こころが少し軽くなる言葉

こころの不協和音とチューニング

やわらかな光が差し込む静かな部屋で、木の机の上にチューニングフォーク、マグカップ、植物、生成りの布が置かれている写真風の画像。
やわらかな光が差し込む静かな部屋で、木の机の上にチューニングフォーク、マグカップ、植物、生成りの布が置かれている写真風の画像。

精神的な不調とは、価値観や感情・行動などが不協和音になってしまっているってことなんですね。

テクニックは抜群だけどチューニングが合っていないって感じ。

バンドでも、ひとりひとりの技術が高ければそれでうまくいくわけではありません。
どれだけ上手くても、リズムや音程やバランスがズレていたら、聴いていて気持ちのいい音にはなりません。

こころの不調も、それに少し似ているんだと思うんです。

能力がないから不調になるわけではない。
頑張っていないから不調になるわけでもない。

むしろ、真面目に頑張っていたり、ちゃんとしようとしていたり、いろいろ考えながら生きている人ほど、こころの中で少しづつズレが大きくなってしまうことがあります。

そして、そのズレに気づかないまま無理を続けてしまうと、不協和音はどんどん大きくなっていきます。

こころの不調

バンドの練習でいうと
「ギター走りすぎだよ!」
とか
「リズム隊がバラけてどうするの!」
とか
「ヴォーカルず〜っとハウってるよ!」
とかって感じ。

これをその都度修正すればいいんですよね。

しかし誰も言い出せずに修正せず、その気持ち悪い状態がず〜っと続いてしまうと、やがて楽しくなくなって、練習の回数も減り、そして解散してしまう。

こころの不調も、それと同じようなことが起きているのかも知れません。

何かが少しズレている。
でも、そのズレが何なのかわからない。
わからないまま頑張ってしまう。
すると、ますます苦しくなる。

そんな流れの中で、学校や会社、あるいは生活そのものがしんどくなっていくことがあります。

演奏をストップする

そうなる前に、ドラムとベースがしっかりとコンタクトを取りながらリズムを合わせ、ギターはそれに乗っていき、ヴォーカルはスピーカーからの音をマイクで拾わないように位置を調整したり、イコライザーを活用してハウリングを起こす周波数成分をカットしたりします。

また、おひとりでギターを弾いていらっしゃる方なら、例えばジェフ・ワトソンのようにエイトフィンガーができるようになっても、チューニングが合っていないことに気づけなければ
「なんかおかしい」
「なんか変だ」
と思いながら、やがて楽しくなくなりギターに触れることさえしなくなってしまう。

そうなる前に、音叉やチューナーを活用してチューニングさえできれば、また演奏を楽しめるんです。

いずれの場合も
「なんか変だな」
と感じたら、一旦演奏をストップして録音した音源を客観的に聴いてみることで、不協和音に気付けるはずです。

こころも同じです。

ずっと不調のまま走り続けるよりも、一旦止まることの方が大切な時があります。

でも私たちは
「止まっちゃいけない」
「頑張らなきゃいけない」
と思いがちです。

そのまま無理をしてしまうと、ズレたまま演奏を続けることになります。

だからこそ
「なんか変だな」
と感じた時点で、一旦止まることが大事なんです。

止まることは後退ではありません。
調整のために必要な時間です。

こころの不協和音

こころの不調も、不協和音の気持ち悪〜い状態が続いているということなんです。

行動が価値観に沿っていないと、不快な感情が湧き出してきます。

これに気がつかないでいると、学校や会社、あるいは生活そのもの、生きていることすら楽しくなくなってしまいます。

たとえば、本当は無理をしたくないのに、ずっと無理をし続けている時。
本当は嫌なのに、嫌と言えずに合わせ続けている時。
本当は休みたいのに、休んではいけないと思い込んでいる時。

そういう時、こころの中では
「違う」
「しんどい」
「このままじゃつらい」
という不協和音が鳴っているのかも知れません。

でも、その音は最初はとても小さいんです。

小さい違和感だからこそ、見過ごしてしまいやすい。
見過ごしたままにしていると、少しずつズレが大きくなっていく。

そうならないためには、理由はわからないけど
「なんか変だな」
と感じた時点で、一旦立ち止まって、自分自身を客観的に観察することが大切です。

客観的に観察する

客観的に観察するためには、頭の中に浮かんでくることを全部書き出します。

いまなにを思っているのか
どう感じているのか
なにが不安なのか
なにが不満なのか
なにを恐れているのか
なにをしたいのか
なにが引っかかっているのか

ただランダムに湧き出してくる言葉を書き殴るだけでも、一時的に感情から離れられるようになります。

頭の中だけで考えていると、感情も思考もぐちゃぐちゃになりやすいんですよね。
でも、紙に書き出してみると
「ああ、自分はいまこんなことを考えていたのか」
と、少し距離を取って見ることができます。

次に、自分自身の努力次第で解決できることをピックアップして別の紙に書き出します。

それ以外の事柄は、他人の行動や判断などに左右されるもの、あるいは過去の出来事に関係するものがほとんどですので、自分自身の努力ではどうにもならないものだったりします。

したがってそれらは、クシャクシャっと丸めてゴミ箱にポイっと捨てます。

もちろん、すぐに気持ちまで捨てられるわけではないかも知れません。

でも
「これは自分でどうにかできること」
「これは自分ではどうにもできないこと」
と分けて考えるだけでも、不協和音は少しずつ小さくなっていきます。

価値観や感情や行動の不協和音を少なくしていくと、こころも少しづつ軽くなっていきます。

ときにはコード進行を間違えたり、歌詞が飛んだりすることもあるかもしれません。

そのときは、また自分自身を客観的に観察して、こころのチューニングをしてみましょう。

完璧に合わせ続ける必要はないんです。

少しズレたら、また整える。
しんどくなったら、また止まる。
違和感があったら、また聴き直す。

そうやって、その都度チューニングしていけばいいんです。

こころも楽器と同じで、ずっと放っておけばズレてしまうことがあります。
でも、ズレたから終わりではありません。

気づいて、整えて、また鳴らしていく。

それを繰り返しながら、私たちは生きていけるんだと思います。