できているように見える人ほど、しんどさを言えないことがある
できているように見えることと、楽にできていることは違います。まわりからは普通に見えても、内側では大きく消耗していることがあります。自分のしんどさをなかったことにしないための記事です。
まわりから見ると、普通にできているように見える。
仕事に行けている。
学校に行けている。
人と話せている。
約束も守っている。
だからこそ、自分でも
「このくらいでつらいと言ってはいけないのかな」
と思ってしまうことがあります。
でも、できているように見えることと、楽にできていることは違います。
人前では何とか合わせられていても、そのあと家でぐったりしてしまう。
予定をこなすだけで、心も身体もぎりぎりになる。
そういうしんどさは、外からは見えにくいものです。
この記事は、発達障害の診断や自己判断を目的としたものではありません。診断や治療については、医療機関や専門機関にご相談ください。
「普通にできている」に見える苦しさ
まわりから見ると、問題なくできているように見える。
けれど、自分の中ではかなり無理をしている。
そういうことがあります。
たとえば、会議では普通に発言できる。
でも、終わったあとに頭が真っ白になる。
人と話しているときは笑える。
でも、帰ってから会話を何度も思い返して疲れてしまう。
予定通りに動けている。
でも、予定をこなすだけで一日が終わってしまう。
外から見える「できている」は、その人の内側の消耗までは映しません。
できているように見えることと、楽にできていることは違います。
人前で合わせたあとに、ぐったりすることがある
人に合わせること自体が、悪いわけではありません。
場に合わせる。
相手に合わせる。
言い方を考える。
空気を読む。
そうしたことは、人と関わるうえで必要になることもあります。
けれど、それを毎回、かなりの力でやっている人もいます。
表情を作る。
話すタイミングを考える。
相手の反応を何度も確認する。
音や光を我慢する。
分からないことを分かっているように見せる。
そうした調整が重なると、人前では何とか過ごせても、あとから大きく疲れが出ることがあります。
自閉スペクトラム症の文脈では、特性を隠したり、補ったり、周囲に合わせたりする行動が「カモフラージュ」と呼ばれることがあります。
研究では、こうしたカモフラージュが精神的な消耗やバーンアウトと関係する可能性も指摘されています。
ただし、ここで大切なのは、診断名をつけることではありません。
「合わせられているから平気」と決めつけず、そのあとにどれくらい疲れているのかを見ることです。
できている人ほど、しんどさを言い出しにくい
何とかできている人ほど、しんどさを言い出しにくいことがあります。
なぜなら、まわりからは困っているように見えにくいからです。
「ちゃんとできているよね」
「問題なさそうに見えるよ」
「気にしすぎじゃない?」
そんなふうに言われると、自分でも自分のしんどさを疑ってしまいます。
もっと大変な人がいる。
自分はまだ動けている。
だから、助けを求めるほどではない。
そう思って、限界が来るまで抱え込んでしまうことがあります。
でも、助けを求める基準は、倒れる直前でなくてもいいはずです。
つらさが小さいうちに気づくことは、大げさなことではありません。
助けを求める基準を、限界まで待たなくていい
「もう無理」となってからでないと、相談してはいけない。
そう思ってしまう人もいるかもしれません。
でも、本当は、限界になる前に相談してもいいのだと思います。
眠れない日が増えている。
人に会ったあと、回復に時間がかかる。
予定の前から強く緊張する。
休日が回復だけで終わる。
小さなミスで自分を責め続けてしまう。
そうした状態が続いているなら、少し立ち止まってもいいサインかもしれません。
相談とは、すぐに大きな決断をすることではありません。
今の負担を整理するために、誰かの視点を借りることでもあります。
小さな負担を、見える形にしてみる
しんどさは、頭の中だけで考えていると、ぼんやりしたまま大きくなりやすいです。
だから、まずは小さな負担を見える形にしてみます。
たとえば、こんなふうに書き出してみます。
- どんな場所で疲れやすいか
- どんな音や光が負担になりやすいか
- どんな人間関係で緊張しやすいか
- どんな作業で混乱しやすいか
- 予定変更があった日はどうなるか
- 人に会ったあと、どれくらい回復に時間がかかるか
- 無理をした日の翌日に何が起きるか
これは、自分を診断するためではありません。
自分を責めるためでもありません。
負担が増えやすい条件を知るためです。
「私はだめだ」とまとめて責めるより、
「この条件だと疲れやすいのかもしれない」
と分けて見る。
それだけでも、工夫や相談の入口が見つかることがあります。
相談や工夫は、調整のためにある
相談することは、弱さを証明することではありません。
工夫することも、負けではありません。
自分と環境の相性を見ながら、少しでも負担を減らすための調整です。
発達障害者支援センターは、各都道府県・指定都市に設置されている相談機関です。
発達障害のある方やその家族などに対して、相談支援、発達支援、就労支援、情報提供などを行う場所として案内されています。
相談先によって対応できる内容や範囲は異なりますが、「診断名がついている人だけ」のための場所とは限りません。
発達障害者支援センターは診断をする場所ではありませんが、困りごとの整理、情報提供、関係機関との連携などにつながることがあります。
また、状況によっては、市町村の障害福祉相談窓口、医療機関、学校や職場の相談窓口などにつながることも選択肢です。
ただし、利用できる制度や配慮の内容は、状況や機関によって異なります。診断書などが必要になる場合もあるため、具体的な支援については各相談先に確認してください。
眠れない日が続く、生活に大きな支障が出ている、気持ちの落ち込みが強いなどの場合は、ひとりで抱え込まず、医療機関や相談窓口につながることも選択肢です。
外から見える自分だけで、判断しなくていい
まわりから見て、できているように見える。
それは、あなたが困っていないという意味ではありません。
人前で合わせられること。
予定をこなせること。
普通に話せること。
それらは、大切な力です。
でも、そのためにどれくらい力を使っているのかも、大切な情報です。
できているように見えることと、楽にできていることは違います。
外から見える自分だけで、自分のしんどさを判断しなくていい。
まずは、自分の消耗をなかったことにしないこと。
そこから始めてもいいのだと思います。