02 人類
私たちの心は、 なぜ他者の存在にこれほど揺れるのか
人は、他者から見られ、評価され、拒まれ、受け入れられることで、心だけでなく身体まで変化します。協力、排除、評判、社会的な評価と支えの研究から、他者の存在にこれほど揺れる理由をたどります。
誰もいない場所で失敗したときと、誰かに見られている前で失敗したときでは、同じ出来事でも感じ方が変わります。
一人なら、少し考え直せば済むことでも、視線を向けられ、評価されていると感じた瞬間、胸が速く打ち、顔が熱くなり、頭の中から言葉が消えてしまうことがあります。
反対に、そばに信頼できる人がいるだけで、張りつめていた身体が少し緩むこともあります。
他者は、私たちの外側にいるだけではありません。
その視線、反応、沈黙、受け入れは、身体の内側まで届きます。
なぜ人間の心は、他者の存在にこれほど大きく揺れるのでしょう。
一人の力だけでは、暮らしを支えられなかった
人類は、長い時間を他者と協力しながら生きてきました。
食料を得られる日もあれば、何も持ち帰れない日もあります。けがや病気で動けないとき、幼い子どもを育てるとき、遠くの水場や獲物の情報を知るときも、一人の力だけでは暮らしを維持できません。
現在の狩猟採集社会を、過去の人類そのものとみなすことはできません。それでも、移動しながら採集や狩猟を行う暮らしの中で、社会的なつながりがどのような役割を持ち得るのかを考える手がかりになります。
タンザニアのハッザを調べた研究では、血縁者だけでなく、親族ではない人々のあいだにも社会的なつながりが確認されました。
協力実験で似た行動を選ぶ人どうしは関係を結んでいることが多く、キャンプごとの協力行動にも違いがありました。個人の行動は、その人を取り巻く関係から完全に独立しているわけではなかったのです。
フィリピンのアグタと中央アフリカのバヤカの日常的な交流を調べた研究では、親族ではない家族どうしを結ぶ、少数の強い友人関係が見つかりました。
人々が持つ知識の似かたは、血縁関係よりも、こうした強い友人関係によってよく予測されていました。家族の内側だけでは得られない情報や経験が、親族を越えたつながりを通して移動していたと考えられます。
これらの研究だけから、遠い祖先の心を直接知ることはできません。
ただ、食料、情報、子育て、安全が他者との関係に支えられる暮らしでは、誰とつながっているかは、単なる気分の問題ではなかったはずです。
仲間から受け入れられていることは、必要なときに助けや情報へ届く道が開いていることでもありました。
その道が閉じそうな変化へ、心が敏感になったとしても不思議ではありません。
輪から外れると、心はすぐに反応する
社会的な排除への反応を調べる実験では、参加者が画面上の相手とボールを投げ合います。
最初は自分にもボールが回ってきます。ところが、途中からほかの参加者だけで投げ合うようになり、自分は加われなくなります。

実際には、短時間の簡単なゲームです。それでも、排除された成人や子どもは、参加し続けた人より気分が低下し、所属感、自分の価値、状況を動かせる感覚、自分の存在が認識されているという感覚が脅かされたと報告しました。
画面上の見知らぬ相手による短い排除でさえ、心は「たいしたことではない」と簡単には片づけません。
ただし、誰もが同じ強さで反応するわけではありません。
別の実験では、もともと他者とのつながりを強く求める傾向があった人ほど、排除されたあとのコルチゾール、主観的なストレス、否定的な感情が大きくなりました。一方、拒絶への敏感さでは同じ違いは確認されませんでした。
排除された人が、必ず静かに引き下がるわけでもありません。
部分的にボールを回されなくなる状況を調べた研究では、参加者は排除し始めた相手へ、直後にはかえって多くボールを返していました。その反応はしばらくすると弱まり、もとの投げ方へ近づいていきました。
この結果だけで、その行動が意識的な関係修復だったとは断定できません。それでも、輪から外れそうになったとき、人がただ離れるだけでなく、相手との接点を取り戻そうとする場合があることを示しています。
排除に直面した心は、もう一度つながろうとするのか、距離を取るのか、怒りを向けるのかを探し始めます。
その反応は、一つではないのです。
見られていると、身体まで変わる
他者が同じ場所にいるだけで、いつも身体が強く緊張するわけではありません。
ただ誰かがそこにいることと、自分が評価されていることは、身体にとって同じではないようです。
大学生にスピーチをさせた実験では、評価する人々の前で話す条件、注意を向けていない人のそばで話す条件、一人で話す条件が比較されました。
唾液中のコルチゾールが明確に上昇したのは、否定的に評価される可能性がある条件でした。単に誰かが同じ部屋にいるだけでは、同じ上昇は確認されませんでした。
別の実験では、一人または四人の評価者の前でスピーチをする条件と、一人で話す条件が比較されました。
評価される条件では、コルチゾール、心拍、自律神経系の反応、恥ずかしさや不安などが大きくなり、評価者が増えるにつれて複数の生理反応も強まりました。
私たちを揺らすのは、他者の身体そのものだけではありません。
その人が自分をどう見ているのか、その評価がこれからの関係へ何をもたらすのかという可能性です。
評価が悪ければ、信頼を失うかもしれません。協力相手として選ばれなくなるかもしれません。集団の中での立場が変わるかもしれません。
現代の発表や面接が、遠い過去の生存場面と同じだという意味ではありません。
それでも、人からどう見られているかという情報が、身体のストレス反応へ結びつく仕組みは、他者との関係が暮らしへ影響してきた歴史と無関係ではないのでしょう。
評判は、まだ起きていない関係を動かす
他者の評価を気にする心は、苦しさだけを生むわけではありません。
自分の行動が知られる可能性があることで、目の前の利益を抑え、集団へ資源を残す選択が増える場合もあります。
六人で共有資源へ寄付する実験では、寄付額の少ない二人の名前を最後に明らかにすると伝えた条件と、寄付額の多い二人を公表すると伝えた条件が調べられました。
不名誉を避ける可能性と、評価される可能性のどちらも、誰の行動も公表されない条件より寄付額を増やしました。
評判をもとに次の協力相手を選べる仕組みを加えた公共財ゲームでも、匿名の条件より協力が増えました。評判は、過去の行動を記録するだけでなく、次に誰と関わるかという選択へ影響します。
ただし、人間が協力する理由を、すべて評判へ還元することはできません。
誰にも見られていない場面でも助ける人はいます。親しさ、共感、習慣、価値観、集団の規範など、行動を支えるものは一つではありません。
その一方で、「自分の行動が誰かに知られるかもしれない」という感覚によって、選択が変わることがあるのも事実です。
他者の目は、いまの自分を測るだけではありません。
次に誰から信頼され、誰と協力できるのかを左右する入り口にもなるのです。
受け入れられると、身体は戻り始める
他者は、ストレスの原因になるだけではありません。
他者とのつながりは、揺れた心と身体が戻るための支えにもなります。

排除と受容を二回のボールゲームで組み合わせた実験では、排除されたあとに受け入れられた参加者は、排除が続いた人より、所属感、自分の価値、気分などを回復させました。
一方で、最初に受け入れられていても、その後に起きる排除の影響を防ぐことはできませんでした。
過去の受容が将来の傷つきをなくすわけではありません。ただ、傷ついたあとに新しい受容があることで、その影響が和らぐ場合があります。
ストレスを受けた人とそのパートナーを調べた研究でも、相手から前向きで協力的な支えを多く受けた人ほど、コルチゾールが速く低下しました。
ただし、その関係は誰にでも同じではありませんでした。女性では、パートナーとの関係に不安を強く感じている人ほど、支えによる回復との関連が弱くなっていました。
重要なのは、人がそばにいれば必ず落ち着くということではありません。
批判する人、信頼できない人、自分を理解しようとしない人の存在は、かえって負担になることがあります。支えになるのは、人数ではなく、その関係を安全だと感じられるかどうかです。
私たちの身体は、自分一人だけで感情を整えているわけではありません。
ときには、誰かの声、表情、距離、応答の仕方を手がかりにして、「いまは危険ではない」と判断しています。
他者の存在によって揺れる心と、他者の存在によって静まる心は、まったく別の仕組みではないのかもしれません。
どちらも、人間が関係の中で生きてきたことから生まれた反応なのでしょう。
他者の目が気になることは、意志の弱さではありません。
拒まれることが痛く、受け入れられることで安らぐのも、心が未熟だからではありません。
人間の心は、一人だけで完結する仕組みとして発達してきたとは考えにくいのです。
食料を分け、子どもを育て、知識を伝え、物語を共有しながら生きてきた身体にとって、他者は暮らしを形づくる環境の一部でした。
だからこそ、視線一つ、返事一つ、沈黙一つで、私たちはこれほど揺れます。
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