06 物語と祈り
宗教は、 人を支え、縛るのか
宗教は人を協力させるのか、それとも縛り排除するのか。ノーレンザヤンのビッグ・ゴッド理論と、宗教的な意識づけが内集団びいきと排除を同時に強める実験から、支える力と縛る力の関係を考えます。
前の章では、聖なるものが、日常から切り離された特別な領域として区別されてきたことを見てきました。では、こうして物語、儀礼、祈り、聖なるものが組み合わさるとき、宗教は人と共同体に何をもたらしてきたのでしょうか。
宗教は、一つの単純な機能だけを持つ営みではありません。教えとして生き方の指針を示し、儀礼として繰り返しの行為を与え、共同体として人々を結びつけ、相互扶助として困窮した人を支え、倫理として善悪の基準を示し、権威として秩序を裏づけてきました。
こうした複数の要素のうち、まず「人を支える」側面から見ていきます。
心理学者アラ・ノーレンザヤンは、「すべてを見通し、道徳的な行いに関心を持つ神」という信仰が、見知らぬ者同士が信頼し合い、協力し合う大規模な社会を可能にしてきた、という理論を提唱しました。
複数の実験研究で、宗教的な言葉や概念を意識させられた参加者は、見知らぬ相手に対してより公正に振る舞い、不正をしにくくなることが確認されています。血縁でも顔見知りでもない相手と、なぜ人は協力できるのか。「見ている神」という存在が、その協力を後押ししてきた可能性がある、というのがノーレンザヤンの主張です。
実際に行われた実験の一つでは、参加者にコンピューター上で簡単な課題をしてもらい、その最中に宗教に関連する単語(「神」「聖なる」「預言者」など)を、意識に上らないほど短い時間だけ画面に映す操作がされました。その後、参加者に一定額のお金を渡し、匿名の見知らぬ相手にいくら分けるかを決めてもらう課題を行うと、宗教的な単語に触れた参加者の方が、中立的な単語に触れた参加者よりも、多くの金額を分け与える傾向が見られました。本人が宗教的な単語を見たことすら自覚していない場合でも、この傾向は確認されています。

ただし、この理論には有力な反論も残っています。信仰を持たない人の割合が高い社会の方が、むしろ高い協調性や公共の福祉を示しているというデータも報告されており、「神への信仰がなければ大規模な協力は成立しない」とまでは言い切れません。宗教は、大規模な協力を可能にした一つの経路ではあっても、唯一の経路ではなかったようです。
一方で、宗教にはもう一つ、正反対に見える働きもあります。
2012年、心理学者メーガン・ジョンソンらは、信仰心の強さと、内集団・外集団への態度の関係を調べました。実験では、参加者の一部に、意識されない形で宗教的な言葉に触れさせる操作が行われました。
EVIDENCE
その結果、宗教的な言葉に触れた参加者は、そうでない参加者に比べて、自分の信仰と一致する集団への好意的な態度と、価値観の異なる集団への否定的な態度の、両方が同時に強まっていました。
この実験でとくに注目すべきなのは、二つの態度が別々の心の動きではなく、一つの操作から同時に生じていたという点です。宗教的な言葉に触れることは、参加者の心の中で「仲間を大切にする気持ち」と「仲間ではない者への警戒心」を、切り離せない形で同時に呼び起こしていました。片方だけを強めて、もう片方を抑える、ということが起きていなかったのです。
OPEN QUESTION
つまり、身内への結びつきを強める働きと、異なる価値観を持つ者を遠ざける働きは、まったく別のものではなく、同じ心理的な仕組みの中から、同時に生まれている可能性があります。宗教が人を支えるのか、縛り排除するのかという問いは、実は同じコインの表と裏なのかもしれません。この点については、研究者の間でもまだ議論が続いています。

権威や強制、政治との結びつきについても、これまでの章で見てきた通りです。神話は社会秩序を正当化する「チャーター」として働き、祖先崇拝は権威を託されたものとして位置づける仕組みでもありました。宗教は、こうした正当化の力を、時には共同体を安定させる方向へ、時には特定の支配を固定化する方向へと、両方に用いてきました。
こうして見てくると、宗教を「人類にとって常に良いものだった」と一括りに礼賛することも、「対立と抑圧の温床でしかなかった」と一括りに批判することも、どちらも実際の姿を単純化しすぎているように思えます。支える力と縛る力は、切り離された別々の性質ではなく、同じ根から伸びてきたものなのだと思います。
現代の私たちにとっても、この視点は関わってきます。信仰を持つ人にとっても、持たない人にとっても、共同体の結びつきと、そこから外れる者への扱いは、宗教という枠組みを超えて、今も形を変えながら存在し続けています。
多くの物語と価値を、こうして受け継いできた私たちは、現代において何を大切にすべきなのでしょうか。
参考資料
-
Norenzayan, A.
Big Gods: How Religion Transformed Cooperation and Conflict.
Princeton University Press, 2013.
書籍情報を確認する -
Johnson, M. K., Rowatt, W. C., & LaBouff, J. P.
“Religiosity and prejudice revisited: In-group favoritism, out-group derogation, or both?”
Psychology of Religion and Spirituality, 2012.
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