02 人類

私たちにつながる身体は、 どのように生まれたのか

背骨、ひれから続く四肢、乳による養育、枝をつかむ手と前方を見る眼。人間の身体が、人類以前の生命史から受け継いだ構造をたどります。

私たちは、腕を伸ばして物をつかみ、足で身体を支え、二つの眼で距離を捉えます。

背中には身体を支える軸があり、腕や脚の中には、いくつもの骨と関節が並んでいます。生まれたばかりの子どもは、自分だけでは食べ物を得られず、親の身体からつくられる乳によって育ちます。

こうした特徴を見ると、どれも人間のためにつくられた身体のように感じられるかもしれません。

ただ、背骨も、腕も、脚も、指も、乳も、前方を向く眼も、人類が現れたときに初めて生まれたものではありません。

それぞれは、人間とは異なる生物が、異なる環境を生きる中で形づくられてきたものです。人類は、その長い歴史の途中に現れ、すでに存在していた構造を受け継ぎました。

私たちの身体は、どれほど遠い生命の歴史とつながっているのでしょう。

身体を貫く軸は、海の中で生まれた

背中へ手を回すと、中心に硬い骨の並びを感じます。

脊柱は身体を支え、頭部と胴体をつなぎ、その内側では脊髄を守っています。ただ、脊椎動物へ続く古い身体に、現在と同じ骨の背骨が初めから完成していたわけではありません。

脊椎動物を含む脊索動物には、身体の前後方向へ伸びる脊索という構造があります。

脊索は、硬い骨ではありません。内側の圧力と外側の丈夫な膜によって形を保つ、しなやかな軸です。身体の左右にある筋肉が交互に縮んでも、胴体が押しつぶされることを抑え、力を曲げる動きへ変えます。

その背側には神経管が通り、周囲には分節した筋肉が並びます。身体を貫く軸と、軸に沿う神経と筋肉。この配置によって、身体の一部だけではなく、頭側から尾側までを連携させた運動が可能になりました。[1]

脊椎動物では、その後、脊索の周囲へ軟骨や骨が形成され、脊柱へ続く構造が形づくられていきます。

脊柱は、ただ身体を硬くしたものではありません。身体を支えながら、曲げることもできる軸です。

泳ぐ、這う、歩く、走る。後に現れるさまざまな運動は、この支えることと動くことを両立させる構造の上に築かれました。

ひれの内側に、腕と脚へ続く構造があった

私たちの腕には、上腕骨が一本あります。その先には橈骨と尺骨という二本の骨があり、さらに手首をつくる小さな骨と指が続きます。

この基本的な配置は、人間だけに見られるものではありません。形や長さ、使われ方を変えながら、多くの四肢動物へ受け継がれています。

その始まりをたどると、物語は陸上ではなく、水中のひれへ戻ります。

浅い水底で胸びれを使って身体を支えるティクターリクを思わせる魚類に近い動物

約3億7500万年前に生きていたティクターリク(Tiktaalik roseae)の胸びれには、上腕骨、橈骨、尺骨に対応する骨があり、その先にも複数の骨と関節が並んでいました。

指はまだありません。ただ、そのひれは水をかく薄い板ではなく、身体の下側へ曲げ、浅い水底などへ押しつけられる構造を持っていました。胸びれの内部にある骨と関節は、水中で姿勢を変えたり、身体を底から持ち上げたりする働きに利用された可能性があります。[2]

ティクターリクが人間の直接の祖先だったという意味ではありません。

ティクターリクは、四肢動物に近い特徴を持つ、枝分かれした系統の一つです。その化石が伝えているのは、腕や脚をつくる骨の基本的な並びが、動物が完全な陸上生活を始めるより前から、魚類に近い動物のひれの中に形づくられていたことです。

四肢は、何もない場所へ新しい部品を加えてつくられたのではありません。

水中で方向を変え、底へ触れ、姿勢を支えていた構造が、世代を重ねる中で形と働きを変えていきました。

指のある四肢は、陸のためだけに生まれたのか

ひれの中にあった骨が四肢へ続いたとしても、指が現れた時点で、動物が現在のように陸を歩いていたとは限りません。

デボン紀後期の四肢動物アカントステガ(Acanthostega gunnari)は、前肢に8本の指を持っていました。

ただ、その身体には魚に似た内鰓があり、尾にも水中を進むための特徴が残されていました。指を備えた四肢を持ちながら、生活の多くを水中へ依存していた動物だったと考えられています。[3][4]

指のある四肢は、最初から乾いた大地を歩くための完成品ではなかったのです。

浅い水底へ身体を支える。水草や障害物の間を押し進む。水中で身体の向きを保つ。不安定な岸辺を越える。

初期の四肢には、現在の動物の歩行とは異なる使われ方があった可能性があります。

腕と脚は、動物を陸へ運ぶという未来の目的に向かって生まれたのではありません。

その時点で存在していた身体の構造が、その時代の環境で使われ、別の環境へ入ったときに、新しい働きを持つようになりました。

私たちが指を曲げ、地面を踏み、腕で身体を支えられるのは、陸上生活より前から続く構造を使っているからです。

哺乳類の身体は、子どもの環境になった

四肢動物の系統が枝分かれを続ける中で、やがて哺乳類へつながる身体が形づくられていきます。

現在の哺乳類には、毛、体温を一定の範囲に保つ働き、異なる役割を持つ歯、三つの小さな耳の骨など、いくつもの共通する特徴があります。

その中でも、哺乳類という名前に直接つながっているのが、乳によって子どもを育てる身体です。

毛に覆われた小型の初期哺乳類的動物が子どもを包み込むように守っている場面

乳による養育が成立すると、子どもは、孵化または出生した直後から、自分で特定の食べ物を探さなくても栄養を得られるようになりました。

親が取り込んだ物質を、子どもが利用しやすい液体へ変えて渡せるからです。そこには栄養だけでなく、水分や、身体を守る働きに関わる成分も含まれています。

毛と体温調節は、成体自身がさまざまな時間帯や環境で活動することを支えました。その温かさは、自らの体温を十分に保てない小さな子どもにとっても重要です。

親の身体は、子どもが孵化または出生した時点で役割を終えるのではありません。

孵化または出生したあともしばらく、栄養と温かさを渡し、子どもが生きられる環境の一部になりました。

人間の長い子ども期や養育をたどるより前に、子どもを親の身体で支えるという古い仕組みが、すでに存在していたのです。

木の上で、手と目は何を結びつけたのか

哺乳類が多様な環境へ広がる中で、霊長類へ続く小型の動物たちは、枝が複雑に重なる場所を利用するようになりました。

木の上は、平らな地面ではありません。

枝の太さは場所ごとに変わり、足を置ける場所は途切れています。身体を動かすたびに、次につかむ場所までの距離、枝の向き、表面の状態を確かめる必要があります。

枝をつかみながら樹上を移動する霊長類へ続く小型哺乳類

霊長類の手足では、複数の指を枝の周囲へ回し、異なる方向から力を加えることで、細い支えをつかめます。多くの霊長類では、指先に平たい爪と触覚の豊かな面があり、接触している場所の状態を受け取りながら、加える力を細かく調節できます。

ただ、枝をつかむ手足と、現在の霊長類に見られる視覚の特徴が、同じ時点で完成したとは限りません。

約5600万年前に生きていたプレシアダピフォーム類のカルポレステス(Carpolestes simpsoni)には、枝をつかめる足と、母趾に平たい爪がありました。その一方で、眼は現在の霊長類ほど前方へ向いていなかったと推定されています。[7]

この化石は、枝をつかむ能力の一部が、広く重なる両眼視野より先に形づくられていた可能性を示しています。

現在の多くの霊長類では、左右の眼が顔の前方を向き、二つの眼が見る範囲が大きく重なっています。少し異なる位置から得た情報を重ねることで、対象の位置や前後関係を捉える手がかりが増えます。

枝へ手を伸ばすとき、見ることとつかむことは別々の働きではありません。

眼で位置を捉え、腕を動かし、指先が枝へ触れる直前に力を調節する。触れたあとは、手から戻る情報によって握り方を変える。

視覚、触覚、身体の動きが、同じ対象を中心に結びついていきます。

人間の身体は、古い構造の重なりである

ここまで、身体の軸、四肢、指、乳、手、眼をたどってきました。

ただ、進化は、魚が両生類になり、両生類が哺乳類になり、哺乳類がサルになり、サルが人間になる階段ではありません。

現在の魚も、両生類も、ほかの哺乳類も、現生の霊長類も、過去の姿のまま止まっているわけではありません。それぞれが共通祖先から分かれ、自分たちの系統で変化を続けています。

人間だけが、多くの動物を順番に通過して完成したのでもありません。

一方で、共通祖先から受け継いだ構造は、系統が分かれたあとも残ることがあります。残された構造は、身体の別の部分と結びつき、新しい環境で異なる働きを担います。

身体を貫く軸は、海の中で泳ぐ身体を支えました。

ひれの中に並んでいた骨は、四肢へ続きました。

水中で使われていた四肢には指が生まれ、やがて陸上でも身体を支えるようになりました。

哺乳類へ続く身体は、自らの熱を保ち、親の身体から子どもへ栄養を渡しました。

霊長類へ続く手足は枝をつかみ、前方へ向いた眼は、手を伸ばす場所を捉えました。

どれも、人間になるために生まれたものではありません。

その時代を生きた生命にとって働いた構造が、失われず、形を変え、私たちまで受け渡されてきたのです。

私たちの身体は、人間だけの新しい部品を集めた身体ではない。
遠い生命が使ってきた構造を、幾重にも重ねている身体である。

私たちが自分の身体を動かすとき、そこでは人類より古い構造が働いています。

背中を伸ばす。腕を支えにする。指で触れる。相手へ眼を向ける。子どもを抱き、身体の近くで守る。

一つひとつの動作には、現在の自分だけでは終わらない、長い生命の時間が重なっています。

次の旅へ

身体を支える軸があり、地面を押す四肢があり、枝をつかむ手と、手を伸ばす場所を見る眼がありました。

この時点で、人間はまだ現れていません。

霊長類の系統は、その後も複数の道へ分かれていきます。現在のさまざまな霊長類と人間は、古い種類から新しい種類へ並ぶ一つの列ではありません。

それぞれは、枝分かれした系統の先に生きています。

では、その枝の中で、人類へ続く道はどこにあったのでしょう。

現在の人間は、現在のチンパンジーから変化したのでしょうか。それとも、両者は共通の祖先から分かれ、それぞれ異なる道を歩んだのでしょうか。

次の章では、私たちとほかの類人猿の関係をたどります。

次の問いは「人間と類人猿は、どこで道を分けたのか」です。

出典・参考文献

  1. Corallo, D., Trapani, V. & Bonaldo, P.(2015) The notochord: structure and functions Cellular and Molecular Life Sciences, 72, 2989–3008.
  2. Shubin, N. H., Daeschler, E. B. & Jenkins, F. A. Jr.(2006) The pectoral fin of Tiktaalik roseae and the origin of the tetrapod limb Nature, 440, 764–771.
  3. Coates, M. I. & Clack, J. A.(1990) Polydactyly in the earliest known tetrapod limbs Nature, 347, 66–69.
  4. Coates, M. I. & Clack, J. A.(1991) Fish-like gills and breathing in the earliest known tetrapod Nature, 352, 234–236.
  5. Capuco, A. V. & Akers, R. M.(2009) The origin and evolution of lactation Journal of Biology, 8, 37.
  6. Oftedal, O. T.(2002) The mammary gland and its origin during synapsid evolution Journal of Mammary Gland Biology and Neoplasia, 7, 225–252.
  7. Bloch, J. I. & Boyer, D. M.(2002) Grasping primate origins Science, 298, 1606–1610.
  8. Cartmill, M.(1974) Rethinking primate origins Science, 184, 436–443.
  9. Wu, Y. et al.(2022) Ambush predation and the origin of euprimates Science Advances, 8, eabn6248.