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Journey 02|生命が始まる
水と岩石のあいだで続いていた化学反応は、どのように情報と境界を持ち、違いを次へ残せるまとまりへ近づいたのでしょう。生命が完成品として現れる前の長い過程をたどります。
反応は、いつ「次」を持つようになったのか
Journey 01でたどった若い地球では、水と岩石と気体が触れ合い、熱や光、化学的な差によって無数の反応が起きていました。
分子は結びつき、ほどけ、別の形へ変わります。できたものが次の反応の材料になることもあります。しかし、多くの反応は、その場の条件が失われれば止まります。何かが生まれても、それをつくった過程まで次へ残るわけではありません。
生命へ近づくために必要だったのは、複雑な分子が一度できることだけではありませんでした。外から物質とエネルギーを受け取り、反応を続け、その結果の違いを次へ渡し、違いによって残り方が変わること。さらに、その働きが周囲へ散らばらず、一つのまとまりとして保たれることが必要でした。
では、反応はいつ、自分の「次」を持つようになったのでしょう。
生命の始まりは、物質が突然別のものへ変身した一点として探せるのでしょうか。それとも、別々に進んでいた働きが結びつき、反応の結果が次の反応条件を変え始めた範囲として考えるべきなのでしょうか。
EVIDENCE|現在の細胞では、働きが互いを支えている
現在知られている細胞生命は、境界、代謝、情報、増殖を別々に持っているわけではありません。
膜は内側と外側を分けますが、完全に閉じてはいません。必要な物質を取り入れ、不要なものを外へ出し、内部の状態を保つための接点でもあります。内部では、物質とエネルギーの流れを利用して反応が進み、その働きをつくる情報が核酸に保存されています。
情報だけでは反応は進みません。反応だけでは、その結果を世代の先へ残せません。境界だけでは、内部に何も続きません。現在の細胞では、どの働きもほかの働きに支えられています。
ただし、完成した細胞を見て、生命の始まりにも同じ仕組みが同じ順番で存在したと考えることはできません。現在の姿は、すでに長い進化を通過した結果だからです。
起源を考えるときに探すべきなのは、現在の細胞を単純に縮小した祖先ではありません。まだ不安定な反応、複製に近い働き、簡単な境界が、互いの存続へ影響し始めた過程です。
HYPOTHESIS|必要な課題は、同じ場所で解かれたのか
生命に近い化学反応が進んだ候補として、深海の熱水環境、地表の温泉や浅い水辺、氷の内部、鉱物の表面などが研究されています。
それぞれの環境が与えるものは同じではありません。海底の熱水環境には、温度や酸性度、酸化還元状態の差があります。浅い水辺では、乾燥と湿潤が繰り返されることで、薄く広がった材料が集まり、再び水へ戻ることがあります。氷の中では、溶け残った狭い領域へ物質が濃縮される場合があります。鉱物表面は、分子を近くに保ち、反応の向きや速さを変えることがあります。
どれか一つがすべてを解決したと決める証拠はありません。
むしろ、材料がつくられる場所、濃縮される場所、反応が進む場所、境界が形成される場所が異なり、水や地殻の変化によって物質が移動した可能性があります。2026年には、温度、pH、鉱物、乾湿、隣接する池どうしの混合を変えられる熱水域の実験装置が報告され、複数の環境をつないで前生物的な過程を調べる方法も広がっています。[5]
ただし、こうした実験は、初期地球の歴史を再現したものではありません。候補となる過程を切り分け、どの条件なら何が起こり得るのかを確かめるためのモデルです。
生命が始まった場所を一つの風景へ固定するより、複数の課題が異なる環境で解かれ、後に結びついた可能性を残す必要があります。
反応は、流れを受け取らなければ続かない
化学反応が一度起きるだけなら、生命でなくても珍しくありません。問題は、その反応がどう続いたかです。
反応を続けるには、平衡から離れた状態が必要です。光、熱、酸性とアルカリ性の差、酸化されやすさの差、物質の濃度差。環境にある偏りが、反応を一方向へ押し進めます。
現在の細胞は、酵素と膜を使い、そうした差を細かく制御しています。しかし、最初から現在の代謝経路がそろっていたとは考えられません。鉱物や単純な分子が反応を助け、一つの生成物が次の反応の材料となり、環境から流れが供給される間だけ続く、未完成な反応網が先にあった可能性があります。
それでも、続くことだけでは歴史になりません。同じ条件で同じ反応が繰り返されても、そこで生まれた違いが次へ渡らなければ、過去の結果は未来の反応へ残らないからです。

OPEN QUESTION|代謝と複製を、先後だけで分けられるのか
生命の起源研究では、反応を続ける仕組みが先だったのか、自分に似た構造を増やす仕組みが先だったのかが問われてきました。
代謝に近い反応網が先にあったと考えるなら、地球化学がつくる流れの中で、物質が循環し、反応を助ける組み合わせが残りやすくなったことになります。複製に近い分子が先にあったと考えるなら、構造の違いを次へ渡し、増えやすさの違いが早い段階から積み重なったことになります。
しかし、これは二つの完成品のどちらが先かを決める問題ではないかもしれません。
反応を助ける分子が増えやすくなり、増える分子が反応網の一部を支え、膜や鉱物がそれらを近くへ保つ。どの働きも不完全なまま、ほかの働きによって続きやすくなる。そのような相互依存が先に育った可能性があります。
初期地球で、代謝、複製、境界がどの順番で安定したのかを直接示す記録は残っていません。問いを「どちらが先か」だけに絞ると、並行して進んだ過程や、互いを支えながら変わった過程を見落とす可能性があります。
HYPOTHESIS|RNAは、情報と触媒を重ねられる
現在の生命では、DNAが主に遺伝情報を保存し、タンパク質が多くの反応を担い、その間をRNAがつないでいます。
RNAには、塩基の並びとして情報を持つ性質があります。同時に、一部のRNAは折り畳まれた形によって化学反応を助けます。現在のリボソームでも、ペプチド結合をつくる反応中心はRNAによって構成されています。[1]
情報を残す働きと反応を助ける働きを一つの種類の分子が担えることから、RNAが初期生命で大きな役割を持ったというRNAワールド仮説が考えられてきました。
2025年の実験では、研究室で進化させたRNAポリメラーゼ・リボザイムと三塩基単位の基質を使い、pH変化と凍結融解を組み合わせることで、二本鎖RNAの両方の鎖を反復して増幅できる系が示されました。RNAによるRNA複製が直面する、二本鎖が離れにくく再び結びつきやすい問題へ、一つの実験的な解決を示したものです。[2]
ただし、これは人工的に構築された実験系です。初期地球に同じリボザイムや同じ基質が存在し、同じ手順で複製が始まったことを示すものではありません。
RNAの材料がどうそろったのか。長い鎖が壊れずに形成されたのか。自分を増やせる触媒機能へどう到達したのか。短いペプチドや別の分子と、どの段階から協力したのか。RNAが重要な候補であることと、RNAだけですべてが始まったことは同じではありません。
境界ができても、まだ細胞ではない
水になじむ部分と、水を避ける部分を持つ分子は、水中で集まり、膜や小胞のような構造をつくることがあります。
境界があれば、反応に必要な分子を同じ場所へ保ちやすくなります。ある分子が内部の反応を助けても、外へ拡散してしまえば、その効果は一つのまとまりへ残りません。区画は、反応の結果と、その結果を生んだ分子を近くへ保つ働きを持ちます。
2025年に掲載された研究では、システインと短鎖チオエステルが水中で反応し、二本鎖型の脂質をつくって、プロトセルに似た膜小胞を形成しました。形成された小胞の内部でも、機能するリボザイムが働けることが示されています。[3]
それでも、小胞ができたことを生命の誕生とは呼べません。
区画が物質を取り込み、内部の反応によって成長し、分かれたあとにも情報と働きを受け渡せる必要があります。さらに、ある区画で生まれた違いが、その区画の存続や増え方へ影響しなければ、まとまりごとの進化にはつながりません。
境界は、生命を完成させる最後の部品ではなく、別々の働きが同じ運命を持ち始める場だった可能性があります。

違いが、まとまりの運命を変え始める
複製が同じ結果だけを生むなら、選択される新しい違いは生まれにくくなります。反対に、受け渡しの誤りが大きすぎれば、続いてきた情報は保てません。
その間には、何かを残しながら、わずかに変われる範囲があります。
違いを含む分子が増えたとしても、それだけでは不十分です。反応を助ける分子が、助けた区画とは別の場所へ流れてしまえば、その働きと増えやすさは結びつきません。
境界の内側に分子と反応が保たれ、ある違いが内部の反応、区画の成長、分裂後の存続へ影響するとき、違いはまとまりごとの運命を変え始めます。残りやすいまとまりから、その特徴が次へ多く渡されれば、選択が働ける条件へ近づきます。
ここで重要なのは、生命と非生命の間に一本の線を引くことではありません。
反応の結果が、次の反応条件を変える。違いが次へ残り、残った違いが、その後に何が起きやすいかを変える。化学反応の連なりが過去を持ち、その過去によって未来の可能性が偏り始めること。それが、生命へ近づく重要な転換の一つだったと考えられます。
OPEN QUESTION|最初の生命を、一つの個体へ絞れるのか
生命らしさの一部を持つまとまりは、同時に多く存在していたかもしれません。
反応網を持つ区画、複製に近い分子を包む小胞、別の区画から分子を受け取る集団。初期のまとまりどうしで分子や遺伝情報が移動していたなら、最初期の進化は、現在の生物の系統樹のように明確に枝分かれするだけではなかった可能性があります。
異なるまとまりが部品を交換し、使える仕組みを共有しながら、しだいに安定した細胞のあり方へ収束したのかもしれません。
LUCAは、この始まりそのものではありません。LUCAは、現在の細菌と古細菌を含む細胞生命の系統を過去へたどったときに置かれる、最後の普遍的共通祖先です。
2024年の一つの統合解析では、LUCAが約42億年前に存在し、少なくとも約250万塩基対のゲノムと約2600のタンパク質を持つ、現代の原核生物に近い複雑さの存在だった可能性が推定されました。また、孤立した一個体ではなく、ほかの微生物と関わる生態系の一員だったと推定されています。[4]
ただし、これは現在の遺伝子、微生物化石、同位体記録などから遡ったモデルです。年代や遺伝子構成は、解析方法や較正条件に依存します。
LUCAがすでに複雑だったのなら、そこへ至る前に長い化学進化と生命進化があったことになります。最初の生命をLUCAと同一視することも、地球上の生命が一つの個体から直線的に始まったと描くこともできません。
生命は、反応の結果を次の条件へ変え始めた
生命の始まりに必要だった候補を、私たちは別々に調べることができます。
エネルギーの流れを使う反応。違いを含みながら情報を渡す分子。内側と外側を分ける境界。それぞれが起こり得ることを示す実験も増えています。
けれど、生命は部品の一覧ではありません。
反応が区画の存続を助け、区画が反応物と情報を近くへ保ち、受け渡された違いが次の区画の残り方を変える。働きが互いの続きをつくり始めたとき、反応の集まりは進化できるまとまりへ近づきました。
どの段階から生命と呼ぶべきかは、今も一つには決まりません。最初の場所も、最初の個体も、働きが結びついた順序も、直接確かめることはできません。
それでも、現在の私たちへ続く生命が、地球の外から完成品として置かれたのではないことは見えてきます。水、岩石、温度差、化学的な偏りを利用しながら、反応の結果を次の条件へ変える仕組みが育っていきました。
そして、進化できる細胞が続き始めると、関係は一方向ではなくなります。
それまで生命は、地球がつくる環境を利用していました。やがて生命自身が、光や化学エネルギーを取り込み、別の物質を外へ放出し、海と大気の組成を変え始めます。
生まれた生命は、地球に適応するだけでなく、地球そのものをどう変えたのでしょう。
次のJourneyでは、光を利用する生命が広がり、酸素が蓄積し、地球の環境と生命の可能性が組み替えられていく過程をたどります。
この旅をさらに深く読む
出典・参考文献
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Nissen, P. et al.(2000)
The structural basis of ribosome activity in peptide bond synthesis
Science, 289, 920–930. -
Attwater, J. et al.(2025)
Trinucleotide substrates under pH–freeze–thaw cycles enable open-ended exponential RNA replication by a polymerase ribozyme
Nature Chemistry, 17, 1129–1137. -
Cho, C. J. et al.(2025)
Protocells by spontaneous reaction of cysteine with short-chain thioesters
Nature Chemistry, 17, 148–155. -
Moody, E. R. R. et al.(2024)
The nature of the last universal common ancestor and its impact on the early Earth system
Nature Ecology & Evolution, 8, 1654–1666. -
Siddique, A. et al.(2026)
A Modular 3D-Printed Design to Investigate Prebiotic Chemical Systems in Hot Spring Pools
Astrobiology, 26.