01 地球と生命

身体の前後は、 どのように生まれたのか

前の旅では、海底に残された移動の跡から、生命が自ら場所を変え始めた歴史をたどりました。身体を縮め、力を伝え、異なる部分の動きをそろえることで、多細胞の身体は一定の方向へ進めるようになります。

一定の方向へ進むとき、身体のすべての場所が同じ役割を持つ必要はありません。進む側は、食べ物や障害物、光や化学物質の変化へ先に触れます。その後ろには、身体を支え、前へ押し出し、取り込んだ物質を運ぶ場所が続きます。

やがて身体には、進む側と、その後に続く側が生まれました。前と後、右と左、外側と内側という位置の違いが、器官を異なる場所へ配置する土台になります。

ただ、前後や左右を持つ身体が、一度の変化によって完成したわけではありません。現在の動物に見られる身体の向きは、古い発生の仕組みが受け継がれ、組み替えられ、ときには失われながら生まれたものです。

進む身体には、前が生まれる

水中や海底を一定の方向へ進む身体では、進行方向に近い場所が、周囲の変化へ最初に触れます。食べ物があるか、進める空間があるか、避けるべきものが近づいているか。その情報を早く受け取れれば、身体全体が到達する前に動きを変えられます。

このことから、方向を持った移動と、身体の前方へ感覚や情報処理を集める変化は、深く関係していた可能性があります。ただし、「移動したから頭が生まれた」という一つの原因だけで説明することはできません。食べ方、暮らす場所、身体の大きさ、移動速度なども、器官の配置へ影響したと考えられます。

前が決まると、身体の反対側には後ろが生まれます。左右へ同じように力を伝えながら進むなら、身体の中央を境にした二つの側も重要になります。さらに、海底へ接する側と、水中へ向く側が分かれれば、上側と下側にも異なる役割が生まれます。

身体の向きは、後から貼られた目印ではありません。どこに感覚器を置き、どこに口を開き、どの方向へ筋肉を並べるかを決める、身体の構造そのものになっていきました。

進む方向が定まると、身体の場所は同じではなくなる。
前と後は、器官をどこへ置くかを分ける最初の地図になった。

左右相称は、左右が同じことなのか

人間の身体を正面から見ると、左右には一つずつ眼があり、耳や腕や脚も、おおよそ対応する位置にあります。身体の中央を通る面で分けたとき、左右が似た形になる構造を左右相称と呼びます。

ただし、左右相称は、身体の内部まで完全に同じであることを意味しません。人間の心臓や肝臓の配置が左右で異なるように、外側の基本形が対応していても、内部の器官は一方へ寄ったり、異なる形を持ったりします。

左右相称の重要な点は、鏡のように完全に同じ形をつくることではなく、身体の前後方向に沿って、左右の動きをそろえやすくすることにあります。左右の筋肉を交互に動かせば、水や海底を後方へ押し、身体を前へ進められます。左右から異なる情報を受け取れば、どちらへ向きを変えるかを調整できます。

南オーストラリアで見つかったイカリアは、約5億5500万年前に生きた、前後と左右を持つ小さな動物だった可能性があります。身体の一端がやや太く、左右に対応する形を持つことから、初期の左右相称動物の候補として報告されました。[1]

前後方向の軸と左右に対応する身体のまとまりを持ち始めた、海底の小さな初期動物

左右相称の動物は、現在では昆虫、軟体動物、環形動物、脊椎動物など、非常に多くの系統に広がっています。その一方で、左右相称は動物の進化における最終形ではありません。たとえば棘皮動物は、幼生期には左右相称を持ちながら、成体では放射状に近い身体へ変わります。

現在の身体の形を、単純なものから複雑なものへ並ぶ階段として見ることはできません。身体の向きも、それぞれの系統が暮らす環境や発生の仕組みに応じて、変化を続けてきたのです。

頭は、なぜ進む側に集まったのか

私たちは、眼や耳や鼻や口が集まる場所を頭と呼びます。その内部には脳があり、周囲から届く情報と身体の動きを結びつけています。

ただ、初期の左右相称動物に、現在の脊椎動物や昆虫と同じ頭があったわけではありません。最初に起きたのは、身体の前方へ、光や化学物質、接触などを受け取る細胞が少しづつ集まる変化だった可能性があります。

前方で得た情報を、その近くで処理できれば、身体の後方まで信号を送ってから判断するよりも早く反応できます。食べ物を見つけて近づく、障害物を避ける、危険から向きを変える。こうした行動の積み重ねの中で、感覚細胞と神経細胞の集中が進んだと考えられています。

海底を移動した痕跡は、身体に進む方向があったことを伝えます。しかし、その動物が何を感じ、どこで情報をまとめていたのかまでは示しません。身体の形と行動は残っても、世界の感じ方までは化石にならないのです。

身体の地図は、発生の中で描かれる

動物の身体は、完成した形のまま親から子へ渡されるわけではありません。一つの受精卵から細胞が増え、その細胞が位置に応じて異なる働きを持つことで、前後や上下、内側と外側が形づくられます。

この過程では、細胞が「身体のどの位置にいるのか」を読み取り、つくる組織を変えます。その位置の違いを調整する仕組みの一つが、Hox遺伝子群です。

多くの左右相称動物では、異なるHox遺伝子が身体の前後に沿って異なる範囲で働きます。それによって、同じように見える細胞の集まりが、身体の位置に応じて異なる構造をつくれるようになります。Hox遺伝子が器官そのものを直接つくるというより、細胞へ位置の違いを与え、そこで働く多くの遺伝子を調整します。[2]

興味深いことに、左右相称動物ではないイソギンチャクにも、Hox遺伝子やWntシグナルを使って身体の軸を分ける仕組みがあります。実験で特定のHox遺伝子の働きを変えると、口側と反口側の形成や、咽頭の発生が乱れることが示されました。[3]

ただし、イソギンチャクの口側と反口側が、左右相称動物の前後のどちらに対応するのかは、単純には決められません。遺伝子の種類や働く場所には共通点がある一方で、発生の仕組みや身体の構造には違いがあります。現在も複数の対応関係が検討されています。[4]

遺伝子は、完成した身体の設計図を一枚の絵として保存しているのではありません。細胞同士が信号を送り、位置と時間に応じて働く遺伝子を変えることで、発生のたびに身体の地図が描き直されます。

身体の前後は、外から刻まれた線ではない。
細胞が位置を読み取り、異なる働きを選ぶ中で生まれる。

口から入り、別の場所から出る

身体に前後が生まれると、食べ物を取り込む場所と、消化したものを排出する場所を分けることも可能になります。

イソギンチャクやクラゲなどの刺胞動物では、一つの開口部が食べ物を取り込む口と、不要なものを外へ出す出口の両方を兼ねます。これに対して、多くの左右相称動物は、口から取り込んだものが消化管を一方向へ進み、別の開口部から排出される通り抜け型の消化管を持ちます。

通り抜け型の消化管では、食べ物を取り込んでいる間にも、別の場所で消化や排出を進められます。消化管の異なる場所へ、取り込み、分解、吸収、排出という役割を分けることもできます。

エディアカラ紀末期のクラウディナ類の化石からは、外側の管の内部を長く通る円筒形の構造が見つかっています。研究では、これを通り抜け型の消化管が保存されたものと解釈しています。ただし、保存過程で生じた別の構造である可能性を完全には除外できません。[5]

前方から取り込まれたものが身体の内部を通り、後方へ運ばれていく初期動物の象徴的な姿

さらに難しいのは、肛門がどのように生まれたのかという問いです。左右相称動物の中にも、口はあっても肛門を持たない系統があります。その一部では、消化管とは別に、生殖細胞を外へ出す開口部があります。

2025年には、クセナコエロモルファと呼ばれる動物群の雄の生殖孔で、ほかの左右相称動物の後腸や肛門形成に関わる遺伝子群が働くことが報告されました。この結果から、後方にあった生殖孔が消化管とつながり、肛門へ変化した可能性が提案されています。[6]

口と出口が分かれたことは、身体の前後に異なる役割を与える大きな変化でした。ただ、それが一度だけ起こり、そのまますべての動物へ受け継がれたとは限りません。開口部は、系統ごとに失われたり、新しくつながったり、別の働きと共有されたりしてきました。

最初の左右相称動物は、どのような姿だったのか

現在の左右相称動物には、数ミリメートルの小さな動物から、巨大なクジラまでが含まれます。殻を持つもの、柔らかな身体を持つもの、脚で歩くもの、ひれで泳ぐもの、地中を進むものもいます。

これほど異なる動物の共通祖先が、どのような姿だったのかは、まだわかっていません。小さく柔らかな身体で海底を這っていた可能性もあれば、水中を泳いでいた可能性もあります。前後や左右、複数の組織、神経、筋肉、消化器官のうち、どこまでを備えていたのかも確定していません。

現生動物の遺伝子を比較すると、身体軸や神経、筋肉、消化管の形成に関わる多くの遺伝子群が、左右相称動物の広い範囲で共有されています。ただし、共通する遺伝子があることと、共通祖先が現在と同じ器官を持っていたことは同じではありません。

古い遺伝子は、異なる系統で異なる器官へ使われることがあります。逆に、似た器官が別々の仕組みから生まれることもあります。遺伝子、発生、化石の証拠を重ねても、最初の左右相称動物を一つの姿へ完全に戻すことはできません。

確かなのは、エディアカラ紀の終わりまでに、前後と左右を持ち、一定の方向へ移動する動物が存在していたことです。その身体では、場所の違いが、働きの違いへ変わり始めていました。

進む側で周囲を受け取り、身体の中央を通して力を伝え、取り込んだ物質を内部で処理する。こうした身体のまとまりは、その後に現れる多様な器官と行動の土台になります。

次の旅へ

前後や左右を持つ身体が生まれ、生命は、異なる場所へ異なる器官を配置できるようになりました。ただ、形を増やすことが、そのまま生き残りを約束したわけではありません。

地球の環境は、生命の身体とは関係なく変化します。海の酸素量や温度が変わり、火山活動や天体衝突によって、生きられる場所そのものが失われることもあります。

多くの系統が消えたあとにも、生命の歴史は完全には途切れませんでした。ただし、それは生命が危機を乗り越えるために進化したからでも、絶滅が新しい生命のために必要だったからでもありません。

次の旅では、地球規模の変化によって多くの生命が失われながら、なぜ一部の系統が残り、その後の世界へ続いたのかをたどります。

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生命は、何度も危機を越えてきた

出典・参考文献

  1. Evans, S. D. et al.(2020) Discovery of the oldest bilaterian from the Ediacaran of South Australia Proceedings of the National Academy of Sciences, 117, 7845–7850.
  2. Finnerty, J. R. et al.(2004) Origins of bilateral symmetry: Hox and Dpp expression in a sea anemone Science, 304, 1335–1337.
  3. DuBuc, T. Q. et al.(2018) Hox and Wnt pattern the primary body axis of an anthozoan cnidarian before gastrulation Nature Communications, 9, 2007.
  4. Lebedeva, T. et al.(2021) Cnidarian-bilaterian comparison reveals the ancestral regulatory logic of the β-catenin-dependent axial patterning Nature Communications, 12, 4032.
  5. Schiffbauer, J. D. et al.(2020) Discovery of bilaterian-type through-guts in cloudinomorphs from the terminal Ediacaran Period Nature Communications, 11, 205.
  6. Andrikou, C. et al.(2025) Molecular evidence from xenacoelomorph gonopore formation supports homology with the bilaterian anus Nature Ecology & Evolution, 9, 2116–2126.