こころが少し軽くなる言葉

あなたは立ち止まってなんかいない

木々に囲まれたゆるやかな坂道の途中に小さな木のベンチがあり、背もたれに淡いグリーンのストールがそっと掛けられている写真風の画像。
木々に囲まれたゆるやかな坂道の途中に小さな木のベンチがあり、背もたれに淡いグリーンのストールがそっと掛けられている写真風の画像。

「停滞は後退なり」という言葉があります。

まわりは進んでいる中で、立ち止まってしまうと後ずさりしているのと同じ。
確かにそう感じる時もあるかも知れません。

でも、個人的には「停滞も前進なり」と考えています。

なぜなら、止まることや休むことは、何もしていないことではないからです。

あなたは立ち止まってなんかいない

あなたも私も、川のように流れる時間の中で生きています。
したがって「いま」というこの瞬間は二度と訪れません。

その時間の中、変化の中を、あなたはずっと生きてきましたよね。
うまく進めていると感じる時もあれば、思うように動けない時もある。
でも、それも含めて、あなたは時間の流れの中をちゃんと生き続けているんです。

人生におけるメンテナンス

どんなに優れたアスリートであっても、永遠に走り続けることは不可能です。
必ず休息を取り、メンテナンスし、栄養を補給して疲労を回復させ、またゆっくりと走り出します。

これは人生においても全く同じです。

ですので、休息を取ることは停滞ではありません。

休息の内容や期間は、状況によって様々です。
趣味などでリフレッシュできる時もあれば、二、三日寝込んだりする時もあります。

時には数週間、数ヶ月、あるいは数年のメンテナンス期間を要することもあります。
だからと言って、それが停滞していることにはなりません。

むしろ、壊れたまま無理をして走り続ける方が、こころにも身体にも大きな負担をかけてしまいます。

私たちは、「休むこと」に対してどこか後ろめたさを感じやすいものです。

まわりが頑張っているように見える。
SNSを見ると、誰かが前に進んでいるように見える。
そんな中で、自分だけが止まっているように感じてしまう。

でも、本当にそうでしょうか。

見えていないだけで、誰にだってメンテナンスの時間はあります。
ただ、それが外からは見えにくいだけです。

メンテナンスの間、あなたはこんなことを思う時もあるでしょう。

「どうしてこうなってしまったんだろうか」
「何がいけなかったんだろうか」
「この先どうすればいいんだろうか」と。

もしかしたら、ただただ自分を責めてしまうかも知れません。

休んでいるだけなのに、
動けないだけなのに、
何も出来ていないように感じてしまうこともあるかも知れません。

でも大丈夫。

休むことは、何もしていないことではありません。
見えないところで、あなたはちゃんと回復しようとしているんです。

立ち止まっているように見える時にも起きていること

私たちは、「目に見える行動」だけを前進だと思ってしまいがちです。

仕事をする。
勉強する。
誰かと会う。
新しいことを始める。
何かを達成する。

そういうものだけが前進に見えます。

でも本当は、それだけではありません。

眠ること。
泣くこと。
考えること。
何もしないで休むこと。
いまの自分の状態を知ろうとすること。

そうしたこともまた、とても大切な営みです。

こころや身体が疲れ切っている時には、まず回復することが必要です。
エネルギーが減っている時に無理やり前に進もうとしても、かえって苦しくなってしまうことがあります。

だからこそ、いまの自分に必要なのが休息なら、それを受け入れることはとても大切なんです。

休んでいる間も、時間は流れています。
あなたの細胞は働いています。
身体は回復しようとしています。
こころもまた、自分を守ろうとしています。

何も起きていないようでいて、実際にはいろいろなことが起きているんです。

いまこの瞬間

あなたも私も、時間の流れの中で、瞬間瞬間を生きています。

楽しいと思ったこの瞬間と全く同じ瞬間は二度と訪れないのと同じように、不安にさいなまれて苦しんでいるこの瞬間も、二度と訪れないんです。

これは、「だから我慢しよう」という意味ではありません。
「ずっとこのままではない」ということです。

どれだけ苦しい時間であっても、その瞬間は流れていきます。
そして、その次の瞬間があります。

いまこの瞬間よりも少しだけこころが休まるように
いまこの瞬間よりも少しだけ自分を認められるように
いまこの瞬間よりも少しだけ自分を受け入れられるように

そのために、しっかりと休息を取り、メンテナンスし、栄養を補給しましょう。

時間がかかってもいいんです。

すぐに元気になれなくてもいい。
すぐに前向きになれなくてもいい。
すぐに答えが出なくてもいいんです。

大切なのは、「いまの自分に必要なことは何か」を少しずつ感じ取っていくことです。

それは、温かい飲み物を飲むことかも知れません。
少し眠ることかも知れません。
ひとりになれる時間を持つことかも知れません。
誰かに話を聴いてもらうことかも知れません。

大きなことでなくてもいいんです。
ほんの少しでも、自分を休ませる方向へ意識を向けてあげてください。

自分を責めるより、自分を整える

苦しくなると、私たちはつい
「もっと頑張らなきゃ」
「こんな自分じゃダメだ」
「早く元に戻らなきゃ」
と思ってしまいます。

でも、そうやって自分を追い込めば追い込むほど、こころはますます固くなってしまいます。

必要なのは、自分を責めることではなく、自分を整えることです。

いま疲れているなら、疲れていると認める。
いま苦しいなら、苦しいと認める。
いま動けないなら、動けない自分を否定しすぎない。

そうして自分の状態を知ることは、甘えではありません。
それは、自分を見捨てないということです。

私たちは、つい出来ていないことばかりに目を向けてしまいます。
でも、今日ここまで生きてきたこと。
苦しい中でもここにいること。
それ自体が、もう十分に意味のあることなんです。

あなたは立ち止まってなんかいない

自分を受け止め、いまこの瞬間のあなたを、あなた自身が知ることができれば、それはすでに後退ではなく前進です。

なぜなら、自分を知ることは、自分を整えることにつながるからです。
そして、自分を整えることは、また歩き出すための大切な準備だからです。

私たちは、前に進むことばかりを「価値があること」だと思いがちです。

でも本当は、
休むことにも価値があります。
立ち止まることにも意味があります。
動けない時間にだって、ちゃんと意味があります。

その時間があるからこそ、また次の瞬間へつながっていくんです。

だから、いまのあなたが休んでいたとしても、
立ち止まっているように感じていたとしても、
それは決して後退ではありません。

あなたは、あなたなりに生きています。
あなたは、あなたなりに耐えています。
あなたは、あなたなりに整えようとしています。

それは、十分に前進です。

あなたしか知らないあなたを、精一杯愛しましょう。

そして、いまはただ、
次の瞬間のために、
少しでもこころと身体を休ませてあげてください。

焦らなくて大丈夫です。
時間がかかっても大丈夫です。

あなたは、立ち止まってなんかいないんです。