05 問いと哲学

幸せとは、 何を満たすことなのか

快楽的幸福と持続的幸福、経験する自己と記憶する自己、お金と幸福の関係。幸せという一つの言葉に混ざり合う、いくつもの側面を科学の視点から考えます。

前の章では、脳のメカニズムがまだ十分にわかっていなくても、確かに何かを感じているこの状態そのものを大切にできる、というところまで見てきました。では、そうやって何かを感じ、意識を持つ私たちは、いったい何を「幸せ」と呼んでいるのでしょうか。

「幸せになりたい」という言葉を、私たちは日常的に使います。ですが、その中身をよく見てみると、実はまったく違う二つのものが混ざっていることに気づきます。

一つは、心地よい気分が続き、嫌な気分が少ない状態です。楽しい、うれしい、満たされている、といった感情そのものを指しています。心理学ではこれを快楽的幸福と呼びます。

もう一つは、自分の力を発揮し、意味のあることに取り組み、納得しながら生きている状態です。必ずしも楽しい気分を伴うとは限りません。困難な目標に向き合っている最中は苦しくても、後から振り返れば「これでよかった」と思えるような感覚です。心理学ではこれを持続的幸福と呼びます。

心理学者マーティン・セリグマンは、この持続的幸福をさらに分解し、幸福を形づくる要素の一つとして「達成」を挙げています。目標に向かって取り組み、それをやり遂げたという感覚は、それ自体を人が追い求める、独立した幸福の要素の一つだとされています。もちろん、達成感だけがあれば幸せになれるとは言い切れません。関係や意味など、他の要素が伴わなければ、達成を追い求め続けても満たされないこともあります(目標に近づいているという感覚そのものが満足感を生み出す仕組みについても、第44章で扱っています)。それでも、何かをやり遂げたという感覚が、幸せを構成する大切な柱の一つであることは、多くの研究が指摘しているところです。

この二つは、重なる部分もありますが、同じではありません。楽しい気分に満ちているのに、後から振り返ると空虚に感じる時間もあれば、大変な思いをしながらも、それをやり遂げたことに深い納得を覚える時間もあります。「幸せ」という一つの言葉の中に、この二つの異なるものさしが同居しているのです。

一瞬で消える小さな光と、静かに灯り続ける光を同時にまとう人物のシルエット

この二つのずれをさらに掘り下げたのが、心理学者ダニエル・カーネマンです。カーネマンは、私たちの中に「経験する自己」と「記憶する自己」という、二つの異なる自分がいると説明しました。

経験する自己は、今この瞬間の快・不快を感じている自分です。記憶する自己は、後から振り返ってその経験を評価する自分です。この二つは、しばしば違う結論を出します。

カーネマンが示した典型的な例が「ピーク・エンドの法則」です。ある実験では、被験者に冷たい水に手を浸してもらい、その体験を評価してもらいました。すると人は、経験の長さや、その間の苦痛の総量ではなく、もっとも強く感じた瞬間(ピーク)と、終わり方(エンド)だけで、その経験全体の記憶を決めてしまうことがわかりました。実際、水の冷たさが同じでも、最後に少しだけ楽になる時間を長く付け足した方を、人は「マシだった」と記憶していたのです。全体の苦痛の総量としては、むしろ長い方が多いにもかかわらずです。

私たちが人生の選択をするとき、頼りにしているのは、たいてい記憶する自己の物語です。カーネマンは、この記憶する自己が、経験する自己の実際の幸福を必ずしも代弁していないと指摘しています。

連続する光のリボンと、ピークと終わりの二点だけをつなぐ線

もう一つ、幸せをめぐって長く議論されてきたのが、お金と幸福の関係です。

1974年、経済学者リチャード・イースタリンは、国全体が豊かになっても、平均的な幸福度は必ずしも上がらないという逆説を示しました。これは「イースタリンのパラドックス」と呼ばれています。

その後、この関係をめぐる研究は、意見が分かれたまま進みました。2010年、カーネマンと経済学者アンガス・ディートンは、年収がおよそ7万5000ドルを超えると、感情的な幸福は頭打ちになるという研究を発表しました。ところが2021年、心理学者マシュー・キリングワースは、別の調査手法を用いて、高い年収でも幸福は上がり続けるという、矛盾する結果を発表しました。

EVIDENCE

この対立を解消するため、2023年、カーネマンとキリングワース自身が、互いの立場を持ち寄って共同で検証する「対抗共同研究」を行いました。結果は、両者の主張を統合する形で決着しました。もともと幸福度が低い層では、高い年収になっても幸福は頭打ちになる一方、もともと幸福度が高い層では、年収が上がるほど幸福も上がり続け、高年収になるとむしろ加速することがわかったのです。

つまり、お金と幸福の関係は、一律に「上がる」でも「頭打ちになる」でもなく、その人がもともとどんな状態にあるかによって違う、ということが、対立する二つの研究チーム自身の手によって確かめられました。

対立していた二つの光の流れが、中心で複雑に織り合わさっていく構図

こうして見ると、幸せはお金だけで説明のつくものではなさそうです。関係の深さ、健康、自由に選べる範囲、置かれている社会的な条件。これらもまた、幸せを形づくる材料として、数多くの研究が指摘してきました。

現代を生きる私たちにとって、この視点は関わってきます。「幸せは気の持ちようだ、考え方さえ変えれば満たされる」と考えて、置かれている条件そのものの厳しさを見過ごしてしまうことと、「条件さえ揃えば自動的に幸せになる」と考えて、感じ方や向き合い方の余地を見過ごしてしまうこと。この二つも、正反対に見えて、どちらも極端です。

心地よさも、納得も、条件も、記憶の物語も、どれか一つだけが幸せの正体ではありません。それでも、今この瞬間を生きる経験する自己と、それを振り返る記憶する自己、その両方に目を向けながら、自分にとっての幸せの形を探っていくことはできるのかもしれません。

では、心地よさや納得だけでは埋まらないとき、人は何を求めるのでしょうか。

参考資料

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    “Psychological well-being revisited: Advances in the science and practice of eudaimonia.”
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    Flourish: A Visionary New Understanding of Happiness and Well-being.
    Free Press, 2011.
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