『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』ケリー・マクゴニガル|ストレスを感じる自分まで責めないために読んだ本
『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』を通して、ストレス反応を弱さや故障の証拠と決めず、向き合う、つながる、離れる、休むという選択を考えます。刊行後の研究更新と、慢性ストレス・医療との線引きにも触れています。
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大切な予定が近づくと、胸が落ち着かなくなることがあります。
人前で話す前に心拍が速くなり、手に汗をかく。
仕事が重なると、頭の中がいっぱいになり、眠っているあいだまで考え続ける。
その反応がつらいだけでなく、「こんなにストレスを感じていたら、心も身体も壊れてしまうのではないか」と、ストレスそのものが怖くなることもあります。
ストレスを感じている自分は、弱い。
もっと落ち着いて受け止めなければならない。
早くストレスを消さなければならない。
そう考えるほど、身体の反応を何度も確かめ、さらに不安が強くなることがあります。
ケリー・マクゴニガルの『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』は、ストレスを完全になくす方法を教える本ではありません。
ストレス反応をすべて有害なものとして恐れる見方を問い直し、その反応とどう関わるかを、心理学、健康科学、医学などの研究と、人々の事例を通して考える本です。
日本語版は神崎朗子さんが訳し、2015年に大和書房から単行本として刊行され、2019年に文庫化されました。
ストレスをなくす方法を教える本ではない
原題の『The Upside of Stress』には、ストレスの中にある別の側面を見るという意味が込められています。
本書が伝えようとしているのは、「ストレスはすべて健康によい」という単純な話ではありません。
危険な状態や、強く長く続く負担が、心身へ影響することはあります。
けれど、ストレス反応を感じた瞬間に、それを失敗や故障の証拠と決める必要もない。
ストレスをなくすことだけを目標にするのではなく、何が起きているのかを知り、状況に応じて反応を使い、必要なら負担を減らす。
本書は、そのような関わり方を考えます。
全体は、ストレスへの考え方を見直す前半と、向き合う、つながる、成長するという三つの方向からストレスを扱う後半に分かれています。
ストレスを避け続けるのではなく、ストレスがある現実の中で、どのような行動を選べるかを考える本です。
ストレスへの見方が、次の反応を変えることがある
本書の第1章で中心になるのが、「ストレス・マインドセット」という考え方です。
ストレスは自分を弱らせるものだと考えるのか。
困難へ対応するために働く面もあると考えるのか。
同じ状況にいても、ストレスをどう捉えるかによって、身体の反応の意味づけや、その後に選ぶ行動が変わる場合があります。
本書では、米国の成人約2万8753人を追跡した研究が紹介されています。
強いストレスを報告し、さらに「ストレスが健康へ大きく影響する」と考えていた人たちには、死亡リスクの上昇との関連が見られました。
ただし、この研究は観察研究です。
ストレスを悪いものだと思ったことが、死亡を直接引き起こしたと証明した研究ではありません。
健康状態、生活環境、本人が感じていた負担など、さまざまな要因が関係する可能性があります。
この研究から受け取れるのは、考え方だけで寿命が決まるということではなく、ストレスへの見方も無関係ではないかもしれない、という問題提起です。
緊張している身体は、課題へ備えていることもある
人前で話す直前に心拍が速くなると、「落ち着かなければ」「このままでは失敗する」と焦ることがあります。
けれど、心拍が速くなり、呼吸が変わることは、身体がこれから必要になる行動へ備えている反応でもあります。
筋肉や脳へ血液を送り、注意を向け、すぐに動けるようにする。
その反応を「危険が迫っている証拠」と受け取るか、「課題へ対処するために身体が準備している」と受け取るかによって、経験の仕方が変わる可能性があります。
本書では、ストレス反応を脅威だけでなく、挑戦へ向かう反応として捉え直す研究が紹介されています。
実験室で行われた研究では、身体の覚醒を役立つ反応として説明された参加者に、心血管反応や注意の違いが示された例があります。
ただし、動悸や息苦しさがあれば、いつでも「身体が頑張っているだけ」と考えればよいわけではありません。
症状が強い、繰り返す、日常生活へ影響する、身体の病気が疑われるといった場合には、医療機関で確認する必要があります。
ストレス反応を怖がりすぎないことと、身体の異変を無視することは別です。
ストレスには、大切にしているものが隠れている場合がある
どうでもよいことには、強いストレスを感じないことがあります。
仕事で失敗したくないのは、その仕事を大切にしているからかもしれません。
家族のことを心配するのは、守りたい関係があるからかもしれません。
新しい挑戦が怖いのは、そこに実現したいことがあるからかもしれません。
ストレスを感じたとき、「この反応を消すにはどうすればよいか」だけでなく、「私は何を大切にしているのだろう」と考えると、次に選びたい行動が少し見える場合があります。
けれど、すべてのストレスに、自分が望んだ大切な意味があるわけではありません。
過重労働、ハラスメント、暴力、虐待、差別、貧困、病気など、本人の意思とは関係なく負わされる苦痛があります。
そのような負担まで、「大切なものがあるから」「成長する機会だから」と受け止める必要はありません。
ストレスが価値観と結びつく場合があることと、有害な環境を受け入れることは別です。
私がこの本から受け取ったこと
私がこの本から受け取ったのは、ストレスを感じる自分まで責めなくてもよいという視点でした。
不安になった。
身体が緊張した。
頭の中から問題が離れなくなった。
その反応が出たときに、「また駄目になっている」と決めると、最初のストレスに自己否定が重なります。
けれど、身体は、何かへ対応しようとしているのかもしれません。
危険を避けようとしている。
大切なものを守ろうとしている。
これから起きることへ備えようとしている。
そう考えると、反応をすぐに消せなくても、次に何をするかは考えられる場合があります。
休むのか。
準備を始めるのか。
誰かへ話すのか。
予定を減らすのか。
その場所から離れるのか。
ストレスを感じない人になることではなく、ストレスを感じたあとに、自分に必要な行動を選ぶ。
私には、そのように考え直すための本でした。
助けを求めることも、ストレスへの反応のひとつ
ストレスを感じると、一人で何とかしなければと思うことがあります。
弱いと思われたくない。
迷惑をかけたくない。
うまく説明できない。
そうして抱え続けるほど、状況が見えにくくなる場合があります。
本書の第5章では、ストレス反応が人を孤立させる方向だけでなく、他者とのつながりを求める方向にも働くことが扱われています。
人へ話す。
助けを求める。
同じ経験をした人とつながる。
自分ができる範囲で、誰かを支える。
こうした行動が、困難へ向き合う力になることがあります。
ただし、誰にでも話せばよいわけではありません。
相手との関係が安全ではないとき、話すことで責められたり、情報を悪用されたりする危険があるときは、距離を取る必要があります。
つながることは、身近な人だけに限りません。
医療機関、相談窓口、支援機関など、安全性と役割が明確な場所へつながる方法もあります。
助けを求めることは、自分で対処できなかった証拠ではありません。
ストレスの中で、自分を守るために選べる行動のひとつです。
逆境から成長できなくても、その人が弱いわけではない
本書の後半では、つらい経験のあとに、価値観、人との関係、生き方などが変化する「逆境後の成長」が扱われます。
苦しい出来事を経験したあと、それまで気づかなかった大切なものを知る人がいます。
人との関係が変わったり、新しい方向を選んだり、自分の強さに気づいたりすることがあります。
けれど、逆境を経験すれば必ず成長できるわけではありません。
苦痛が長く残る人もいます。
何も意味を見つけられない人もいます。
以前できていたことができなくなり、回復に長い時間が必要になる場合もあります。
成長した部分と、今も苦しい部分が同時に存在することもあります。
成長できなかったから弱いわけではありません。
意味を見つけられなかったから、向き合い方が足りなかったわけでもありません。
逆境から何かを受け取れることがあるとしても、苦痛や被害が必要だったことにはなりません。
起きたことを美化せず、成長を本人へ求めない。
その線を越えずに読む必要があります。
見方を変えるだけで、悪い環境は変わらない
ストレスへの考え方を変えることには、役立つ場面があります。
緊張を失敗の予兆だけでなく、準備の反応として見る。
不安の奥に、自分が大切にしているものを探す。
一人で抱えず、助けを求める。
けれど、考え方を変えても、長時間労働が短くなるわけではありません。
暴力やハラスメントが安全なものへ変わるわけでもありません。
睡眠不足、経済的な困難、病気、差別などの現実的な負担が消えるわけでもありません。
ストレスへの見方を変えることと、ストレスの原因を減らすことは両方必要です。
休む。
仕事量を調整する。
環境を変える。
危険な相手から離れる。
制度や支援を使う。
医療機関へ相談する。
そのような行動を選ぶことは、ストレスに負けたという意味ではありません。
耐え続けることだけが、ストレスに向き合う方法ではありません。
本書の研究を、現在の確定事項と決めない
『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』の単行本は、2015年に刊行されました。
本書には、刊行当時に注目されていたストレス研究が数多く紹介されています。
その後も研究は続き、ストレスへの見方を変える介入について、効果と限界の両方が検討されています。
2019年のメタ分析では、ストレスを捉え直す介入が、本人が感じるストレス反応を弱める可能性が示されました。
一方で、心拍、血圧、コルチゾールなどの生理的な指標では、対照群を上回る明確な効果は確認されませんでした。
研究ごとの差も大きく、どの状況で、誰に、どの方法が役立つのかは、まだ検討が必要です。
2024年のメタ分析では、課題の成績に対して全体として小さな改善が示されました。
ただし、「ストレスは役立つ」と考えるマインドセットだけの介入では、有意な改善が確認されず、複数の内容を組み合わせた介入などで結果が異なりました。
考え方を変えることは、万能な方法ではありません。
本書に書かれた研究を、すべて現在の確定事項として受け取るのではなく、自分の反応を別の角度から考えるための入口として読む必要があります。
ストレスを力に変えるとは、耐え続けることではない
ストレスを感じたことと、壊れていることは同じではありません。
緊張する身体が、課題へ対応しようとしていることがあります。
不安の奥に、大切にしたいものがある場合もあります。
人へ助けを求める力が残っていることもあります。
けれど、すべてのストレスを役立つものへ変える必要はありません。
ストレスの中に意味を見つけられなくてもよい。
逆境から成長できなくてもよい。
今は休むことしかできなくてもよい。
強いストレスが続き、眠れない、集中できない、身体症状がある、仕事や家事などの日常生活へ大きな影響が出ている場合は、本だけで対処しようとせず、医療機関や専門の相談先へつながってください。
『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』は、苦しみに耐える力を身につけるための本ではありません。
ストレス反応を敵と決めつける前に、何が起きているのかを見て、自分が守りたいものと、減らすべき負担を分ける。
そのうえで、向き合う、つながる、離れる、休むという選択肢を取り戻すための本でした。