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Journey 10|人間が世界をつくる

人間は自然に適応するだけでなく、植物を育て、土地を変え、食料を蓄え、見知らぬ人とも同じ仕組みの中で暮らす世界をつくってきました。農業、人口増加、所有と格差、役割と分業、文字、宗教、産業革命をたどり、人間がつくった環境が人間自身の暮らしをどう変えてきたのかを見ていきます。

前のJourneyでは、死を知る人間が、亡くなった人との関係を記憶や土地、名前、物語の中へ残してきた歴史をたどりました。

人間が共有するものは、死者の記憶だけではありません。

どこで暮らすのか。何を食べるのか。誰が何をするのか。何を残し、何を分け、何を守るのか。何を正しいと考え、誰の言葉に従うのか。

私たちは長い時間をかけて、自然の中に人間の都合だけでは説明できないほど複雑な「人間がつくった環境」を重ねてきました。

畑が生まれ、食料が蓄えられ、道ができ、住居が集まり、役割が分かれ、記録が残される。やがて都市や国家、宗教、産業、通信網が、人間の暮らしを包むようになります。

ただ、これは自然から離れていった物語ではありません。

人間が環境を変えれば、その環境の中で生きる人間の暮らしも、再び変わります。

Journey 10では、その長い往復をたどります。

人間は、環境へ適応するだけではなかった

生きものは、与えられた環境の中で生きています。ただ、生きもの自身が環境へ働きかけることもあります。巣をつくる動物がいるように、人間だけが環境を変えるわけではありません。

人類も、農業が始まるよりはるか前から火を使い、石を加工し、植物や動物を利用し、土地の使い方を変えてきました。

その関係がさらに大きく変わった出来事の一つが、植物を継続的に育て、動物を管理し、同じ土地へ何度も働きかける暮らしの広がりでした。

人間は、周囲にあるものをそのまま利用するだけではなくなります。

土を整え、種を残し、水を引き、特定の植物を増やし、収穫したものを次の季節まで蓄える。人間の行動が環境を変え、その変わった環境が、次の人間の行動を決める条件になります。

人間が世界を変える。
変わった世界が、また人間の暮らしを変える。

EVIDENCE|確認されていること

農業は、一度に発明されたものではない

かつては、狩猟採集から農耕へ移った出来事を、一つの大きな「革命」として描くことがありました。

現在の考古植物学が見せている景色は、もう少し複雑です。

植物の栽培や作物化へ向かう過程は、世界の複数の地域で、それぞれ異なる植物や環境をもとに進みました。さらに、野生植物が現在の栽培植物のような特徴を持つまでの変化も、一世代で起きたものではありません。多くの作物では、数百年から数千年にわたる緩やかな変化が考古学的記録から確認されています。[1]

つまり、ある日誰かが農業を「発明」し、その翌日から人間の暮らしが一斉に変わったわけではありません。

野生の植物を集める。生えやすい場所を覚える。周囲を整える。種をまく。育てる。残す。次の年にもう一度同じ場所へ戻る。

そうした行動が重なり、人間と植物の双方が少しずつ変わっていきました。

人々が植物を育て、土地を整え、収穫物を集めて保管しながら、自然の一部を継続的に人間の暮らしへ組み替えていく様子を描いた絵画的なイメージ

植物を育てることは、未来へ手を伸ばすことでもあった

今日見つけた食べ物を今日食べる暮らしと、数か月後に収穫する植物を育てる暮らしには、大きな違いがあります。

種をまいても、すぐには食べられません。土地を整え、育つのを待ち、収穫し、その一部を食べずに次のためへ残す必要があります。

そこには、まだ存在していない未来が入り込んできます。

次の季節にもこの土地を使えるだろうか。雨は降るだろうか。収穫物はどこへ置くのか。誰が守るのか。どれだけ残すのか。

食料を育てて蓄えることは、単に食べ物の種類が変わることではありません。土地、季節、保管場所、人間関係を、これまでとは違う時間の長さで考える暮らしでもあります。

そして、蓄えられるものが増えるほど、「誰のものなのか」「誰が使えるのか」「どう分けるのか」という問いも重くなっていきます。

OPEN QUESTION|まだ答えのないこと

農業は、人間を豊かにしたのか

農業は、より多くの人を支えられる食料生産の基盤になりました。

それなら、農業を始めた人々は、それ以前より健康で、楽で、豊かになったのでしょうか。

答えは、それほど単純ではありません。

人骨や歯を調べた研究では、狩猟採集から農耕へ移った複数の集団で、虫歯や感染症、栄養上の負担などが増えた痕跡が報告されています。食べ物の種類が狭まり、人の密度が上がり、生活や労働のあり方が変わったことなど、複数の要因が関係したと考えられています。[2]

もちろん、農耕を始めたすべての地域で同じ変化が起きたわけではありません。育てた作物、家畜、気候、暮らし方によって結果は異なります。

重要なのは、「狩猟採集は貧しく、農業によって人間は豊かになった」という一本の階段では説明できないことです。

食料を多く生産できることと、一人ひとりが健康であること。人口を増やせることと、一日の負担が小さいこと。社会が大きくなることと、誰もが同じ恩恵を受けること。

それらは、同じ意味ではありません。

EVIDENCE|確認されていること

食料生産への移行とともに、人口の形も変わった

農耕へ移行した社会について、墓地に残された人骨の年齢構成を広く比較すると、若い年齢で亡くなった人の割合が大きく変化する時期があります。

この変化は、食料生産への移行にともなって出生数が増え、人口が拡大した「新石器時代の人口転換」の痕跡として解釈されています。[3]

人口が増えれば、暮らしの景色も変わります。

より多くの人が同じ土地を利用し、より多くの食料を用意し、住居をつくり、物を運び、保管しなければなりません。

顔を知っている少人数だけで暮らしていたときには、その場の相談や記憶で済んだことも、人が増えるほど難しくなります。

誰が何をしたのか。何をどこへ置いたのか。誰にどれだけ渡すのか。土地をどう使うのか。

人間が増えることは、同時に、人間同士をつなぐ仕組みが増えることでもありました。

HYPOTHESIS|考えられていること

蓄えられるものは、所有と格差を広げたのか

持ち運べるものが少なく、移動を繰り返す暮らしでは、大量の食料や土地を長く一人で保持することには限界があります。

一方、定住し、食料を蓄え、家や土地を継続的に使う暮らしでは、残せるものが増えます。

残せるということは、受け継げるということでもあります。

こうした変化が、所有や富の差を大きくする条件の一つになったという考えがあります。

古代の住居面積を富の代理指標として比較した研究では、新石器時代以降、富の不平等が大きくなる傾向が確認されています。ただし、その程度や変化の仕方には大きな地域差があり、ユーラシアと北米・中米でも異なる軌跡が見つかっています。[4]

農業を始めれば自動的に格差社会になる、という話ではありません。

食料の保存方法、土地の利用、家畜、相続、交換、政治的な仕組みなど、多くの条件が重なります。

それでも、人間がつくった環境の中に「蓄える」「所有する」「受け継ぐ」という可能性が大きくなったことは、その後の社会を考える重要な手がかりになります。

顔を知らない人とも、同じ仕組みの中で暮らす

集落の規模が大きくなるほど、一人の人間がすべてを行うことはできません。

食料を育てる人がいる。道具をつくる人がいる。物を運ぶ人がいる。建物を直す人がいる。保管する人がいる。交換を担う人がいる。

役割が分かれることで、一人ではできないことが可能になります。

その一方で、自分が食べるものを自分だけではつくらず、自分が使う道具を自分だけではつくらず、自分の暮らしが多くの他者の仕事へ依存するようにもなります。

そこにいる全員を知っている必要はありません。

同じ道を使い、同じ保管場所を利用し、同じ決まりに従い、誰かがつくった物を受け取り、自分の仕事を別の誰かへ渡す。

人間は、知っている人との関係だけではなく、自分では全体を見渡せない仕組みの中でも生きるようになっていきました。

多くの人々が住居や道、保管場所を共有し、それぞれ異なる役割を担いながら、人間がつくった暮らしの仕組みの中で生きている様子を描いた絵画的なイメージ

EVIDENCE|確認されていること

文字は、物語だけでなく管理のためにも使われた

人間の集団が大きくなれば、記憶だけで管理することにも限界が生まれます。

誰に何を渡したのか。どれだけの穀物があるのか。家畜は何頭いるのか。どの土地や労働をどう扱うのか。

現在残されている最初期のメソポタミアの原楔形文字資料を見ると、その多くは壮大な物語ではなく、穀物、原材料、家畜、土地、労働などの分配や管理に関わっています。[5]

もちろん、世界各地で生まれた文字を一つの起源や目的へまとめることはできません。文字体系は複数の地域で異なる歴史を持っています。

ただ、少なくともメソポタミアの初期資料は、人間がつくった社会が大きくなると、「覚えている」だけではなく、「外へ残して共有する」仕組みが重要になったことを見せています。

記録は、人間の記憶を身体の外へ置く方法でもありました。

INSIDE STORY|ここからは、想像する

誰も、集落全体を知らない

朝、一人の人が畑へ向かいます。

その人は、昨日別の誰かが直した道を歩きます。

畑で採れたものの一部は、自分の家ではなく保管場所へ運ばれます。そこで別の人が受け取り、さらに別の場所へ分けます。

住居を補修している人は、自分では育てていない食料を受け取ります。

その日のうちに、この集落で起きていることを全部見た人はいません。

誰も全体を知らない。それでも道は使われ、食料は動き、役割はつながり、暮らしは続いていきます。

これは特定の遺跡を再現した場面ではありません。

ただ、社会が大きくなるということは、こういうことなのかもしれません。

自分が直接知らない人の行動まで含んだ仕組みに、自分の一日が支えられるようになることです。

共有された世界は、目に見えるものだけではない

人間が共有してきたのは、道や建物、食料、道具だけではありません。

何を大切にするのか。何をしてよいのか。何をしてはいけないのか。死者をどう扱うのか。どの場所を特別と考えるのか。自分たちはどこから来たのか。

そうした答えもまた、人と人のあいだで受け渡されてきました。

宗教や儀礼は、共同体を支え、相互扶助や倫理、帰属の感覚と結びつくことがあります。その一方で、権威、強制、排除、政治と結びつくこともあります。

宗教が大きな社会をつくるために「発明された」と一つの目的へ還元することはできません。

むしろ重要なのは、人間が物理的な環境だけでなく、共有された意味や決まりの中にも暮らしていることです。

壁がなくても越えてはいけない境界があり、目に見えなくても守られる約束があります。

人間がつくった世界には、石や木でできたものだけではなく、他者と共有する意味も含まれています。

EVIDENCE|確認されていること

産業化は、時間の使い方まで組み替えた

人間がつくる仕組みは、やがて一日の感じ方にまで入り込んでいきます。

歴史家E・P・トンプソンは、産業化が進んだイギリスの労働史を調べ、仕事と時間の関係が変化していく過程を論じました。

農作業や家内労働では、「羊の世話が終わるまで」「この作業が済むまで」というように、仕事そのものの流れで時間が組み立てられる場面があります。

工場労働や賃金労働が広がる中では、何時に始まり、何時間働いたかという時計による時間管理が、より大きな意味を持つようになりました。[6]

これは「昔の人は時計を気にしなかった」という話ではありません。時刻を定める文化や制度は、産業革命より前にも存在しています。また、トンプソンが詳しく扱ったのは主としてイギリスの歴史です。

それでも、ここにはJourney 10を貫く同じ構造があります。

人間が仕事の仕組みを変える。

すると、その仕組みに合わせて、人間自身が一日の時間を使うようになる。

私たちは、つくった環境の外側に立っているわけではありません。

人間がつくった環境は、身体のすぐそばまで来た

その後、通信技術は、離れた場所にいる人同士の情報のやり取りを速くしていきました。

手紙だけだったわけではありません。電信、電話、ラジオ、テレビ、コンピューター、インターネット、そして手の中の端末へと、人間がつくった情報環境は形を変えてきました。

今では、目の前に誰もいなくても、遠くの誰かの言葉を受け取れます。

仕事場へ行かなくても仕事が届くことがあります。店へ行かなくても物を買えます。会ったことのない人の評価や反応が、数秒後には目の前に現れます。

これは便利になったという一言だけでは捉えきれない変化です。

人間がつくった社会的な環境が、いつでも身体の近くに存在できるようになったからです。

ただ、そのことが不安や孤独を単純に生み出した、とここで結論づけることもできません。

技術は人をつなぎ、助けを得やすくし、知識へアクセスする道も広げます。同じ仕組みが、状況によって異なる働きをします。

問題は、便利か不便かだけではありません。

この急速に変わる環境を、長い歴史を持つ身体と心がどのように生きているのかです。

「古い身体」は、止まった身体ではない

次のJourneyへ進む前に、一つ確認しておかなければならないことがあります。

現代人の身体が、何十万年前からまったく変化していないわけではありません。

古代DNAを使った研究からも、比較的新しい時代まで、食事、免疫、色素、身長などに関わる遺伝的変化へ自然選択が働いてきた痕跡が確認されています。[7]

人間の進化は、ホモ・サピエンスが現れた時点で止まったわけではありません。

一方で、文化や技術は、一人の人間の生涯の中でも環境を大きく変えることがあります。

農耕、都市、文字、産業、通信。その一つひとつに何千年、何百年という時間があるとしても、生命の歴史から見れば非常に短い時間です。

だからといって、「現代は古い身体に合っていない」という一言ですべてを説明することもできません。

身体には進化の歴史があり、一人ひとりには発達と経験の歴史があり、社会には文化と制度の歴史があります。

今の私たちは、そのすべてが重なる場所を生きています。

人間は環境へ適応するだけでなく、環境を変え、
その変えた環境の中で、また暮らし方を変えてきた。

そして、人間がつくった世界の中で生きている

私たちの朝は、日の出だけでは始まりません。

時計が鳴り、予定を確認し、交通機関の時刻を見て、仕事や学校の時間へ向かいます。

食べ物の多くは、自分が育てたものではありません。水も電気も、自分ではつくりません。知らない人がつくった道路を通り、会ったことのない人が決めた規則の中で暮らし、遠くの誰かが書いた言葉を画面で読みます。

これは人間が自然から離れたということではありません。

私たちは今も、空気、水、食べ物、温度、光、睡眠、他者との関係を必要とする生きものです。

ただ、その生きものを包む環境の多くを、人間自身がつくるようになりました。

では、その中で身体は何を感じているのでしょう。

捕食者がほとんど見えない場所でも、なぜ不安になるのか。

食べ物がすぐ手に入る場所で、なぜ報酬へ引きつけられるのか。

大勢とつながれる場所で、なぜ孤独になることがあるのか。

他人の暮らしを一日に何度も見られる環境で、比較や評価は何をするのか。

危険の情報が世界中から届くとき、注意はどこへ向かうのか。

次のJourneyは、この長い旅の最後です。

地球から始まった物語を、いよいよ今ここにいる私たちへ戻します。

この旅をさらに深く読む

第56章


役割と分業は、群れをどう変えるのか

人によって異なる仕事を分けることが、集団に何を可能にし、役割が慣習や権力、制度とどのように結びついていくのかをたどります。


第79章


宗教は、人を支え、縛るのか

教え、儀礼、共同体、相互扶助、倫理、権威、強制、排除をたどり、宗教を礼賛にも一括批判にも閉じ込めずに見ていきます。


第80章


古い身体は、どんな現代を生きているのか

産業化、時計、都市、仕事、通信、インターネットまで、短い時間で変化した現代環境の中に、長い歴史を持つ身体と心がどう置かれているのかを考えます。

出典・参考文献

  1. Fuller, D. Q., Denham, T., Arroyo-Kalin, M. et al.(2014)

    Convergent evolution and parallelism in plant domestication revealed by an expanding archaeological record

    Proceedings of the National Academy of Sciences, 111(17), 6147–6152.
  2. Larsen, C. S.(1995)

    Biological Changes in Human Populations with Agriculture

    Annual Review of Anthropology, 24, 185–213.
  3. Bocquet-Appel, J.-P.(2011)

    When the World’s Population Took Off: The Springboard of the Neolithic Demographic Transition

    Science, 333(6042), 560–561.
  4. Kohler, T. A., Smith, M. E., Bogaard, A. et al.(2017)

    Greater post-Neolithic wealth disparities in Eurasia than in North America and Mesoamerica

    Nature, 551, 619–622.
  5. Woods, C.(2020)

    The Emergence of Cuneiform Writing

    In R. Hasselbach-Andee (Ed.), A Companion to Ancient Near Eastern Languages.
  6. Thompson, E. P.(1967)

    Time, Work-Discipline, and Industrial Capitalism

    Past & Present, 38(1), 56–97.
  7. Mathieson, I., Lazaridis, I., Rohland, N. et al.(2015)

    Genome-wide patterns of selection in 230 ancient Eurasians

    Nature, 528, 499–503.