『スタンフォードの自分を変える教室』ケリー・マクゴニガル|続かない自分を意志の弱さだけで責めないために読んだ本
『スタンフォードの自分を変える教室』を通して、続かない理由を意志の弱さだけで考えず、疲労、環境、習慣、報酬への期待から見直します。刊行後に評価が変化した研究と、医療との線引きにも触れています。
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変えたいと思っているのに、続かないことがあります。
早く寝ようと思っていたのに、画面を見続ける。
今日はやろうと決めていたことを、また先延ばしにする。
やめたい習慣へ戻ったあとで、「自分はなんて意志が弱いのだろう」と責めてしまう。
何度も同じことを繰り返すと、変わりたいという気持ちまで嘘だったように思えることがあります。
ケリー・マクゴニガルの『スタンフォードの自分を変える教室』は、強い意志を持つ人になるために、ひたすら我慢する方法を教える本ではありません。
人が誘惑に負けたり、先延ばしをしたり、目標から離れたりする仕組みを、心理学、神経科学、経済学、医学などの研究を通して考える本です。
日本語版は神崎朗子さんが訳し、2012年に大和書房から刊行されました。
本書には、自分を観察するための課題や、小さな実験が各章に用意されています。
その中心にあるのは、「もっと自分を厳しく管理しよう」という発想ではなく、自分がどのようなときに選択を変えるのかを知ることです。
意志力は、我慢する力だけではない
本書の第1章では、意志力が「やる力」「やらない力」「望む力」の三つに分けて説明されます。
「やる力」は、面倒でも必要な行動を始める力です。
「やらない力」は、目の前の衝動へすぐに従わない力です。
そして「望む力」は、自分が本当に大切にしたい長期的な目標を思い出す力です。
意志力という言葉からは、食べたいものを我慢する、遊びたい気持ちを抑えるといった、「やらない力」だけを想像しやすいかもしれません。
けれど、行動を変えるには、我慢するだけでは足りません。
何を始めたいのか。
なぜ変えたいのか。
目の前の楽な選択よりも、何を大切にしたいのか。
それを思い出す力も必要になります。
続かなかったときに、「我慢が足りなかった」とだけ考えると、始めるための準備や、目標を思い出す仕組みが見えなくなります。
失敗する前に、何が起きているかを見る
習慣を変えようとするとき、私たちは結果だけを見やすくなります。
できた。
できなかった。
我慢できた。
また失敗した。
けれど、その選択が起きる前には、いくつもの出来事があります。
疲れていた。
嫌なことがあった。
目の前に誘惑が置かれていた。
いつもの時間に、いつもの場所へ行った。
「少しだけなら大丈夫」と考えた。
本書では、自分がいつ、どこで、どのように意志力を失うのかに気づくことが重視されます。
自分を観察することは、監視して罰することではありません。
選択が変わる直前に何があったのかを知り、次に変えられる部分を探すための作業です。
結果だけを見て人格を評価するのではなく、行動が起きるまでの流れを見る。
それだけでも、「また駄目だった」という一つの結論から、少し離れられることがあります。
疲れているときの失敗を、人格の欠陥にしない
本書の第3章では、自制心が筋肉のように疲れるという考え方が紹介されます。
何度も判断し、衝動を抑え、嫌なことへ耐えたあとには、次の場面で自制が難しくなるという説明です。
この考え方は「自我消耗」や「資源モデル」と呼ばれ、刊行当時は自己コントロール研究で大きな影響を持っていました。
ただし、その後の大規模な事前登録追試では、効果が小さく、信頼区間がゼロを含む結果も報告されました。
現在も、自我消耗がどのような条件で起きるのか、どの程度の効果なのかについて議論が続いています。
そのため、「意志力は使えば必ず減る」と、現在の確定した事実として断定することはできません。
それでも、睡眠不足、疲労、ストレス、空腹、複数の課題が重なった状態で、いつもと同じ判断を求めることが難しい場合はあります。
疲れているときに選択を誤ったことを、すぐに人間性の問題へ変えなくてもよい。
休む。予定を減らす。誘惑から距離を置く。判断を翌日に回す。
意志力だけで耐える前に、状態や環境を整えるという選択もできます。
よいことをしたあとに、目標から離れることがある
本書の第4章では、「罪のライセンス」という現象が扱われます。
よいことをしたあとに、「これくらいならよい」と、自分へ許可を出してしまうことがあります。
朝に運動したから、今日は食べすぎてもよい。
昨日たくさん働いたから、今日は予定を全部後回しにしてもよい。
少し節約したから、欲しかったものを買ってもよい。
一つひとつの選択が悪いわけではありません。
けれど、よい行動をしたことが、目標から外れる理由へ変わると、本当に望んでいたことが見えにくくなります。
「よい人であること」を証明したからご褒美を受け取るのではなく、今の選択が、自分の望む方向と合っているかを確かめる。
本書の「望む力」は、ここでも必要になります。
欲しいことと、得たあとの満足は同じではない
本書の第5章では、報酬を期待するときに起きる反応と、実際に得たあとの満足が同じではないことが扱われます。
欲しい。
見たい。
食べたい。
今すぐ確認したい。
その感覚が強いと、「これを手に入れれば気分がよくなる」と思います。
けれど、実際に手に入れたあと、期待したほど満足しないことがあります。
画面を長く見続けたのに、楽しかったというより疲れている。
食べたかったものを食べたのに、満足より後悔が残る。
新しいものを買ったのに、すぐ次のものが欲しくなる。
本書ではドーパミンを含む報酬系の働きが説明されますが、ドーパミンを単純な「快楽物質」と考えるのは正確ではありません。
報酬への期待、動機づけ、学習などに関わる仕組みとして、慎重に受け取る必要があります。
欲求が生まれたことと、それを満たせば本当に満足できることは、同じではない。
その違いを実際に観察することが、次の選択を考える手がかりになります。
私がこの本から受け取ったこと
私がこの本を読んで残ったのは、続かなかったことを、すぐに意志の弱さと決めなくてもよいという視点でした。
何度も計画を立てたのに、またできなかった。
その結果だけを見れば、「本気ではなかった」と結論を出すこともできます。
けれど、行動の前後を見ると、別のものが見えてきます。
眠れていなかった。
始める手順が多すぎた。
目標が遠すぎて、今日することがわからなかった。
失敗したあとに自分を責め続け、その苦しさから逃げるために、また同じ行動へ戻っていた。
意志力だけで解決しようとして、環境を何も変えていなかった。
そうした仕組みが見えると、次に試すことも変わります。
自分を責める代わりに、開始までの手順を一つ減らす。
誘惑を見えない場所へ移す。
疲れている日は、最初から小さな行動だけにする。
変わることは、自分を強く叱ることだけではありません。
続けやすい条件を、自分の周囲につくることでもあります。
一度の失敗を、すべての失敗にしない
本書の第6章「もうやけくそだ」では、失敗したあとの気分の落ち込みが、さらに同じ行動を繰り返す、いわゆる「どうにでもなれ効果」につながることが扱われます。
予定を一日守れなかった。
一度食べすぎた。
しばらく休んでいた習慣へ戻った。
そのとき、「もう全部駄目になった」と考えると、残っていた選択肢まで手放しやすくなります。
一度崩れたことと、すべてが無駄になったことは同じではありません。
失敗したあとに自分を強く責めれば、次は必ずうまくいくとも限りません。
恥ずかしさや罪悪感から逃れようとして、さらに目標から離れる場合もあります。
自分を許すことは、起きたことをなかったことにすることではありません。
何が起きたのかを見て、必要なら修正し、次の一回から再開するために、自分への攻撃を止めることです。
昨日できなかったことと、今日もできないことは同じではありません。
遠い目標より、目の前の環境を変える
将来の自分は、今の自分よりも時間があり、落ち着いていて、強い意志を持っているように感じることがあります。
明日から始めよう。
来週なら余裕がある。
次は必ず我慢できる。
けれど、未来の自分も、疲れ、迷い、目の前の誘惑へ反応します。
本書の第7章では、将来の大きな利益より、今すぐ得られる小さな報酬を選びやすい傾向が扱われます。
遠い目標を思い出すことは大切です。
ただ、それだけで毎回の選択を変えるのは難しい場合があります。
始める時間を決める。
必要なものを前日に出しておく。
やめたい行動へ近づく手順を増やす。
一人では難しいことを誰かへ伝える。
望む行動が起きやすく、望まない行動が起きにくい環境をつくることも、自己コントロールの一部です。
考えないようにするほど、考えてしまう
やめたいことがあると、「絶対に考えない」と決めることがあります。
食べ物のことを考えない。
不安なことを考えない。
失敗を思い出さない。
けれど、考えてはいけない対象を監視するためには、その対象を何度も思い浮かべる必要があります。
本書の第9章では、考えを抑え込もうとするほど、その考えが浮かびやすくなる逆説的な現象が扱われます。
考えが浮かんだことと、そのとおりに行動することは同じではありません。
欲求がある。
不安な考えが浮かんだ。
やめたい習慣へ戻りたくなった。
まず、その反応があることに気づく。
すぐに消そうとせず、少し時間を置き、そのあと何をするかを選ぶ。
意志力は、考えや感情を完全に消す力ではなく、それらが存在している中で、次の行動を選ぶ力としても考えられます。
本書の研究を、現在の確定事項と決めない
『スタンフォードの自分を変える教室』は、2012年に刊行された本です。
当時注目されていた心理学・神経科学の研究を幅広く紹介していますが、その後の追試や研究によって、評価が変化した知見もあります。
とくに、自我消耗、意志力と血糖の関係、ドーパミンの説明などは、本書の文章だけで現在の科学的結論とすることはできません。
また、本書にある実験や方法が、すべての人へ同じように働くとも限りません。
依存症、摂食障害、うつ病、ADHDなど、医療や専門的支援が必要になりうる状態を、意志力の不足として扱うべきではありません。
習慣や衝動によって生活へ大きな影響が出ているときは、本だけで解決しようとせず、医療機関や専門の相談先へつながってください。
本書は、現在の科学をすべて確定した形でまとめた教科書ではなく、自分の行動を観察し、試しながら考えるための一冊として読む必要があります。
自分を叱るより、仕組みを変える
変わりたいと思ったことが、すぐに続かなくても、その願いまで嘘になるわけではありません。
意志力に関わる選択には、疲労、感情、環境、習慣、報酬への期待、周囲の人など、さまざまなものが関係します。
自分を責めれば、それらが見えなくなることがあります。
何が起きたのかを見る。
始めるまでの手順を小さくする。
誘惑との距離を変える。
疲れているなら休む。
失敗したら、次の一回から再開する。
必要なら、人や専門家の力を借りる。
『スタンフォードの自分を変える教室』は、意志の強い人になるために自分を追い込む本ではありません。
続かなかった自分を裁く前に、行動が起きる仕組みを観察し、変えられる部分から試すための本でした。