06 物語と祈り

死者は、 どのように祖先になるのか

死者との絆は断ち切るものか、続けるものか。「継続する絆」理論と日本の祖先崇拝、祖先崇拝が権威を正当化する仕組み、そして9000年前の頭蓋骨の謎から、死者が祖先になる道筋を考えます。

前の章では、埋葬という行為が、悲しみだけでなく、故人の社会的な立場をも映し出してきたことを見てきました。では、こうして葬られた死者は、どのようにして、共同体の記憶の中に残り続ける「祖先」になっていくのでしょうか。

20世紀の悲嘆の心理学では、長らくある前提が広く信じられていました。それは、「大切な人を失った悲しみから立ち直るには、その人との結びつきを断ち切り、前へ進まなければならない」という考え方です。この前提のもとでは、亡くなった人との関係をいつまでも保ち続けることは、健全ではない喪の作業の兆候だとみなされてきました。

1996年、心理学者デニス・クラスらは、この前提に異を唱えました。

多くの遺族を観察した結果、実際に健全な形で悲しみと向き合っている人々の多くは、死者との関係を断ち切ってなどいなかったのです。むしろ、その関係を、生きている頃とは違う形へと変化させながら、持続させていました。クラスらはこれを「継続する絆」と呼びました。

EVIDENCE

この理論を提示する中で、クラス自身が一つの章を丸ごと使って取り上げた例があります。日本の祖先崇拝です。仏壇に手を合わせること。命日に家族が集まること。こうした習慣は、死者を過去の出来事として切り離すのではなく、生きている家族の日常の中に、形を変えながら位置づけ続ける営みだと、クラスは論じています。死者は消えてしまうのではなく、「共に生きる存在」として、関係の中に留まり続けるのです。

祖先との関係は、悲しみを支えるだけの働きにとどまりません。人類学者マイヤー・フォーティスは、西アフリカのタレンシ族を対象にした研究で、祖先崇拝がもう一つ別の働きを持つことを示しました。祖先への崇拝は、今を生きる年長者や首長の権威を、単なる個人の力としてではなく、祖先から託されたものとして正当化する仕組みとして機能していたのです。祖先の存在を持ち出すことで、今の権威への服従は、特定の個人への服従ではなく、はるか昔から続く秩序への従属として意味づけられます。

一人の人物が挙げた手に、その背後から寄り添うように重なる、大きな半透明の人影

この「死者を生活空間の中に留め置く」という営みは、驚くほど古い時代の痕跡としても残されています。

現在のパレスチナにあたるエリコ遺跡をはじめ、レバント地方の複数の遺跡から、約9000年前のものとされる「塗装頭蓋骨」が発見されています。遺体から取り外された頭蓋骨に石膏が盛られ、顔の造形が施され、貝殻が目にはめ込まれていました。これらの頭蓋骨は、家の床下などに保管され、繰り返し取り出されたり、再び埋め戻されたりした形跡が見つかっています。

考古学者イアン・クイジットは2008年、この慣習を「祖先崇拝の証拠だ」と単純に結論づけることに慎重な立場を示しました。彼は、頭蓋骨の保存と加工が、特定の個人への崇拝というより、共同体全体の記憶を、忘却と想起を繰り返しながら形作っていく、より広い社会的な営みの一部だった可能性を指摘しています。

OPEN QUESTION

つまり、これが実際の血縁上の祖先への崇拝だったのか、それとも共同体全体の記憶を保つための、より広い意味での営みだったのかについて、研究者の間でも今なお意見が分かれています。少なくとも確実に言えるのは、死者の一部が、生きている人々の生活空間の中に、意図的に留め置かれ続けたという事実です。

顔とも物ともつかない、あいまいな輪郭を持つ、丁寧に保存された何か

つまり、死者が祖先になっていく道筋は、一つではありません。名前が語り継がれること。墓や特定の場所が、その人を思い出すための拠り所になること。命日や祭りのたびに、供物が捧げられること。血のつながりや系譜として、家族の物語の中に位置づけられること。そして時には、フォーティスの研究が示したように、今を生きる者の権威を正当化する根拠として持ち出されること。こうした複数の回路を通じて、死者は少しずつ、単なる「亡くなった個人」から、共同体の記憶と秩序を支える「祖先」へと編み込まれていきます。

現代の私たちにとっても、この視点は関わってきます。「死者のことは早く忘れて、前を向かなければならない」と考えて、大切な関係を無理やり断ち切ろうとしてしまうことと、「死者を手放したら裏切りになる」と考えて、関係の変化そのものを拒んでしまうこと。この二つも、正反対に見えて、どちらも極端です。

死者との関係は、断ち切るものでも、そのまま凍結させるものでもなく、形を変えながら続いていくものなのかもしれません。祖先とは、そうやって少しずつ、生者の生活の中に編み直され続けている、死者の姿なのだと思います。

では、こうして特別な意味を与えられた死者や場所の一部は、なぜ「聖なるもの」として、日常とは区別されるようになるのでしょうか。

参考資料

  1. Klass, D., Silverman, P. R., & Nickman, S. L. (Eds.)
    Continuing Bonds: New Understandings of Grief.
    Taylor & Francis, 1996.
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  2. Fortes, M.
    “Some Reflections on Ancestor Worship in Africa.”
    In African Systems of Thought, eds. M. Fortes & G. Dieterlen. Oxford University Press, 1965.
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  3. Kuijt, I.
    “The Regeneration of Life: Neolithic Structures of Symbolic Remembering and Forgetting.”
    Current Anthropology, 2008.
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