示す傾向がありました。同じ現実の中に生きていても、どれだけ多くの「危険を伝える情報」に触れているかによって、世界の見え方そのものが変わってしまうのです。

EVIDENCE

まったく同じ大きさの光が、周囲の密度の違いによって異なる脅威に見える対比

現在では、この現象はテレビだけでなく、ニュースフィードやSNSにも当てはまることが確認されています。目の前で何も起きていなくても、情報を通じて「遠くの危険」が絶えず意識され続ける状態が、日常的に作られているのです。

この「遠くの危険」は、生活のさまざまな領域に及んでいます。

雇用に関しては、今の仕事を失うかもしれない、この先の景気がどうなるかわからないという不安があります。関係については、大切な人との結びつきが失われるかもしれない、信頼していた相手に裏切られるかもしれないという不安があります。健康については、今は症状がなくても、将来病気になるかもしれないという不安があります。災害については、実際に自分の身に起きていなくても、遠くの地震や台風の報道を目にするたびに、同じことが自分にも起こりうると感じる不安があります。そして社会情勢については、直接自分に関わりのない出来事であっても、世界のどこかで起きている対立や混乱が、いつか自分の生活にも及ぶかもしれないという不安があります。

これらはどれも、目の前に実際の危険があるわけではありません。それでも、情報を通じて繰り返し意識させられることで、身体は「今、ここ」に危険があるかのように反応してしまうのです。

ここで、慎重になっておきたいことがあります。「現代人は、昔の人々よりも本質的に不安になりやすくなっている」と、単純に断定することです。

世界保健機関の関連データによれば、2019年までの30年間で、不安症を抱える人の絶対数は50パーセント増加しました。ですが、年齢構成の違いを調整した「年齢調整後の負担率」で見ると、この30年間、比較的安定していたことも、同じ調査で示されています。

OPEN QUESTION

数として大きく広がる光の群れと、その中を貫く変わらない一本の水平な光の線

つまり、「不安を抱える人の数が増えた」という事実と、「一人ひとりが感じる不安の強さが、昔より本質的に増した」という主張は、同じことではありません。絶対数の増加には、単純な人口増加や社会の高齢化といった要因も大きく関わっており、現代人が生まれつき不安になりやすくなったと結論づけるには、まだ十分な根拠がありません。

現代の私たちにとって、この視点は関わってきます。便利さや安全が増えたのだから不安も消えるはずだ、と考えて、消えない不安に戸惑ってしまうことと、不安を感じること自体を「何かがおかしい証拠だ」と捉えてしまうこと。この二つも、正反対に見えて、どちらも極端です。

不安は、目の前に危険がなくても、遠くの危険を知らせる情報によって、今も働き続けている仕組みです。それは、私たちの身体や心が壊れているからではなく、危険を知らせる情報が、かつてなかった速さと量で、日々届き続けているからなのかもしれません。

では、こうして次々に届く情報は、私たちの注意と不安を、どのように変えているのでしょうか。

参考資料

  1. Gerbner, G., & Gross, L.
    “Living with Television: The Violence Profile.”
    Journal of Communication, 1976.
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  2. Yang, X., Fang, Y., Chen, H., Zhang, T., Yin, X., Man, J., Yang, L., & Lu, M.
    “Global, regional and national burden of anxiety disorders from 1990 to 2019: results from the Global Burden of Disease Study 2019.”
    Epidemiology and Psychiatric Sciences, 2021.
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