「憎い」と思わずに「興味がない」と思う

わたしは嫌いな人、あるいは憎く思う人っていないんです。
別にカッコつけているわけではなくて、そう思わないようにしているだけなんですね。
もちろん、過去には嫌いだと思った人もいましたし、思い出すだけでこころがザワつくような相手もいました。
でも、ある時ふと思ったんです。
嫌いだと思い続けることって、結局その人のことをずっと考え続けることになるんじゃないかって。
それって、なんだかすごく損じゃないですか。
だって、自分を嫌な気持ちにさせた相手のために、さらに自分の時間やこころを使ってしまうわけですから。
だからわたしは「嫌い」や「憎い」という方向に気持ちを育てるよりも「興味がない」と思うようにしています。
片想いと同じ
「嫌い」あるいは「憎い」と思うことは、その人を思い続けることになりますよね?
実際に思い続けてしまっていませんか?
それは、ある特定の人物があなたの頭の中にず〜っと居座り続けるってことです。
そう、まるで片想いをしているときのように。
もちろん思いを寄せている人なら、切なくても幸せなことかも知れませんが、嫌いな人が居座り続けているのって、ゾッとしますよね。
好きな相手のことなら、何度も思い出してしまうのもまだわかります。
でも、嫌いな相手や憎く思う相手のことを、何度も何度も頭の中で再生してしまうのは、本当にしんどいことです。
しかも、その時間はあなたの大切な時間です。
あなたが休んだり、楽しいことを感じたり、本来なら自分のために使える時間を、その人に明け渡してしまっていることになります。
そう考えると、やっぱりもったいないんです。
居座り続けるあの人
私も過去には、嫌いな人や憎い人はいました。
寝ても覚めてもその人が頭の中に現れて、その度に胸がザワザワして不安や恐怖や時には怒りが込み上げてきました。
日が経つにつれて、頭の中に居座る時間が長くなっていきました。
それに伴い、ザワザワや不安や恐怖や怒りを感じる時間も長くなっていきます。
これって本当に疲れるんですよね。
疲れるどころか、知らず知らずのうちに気分が落ち込んでしまって、うつ症状を招いてしまうこともあります。
すでに抑うつ状態にあるなら更に深刻です。
最初はほんの少し思い出すだけだったはずなのに、気がつけばその人のことで頭がいっぱいになってしまう。
何か別のことをしていても、ふとした拍子に思い出してしまう。
そして、また嫌な気持ちになる。
これを繰り返していると、その人が現実の中にいる時間よりも、頭の中にいる時間の方が長くなってしまうことさえあります。
それって、すごく嫌なことですよね。
もう関わりたくない相手なのに、頭の中だけでは関わり続けてしまっているんですから。
だからこそ、ここで少し発想を変える必要があります。
ニヤリ

なんで嫌いな人のために落ち込まなければならないんでしょうか。
しかも落ち込んでいることなんて、その嫌いな人は知らないんですよ。
こんなひどい話はないですよね。
さらには頭の中に居座り続けさせたからといって、その嫌いな人が変わるわけでもありません。
ですので、嫌いな人や憎い人が頭の中に出てきたらこう言います。
「あ〜興味ないから(笑)」
これを繰り返すことで、あなた自身に「あの人には興味がない」ってことを教えてあげられます。
このときのコツは(笑)です。
ちょっと鼻で笑うくらいがいいです。
「ふっ!興味ないから(ニヤリ)」
できれば声に出すと効果的ですが、学校や職場、あるいはお買い物中のスーパーなどで「あ〜興味ないから(笑)」とやってしまうと「どした!?」ってことになりますので注意が必要です。
ここで大切なのは、その人を無理やり好きになろうとしないことです。
許そうとしなくてもいいんです。
立派になろうとしなくてもいいんです。
ただ、自分の頭の中に住まわせ続けないために「この人に興味はない」と、自分に教えてあげるんです。
「嫌い」と思うと、どうしても意識がその人に向きます。
でも「興味がない」と思うと、意識を少しずつ自分の側へ戻しやすくなります。
これは相手のためではありません。
あなた自身のこころを守るためです。
興味がないは逃げではない
こういう話をすると
「でも、それってただ逃げてるだけじゃないの?」
と思う方もいるかも知れません。
でも、わたしはそうは思いません。
自分を傷つける対象から、意識を引きはがすことは逃げではなく、自分を守るための選択です。
私たちは、どうしても
「ちゃんと向き合わなきゃ」
「怒りにも意味があるはず」
と思いがちです。
もちろん、必要な怒りもあります。
理不尽なことに対して怒ること自体は、悪いことではありません。
でも、その怒りがずっと続いて、自分ばかりがすり減っていくなら、一度立ち止まってもいいんです。
向き合い続けることでしか解決しないこともありますが、距離を取ることでしか守れないこころもあります。
だから
「興味がない」
と思うことは、決して弱さではありません。
むしろ、自分のこころの使い道を、自分で選び直すことでもあるんです。
あなたのこころの居場所を守る
頭の中の居場所には限りがあります。
楽しいことを考える時間。
落ち着けることを感じる時間。
好きなことに向き合う時間。
大切な人を思う時間。
本当はそういうもののために使いたい場所に、嫌いな人や憎い人がずっと居座っていたら、苦しくなって当然です。
だから、その居場所を少しずつ取り戻していくことが大切です。
嫌な相手を思い出してしまった時には
「あ〜また来た」
「でも興味ないから」
「はい終了」
くらいの軽さでもいいんです。
真剣に戦わないことです。
まともに相手をしすぎないことです。
相手に勝とうとしなくてもいい。
相手を見返そうとしなくてもいい。
頭の中から少しずつ退去してもらえれば、それで十分なんです。
さいごに
嫌いな人や憎い人がいること自体は、おかしなことではありません。
それだけ嫌な思いをしたのかも知れませんし、こころが傷ついたのかも知れません。
だから、その感情を持ってしまうことまで責めなくて大丈夫です。
ただ、その相手をずっと頭の中に住まわせてしまうと、苦しくなるのはあなたです。
相手を変えることはできません。
過去をなかったことにもできません。
でも、これから自分のこころをどう扱うかは、少しずつ選び直すことができます。
「嫌い」
「憎い」
と握りしめ続けるのではなく
「興味がない」
と手放していく。
その方が、あなたのこころはずっと自由になっていきます。
そして、その自由になったぶんだけ、自分のために時間や気持ちを使えるようになっていきます。
嫌な相手のために、あなたのこころを占領させ続けなくていいんです。
あなたのこころの居場所は、あなたのために使っていいんです。