02 人類

人間は、 なぜ物語を信じるのか

人は、ばらばらの出来事をつなぎ、誰かの心や因果関係を読み取ることで物語を作ります。記憶、他者理解、集団の規範、反復による真実らしさをたどり、物語が信じられる理由と、その危うさを考えます。

「物語を信じる」というと、事実ではない話を、そのまま受け入れることのように聞こえるかもしれません。

ただ、物語は作り話だけを指すものではありません。

昨日の出来事を誰かへ伝えるときも、私たちは起きたことを順番に並べるだけではなく、「誰が、何をしようとして、なぜそうなったのか」というつながりを作ります。

物語とは、ばらばらに見える出来事へ形を与え、その意味をほかの人と共有する仕組みでもあるのです。

では、なぜ私たちは、その形に引き込まれ、ときには判断まで動かされるのでしょう。

出来事は、つながることで記憶になる

私たちが経験する世界には、本来、物語の見出しや章の区切りはありません。

光も音も人の動きも、途切れることなく続いています。それでも私たちは、一日を「家を出た」「誰かと会った」「問題が起きた」「家へ戻った」といった出来事のまとまりとして覚えます。

物語を見聞きしているときの脳活動を調べた研究では、人は連続する情報を、いくつかの出来事へ自然に分けていることが示されています。話の場面や状況が大きく切り替わる境界では海馬の活動が高まり、その反応は後に物語を思い出すときの脳活動とも関係していました。

ただ、記憶を支えるのは、出来事を区切ることだけではありません。

時間を離して示された二つの出来事でも、一つの筋の通った物語として結びつけられる場合には、海馬の活動パターンが似たものになり、翌日の詳しい想起も支えられることが報告されています。

提示された順序が複雑に入れ替わる映像を使った研究でも、人々は単に見た順番をなぞるのではなく、物語の中で実際に起きた時間順序や、何が何を引き起こしたのかという因果関係に沿って場面を思い出す傾向を示しました。

物語が記憶に残りやすいのは、面白いからだけではありません。

「この出来事があったから、次の出来事が起きた」というつながりが、複雑な経験を整理し、後からたどり直すための道筋になるのです。

動きの中に、誰かの心を見る

物語には、出来事だけでなく、何かをしようとする存在が登場します。

人は、わずかな動きや距離の変化からでも、その背後にある目的や感情を読み取ろうとします。

川辺で籠を拾おうとする人と手を差し出す人を、少し離れた仲間たちが見つめ、その動きの意図を読み取ろうとしている様子

1940年代に行われた有名な実験では、参加者は三角形や円が動くだけの短い映像を見ました。

図形には顔も声もありません。それでも多くの人は、位置や速度を説明するだけではなく、「追いかけた」「逃げた」「閉じ込めた」「助けようとした」といった、人間どうしの出来事のように語りました。

2024年に、この映像を通常の画面と仮想現実で再現した研究でも、参加者は単純な図形へ役割や感情を与え、意味のある出来事として受け取りました。仮想現実では図形への感情的な結びつきが強まりましたが、登場する図形の役割については、通常の画面でもおおむね同じように理解されていました。

わずかな動きから目的を読み取ることは、単なる思い込みとは限りません。

仲間の視線や姿勢から、次に何をしようとしているのかを推測することは、共同生活に欠かせないからです。

「あの人は、これを望んでいた。だから、こう動いた。その結果、こうなった」

この形が生まれると、目の前で起きている短い動きも、誰かの心と時間を持つ出来事へ変わります。

私たちは、物語を外側から眺めるだけではありません。登場人物の立場へ入り、その人が見ている世界を、自分の内側でたどることもあります。

物語へ注意と感情を向け、頭の中で場面を思い描く状態は「ナラティブ・トランスポーテーション」と呼ばれます。実験では、物語へ深く入り込んだ人ほど、登場人物を好意的に評価し、物語に沿った考えを受け入れやすくなる傾向が確認されました。

ただし、物語を読めば、誰もが同じ判断へ変わるわけではありません。影響の強さは、内容、読み手の知識や関心、登場人物との距離などによって異なります。

物語は判断を消してしまう魔法ではなく、ほかの人の経験を自分の内側で試す場所なのです。

物語は、集団の期待を運ぶ

物語によって伝えられるのは、「何が起きたか」だけではありません。

「このような場面では助け合う」「約束を破ると仲間を失う」「力を持つ者も勝手に振る舞ってはいけない」

登場人物の選択と、その後に起きる結果を通して、集団が望ましいと考える行動や、避けるべき行動も伝えられます。

朝の岩陰で、一人の語り手の身振りや手元へ人々が注意を向け、聞いた出来事を共有された記憶として受け取っている様子

フィリピンの狩猟採集民アグタを対象にした研究では、長老たちが日常的に語る四つの物語が収集されました。

そこには、協力、男女の平等、友情、集団への受け入れ、力を一人へ集中させないことなど、共同生活に関わる主題が描かれていました。

規則を一つずつ言い渡さなくても、誰かがどのように行動し、何が起きたかを語れば、聞き手は「この集団では、何が大切にされているのか」を思い描けます。

同じ研究では、優れた語り手が多いと評価されたキャンプほど、資源を分ける実験で協力的な行動が多いという関連も確認されました。優れた語り手は、一緒に暮らしたい相手として選ばれやすい傾向もありました。

ただし、この結果だけで、物語を聞いたことが協力を直接生み出したとは言えません。

もともと協力関係の強い集団で、語り手が育ちやすかった可能性もあります。語り手の多さと協力との間で確認されたのは関連であり、単純な原因と結果ではないのです。

それでも、物語が人から人へ渡ることで、出来事だけでなく、行動への期待も共有されていくことは考えられます。

同じ物語を知ることは、まだ起きていない場面で、仲間が何を大切にし、どのように振る舞おうとするのかを考える手がかりになった可能性があります。

物語は過去を残すだけでなく、これから一緒に行動するための足場にもなってきたのかもしれません。

分かりやすさは、真実ではない

物語には、出来事を覚え、他者を理解し、集団の期待を共有する力があります。

その一方で、その力は、語られた内容が事実であることを保証しません。

一度聞いた主張は、初めて聞く主張よりも処理しやすくなります。そのなじみやすさが、内容の正しさと取り違えられることがあります。

実験では、以前に見た文は、新しく示された文よりも真実らしいと判断されやすくなりました。参加者が正しい知識を持っている場合でも、繰り返しによる影響が現れることがありました。

これは、同じ物語を何度も聞けば、そのすべてを必ず信じるという意味ではありません。

ただ、同じ主張が繰り返し示されると、それが以前から知っていたことのように感じられる場合があります。

これは物語そのものを調べた研究結果ではありませんが、物語の中に含まれる主張を受け取るときにも、反復と正しさを区別して考える必要があります。

筋の通った説明にも、似た危うさがあります。

目撃した出来事について、参加者自身に事実とは異なる説明を作らせた実験では、その説明が出来事の結果へ因果的な意味を与えている場合、後にそれを実際の記憶として報告しやすくなりました。

「なぜそうなったのか」が埋まると、出来事全体は理解しやすくなります。

ただ、分かりやすい説明が見つかったことと、その説明が正しいことは同じではありません。

物語には、経験を整理する力と同時に、欠けている部分をもっともらしい意味で埋めてしまう危うさがあります。

私たちが物語へ引き込まれる理由は、一つではありません。

出来事のつながりが見えると覚えやすくなり、登場人物の立場へ入ると、その経験が身近になります。仲間と同じ物語を知れば、行動への期待を共有しやすくなります。繰り返し聞いた内容は、以前から知っていたもののように感じられることもあります。

これらはすべて、人間が複雑な世界を生きるために使っている力です。

ただ、その力が向かう先は、事実だけとは限りません。

物語は、真実を遠くまで運ぶこともあれば、誤りへ筋道を与えることもあるのです。

参考資料

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    Neuron, 2017.
    論文を確認する
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    Current Biology, 2021.
    論文を確認する
  3. Antony, J. et al.
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    The American Journal of Psychology, 1944.
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    Scientific Reports, 2024.
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    Nature Communications, 2017.
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  9. Chrobak, Q. M. & Zaragoza, M. S.
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