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『嫌われる勇気』岸見一郎・古賀史健|人の目が気になりすぎるときに読んだ本

『嫌われる勇気』を、他人に嫌われる方法ではなく、人の評価だけで自分の人生を決めないための本として紹介します。課題の分離と、トラウマをめぐる強い表現の受け取り方にも触れています。

岸見一郎・古賀史健著『嫌われる勇気』の本を木目の上に置いて撮影した写真

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人の目が気になり、相手の期待へ応え続けているうちに、自分がどうしたいのかわからなくなることがあります。

断ったら、嫌われるかもしれない。

自分の考えを伝えたら、わがままだと思われるかもしれない。

相手の機嫌が悪くなるくらいなら、自分が我慢した方がよい。

そうやって関係を守ろうとしているうちに、相手が望む自分と、本当の自分の区別がつかなくなることがあります。

岸見一郎さんと古賀史健さんの『嫌われる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教え』は、他人に嫌われる方法を教える本ではありません。

他人の評価だけを基準にして生きる状態から離れ、自分の人生を自分で引き受けるとはどういうことかを、哲人と青年の対話を通して考える本です。

「嫌われてもいい」と開き直る本ではない

『嫌われる勇気』という題名だけを見ると、周囲への配慮を捨てて、好き勝手に生きることを勧める本のように感じるかもしれません。

けれど、本書が扱っているのは、誰かに嫌われることそのものではありません。

自分の考えを伝えたり、自分が選んだ道を進んだりすれば、すべての人から賛成されることはなくなります。

そのとき、嫌われないことを最優先にするのか。それとも、相手を尊重しながらも、自分が大切にしたいことを選ぶのか。

本書が問うているのは、その違いです。

人を傷つけても構わないという話でも、相手の気持ちを無視してよいという話でもありません。

相手にどう思われるかだけで、自分の人生を決めなくてもよいということです。

五夜の対話が、当たり前だと思っていた考えを揺らす

本書は、世界は単純であり、人は今日からでも変われると語る哲人と、それを受け入れられない青年との対話で進みます。

第一夜では、「トラウマは存在しない」「人は怒りを捏造する」といった強い主張が登場します。

第二夜では、劣等感や競争、人生の課題を扱い、「すべての悩みは対人関係の悩みである」と語られます。

第三夜の中心になるのが、承認欲求と「課題の分離」です。

第四夜では、自分だけを世界の中心に置かず、他者を仲間として見る「共同体感覚」へ話が進みます。

最後の第五夜では、過去や未来ではなく、「いま、ここ」を生きることが語られます。

どの主張も穏やかに受け入れられるものではありません。青年が何度も反発するため、読者もその反論を通して、自分がどこに引っかかるのかを考えながら読み進められます。

課題を分けることは、人を切り捨てることではない

私が本書の中で特に重要だと感じたのは、「課題の分離」という考え方でした。

ある選択の結果を、最終的に誰が引き受けるのか。

それを考えることで、自分の課題と相手の課題を分けます。

たとえば、自分の考えを相手へ伝えることは、自分の課題です。

できるだけ誠実な言葉を選ぶことも、自分の課題です。

けれど、その言葉を相手がどう受け取り、どのように評価するかは、完全には決められません。

相手の反応まで思い通りにしようとすると、伝える前から正解を探し続けたり、相手が望みそうな言葉だけを選んだりすることになります。

課題を分けることは、相手に関心を持たなくなることではありません。

自分にできることを引き受けながら、自分には支配できない相手の判断まで背負わないための考え方です。

評価されることと、自分の価値は同じではない

人から認められるとうれしくなり、否定されれば傷つきます。

評価をまったく気にせずに生きることは、簡単ではありません。

けれど、認められることを目的にし続けると、自分が本当に大切にしたいことよりも、周囲から評価されやすい選択を優先するようになります。

断りたいのに、期待へ応える。

違うと思っていても、同意する。

自分のためではなく、嫌われないために頑張り続ける。

そうして得た評価は、一時的には安心を与えてくれます。ただ、その評価を失わないために、さらに周囲へ合わせ続けなければならなくなります。

誰かから低く評価されたことと、自分の価値が低いことは同じではありません。

本書の承認欲求をめぐる議論は、その二つを分けて考えるきっかけになります。

私がこの本から受け取ったこと

私がこの本を読んで残ったのは、「誰の目を恐れているのだろう」と立ち止まる視点でした。

何かを始めようとしたとき。

自分の意見を伝えようとしたとき。

断りたいことを断ろうとしたとき。

頭の中には、まだ何も言っていない人たちの反応が次々と浮かびます。

嫌われるかもしれない。笑われるかもしれない。能力がないと思われるかもしれない。

けれど、相手がどう評価するかは、自分には決められません。

自分にできるのは、なぜそれをするのかを考え、できるだけ誠実に伝え、その結果からまた考えることです。

人の目が気にならなくなったわけではありません。

それでも、人の目が気になることと、人の目だけで行動を決めることは違います。

不安や恐怖が湧いたあとにも、自分が大切にしたい方向を選び直せることがある。本書は、その考え方を強い言葉で突きつけてくる一冊でした。

そのまま受け取らない方がよい言葉もある

『嫌われる勇気』には、「トラウマは存在しない」「あなたの不幸は、あなた自身が選んだもの」といった、読む人によっては強く傷つく表現があります。

これらは、本書が紹介するアドラー心理学の「原因ではなく、現在の目的に注目する」という立場から語られたものです。

過去の経験が現在の心身へ影響しないという医学的な説明ではありません。

実際に、事故、災害、暴力、虐待などの体験が、その後の不安、緊張、回避、フラッシュバックなどにつながることがあります。

そのため、本書の言葉を使って、つらい経験をした人に「過去のせいにしているだけ」「自分で不幸を選んでいる」と伝えるべきではありません。

本書の言葉は、他人を責める道具ではなく、自分がこれから選べることを考えるための視点として読む必要があります。

過去の出来事を思い出して強い苦痛が続く、眠れない、日常生活へ大きな影響が出ているといった場合は、本だけで解決しようとせず、医療機関や専門の相談先へつながってください。

読む人を選ぶけれど、長く残る考えがある

人の期待へ応え続けて疲れている人。

相手の機嫌や評価を、自分の責任のように感じてしまう人。

自分の選択と、他人の選択の境界を考えたい人。

自分の人生を生きたいと思いながら、嫌われることが怖くて動けない人。

そうした人には、「課題の分離」や「承認欲求」をめぐる対話が、今の関係を見直す手がかりになるかもしれません。

一方で、断定的な言葉が多く、すべてをそのまま正解として受け入れる必要はありません。

哲人の言葉に納得できないところでは、青年と一緒に反論しながら読む。

自分に使える考えと、使わない考えを分ける。

そのような読み方ができる本だと思います。

『嫌われる勇気』は、人から嫌われることを目標にする本ではありません。

嫌われないためだけに自分を置き去りにせず、相手と自分の両方を尊重しながら、自分の人生を選ぶ勇気について考える本です。